二 扉
「頑張ろうね。」
忘れまいと誓った。嬉しかった。同時に、夜は都合がいい、と思った。見られたくない顔を人に見られることはない。前を歩く人影を追い抜いていく、振り返られる前に。
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真っ暗な裏通り、立ち並ぶ店から暖かい光が漏れている。他の店には目もくれず、一番奥の灯り目がけて自転車を漕ぐ。胸を高鳴らせながら、引き戸を少し開ける。いつものお兄さんの背中に聞く。
「まだ、まだ…開いてますか。」
「はい、開いてますよ。」
顔だけ向けたお兄さんが、にこりと笑った。
「…扉って、開けてみるまでわからなくて。」
目の前のカレー風味の唐揚げを見つめる。この店で一番好きな商品。堪えていたが、口元が強張っていくのを感じる。同時に、こんな場所でも、人前で泣くまいと強がる自分を責めた。
「正直、腹を括ってからもね、ものすごい数の扉が現れるよ。開けるかどうかだね。…でも、開けていくと、その内、どこに向かっているかがわかってくる。」
ずっと心にひっかかっている。先生と呼ばれ出してからは、もう時は止まらないのではないか。誰かの声が頭をよぎる。
「働き出したらもう時間は無いよ。」
こんな心の有り様だから、この結果なのだ。なるべくしてなってるわけか。…どこかでせせら笑う声が聞こえた気がした。
「…おじさんはもう四十七になるけど、ここまでほんとに一瞬だったよ。それこそ、やっておけばよかったって思うことは…山ほどある。」
そう言うお兄さんは、くしゃっと笑った。八重歯がのぞく。
「君の話を聴く限り、先生が君のことを考えてくれているのも伝わるし、君が教員になりたい気持ちも並大抵のものではないことも聴いててわかった。」
油に塗れたざるを洗いながらお兄さんは続けた。
「大丈夫、聴いてくれると思うよ。親思う、心にまさる親心ってやつだよ。本当に。」
冷え切った、残り一つの唐揚げを無理やり頬張った。また来よう、そう思い自転車の鍵に手をかけたその時だった。
「名前、聞いてなかったね。」
「…ノガミ、タイセイ、です。ノガミは、よくある、野上。タイセイは、 天下泰平の泰に、生きる。」
「ふぅん。…ファイト、泰生。」
漢字を書いて確かめていたお兄さんは、顔を上げ、にこりと笑った。
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