第2話 拾った男の娘が可愛い

「ここが私んだ」


 すぐに庭付き一戸建てに到着した。


「ちなみにパピーは転勤してるから、このうちにいんのは私とシュバルツと蓮だけだぜ。だから好きに使ってくれ」

「今言うの!? 男女二人きりはいくらなんでも不用心すぎるよ!」

「え? 蓮に襲われるのか?」

「そんなことするわけないでしょ! 九条さんが無警戒すぎて心配になっただけだよ!」


 まだ蓮のことを全然知らないけど、これだけは言える。

 蓮は優しくていいやつだ。


 襲われるなんてありえないだろうし、そもそも頼れるシュバルツがいてくれるからな。

 心配する必要なんてないさ。


「ていうか、蓮こそ自分の身を心配したほうがいいだろ。めちゃめちゃ可愛んだからさ」

「かっ、可愛い!?」


 とたんに顔を真っ赤にしておろおろし始めた蓮。


 容姿もそうなんだけど、なんかいちいち可愛すぎねぇか?

 そこらの女子より美少女してるわ。


「蓮は晩メシどれがいい?」


 挙動不審になった蓮を家に連れ込んでから、私は冷蔵庫に常備している冷凍食品を机の上に並べた。


「九条さん料理はしないの?」

「得意料理は卵かけご飯TKGだぜ」

「それ料理じゃないよね。冷凍食品ばっかりだと体に悪いよ」


 私の健康を心配してくれた蓮は悩みに悩んだすえ、ジューシーな焼き豚がウリのチャーハンを選んだ。

 冷凍食品を決めるだけでそんなに悩むやつ初めて見たわ。


 そんなこんなで数時間後。

 蓮は家出の際に着替えなどの生活に必要なもの一式を持ってきていたから、特に問題もなくあっという間に寝る時間になった。

 ……のだが、そこで問題が発生した。


「なあ、蓮。一緒に寝ようぜ」

「はい!? 急にどうしたの!?」

「いやな、今気づいたんだけどさ。この家ベッド一つしかなかったわ」


 パピーが使ってたのは、転勤の時に持ってっちゃったし。

 予備の布団なんてないし。


「だからって一緒なのはダメだよ! ボクが床とかソファーで寝ればいいから!」

「そんなことさせるわけないだろ。私が床で寝るって言いたいところだけど、そんなん嫌じゃ! ベッドで寝てぇ!」

「ワガママだね!?」

「だから一緒に寝ようぜ! ふかふかのベッドで一緒に寝るのが最適解だろ?」

「一応ボクは異性だよ?」

「異性として見てないから大丈夫だ問題ない」


 そう告げると、蓮は急にもじもじし始めた。

 心なしかちょっとだけ顔が赤くなっている気がする。


「……それって、ボクを女の子として見てくれてるってこと?」

「そうだけど? むしろ、ホントに男なのか疑ってるレベルで蓮は可愛いぞ」

「か、かわ!? はわわわわ……」


 蓮は顔をボッと赤くして、うつむいてしまった。

 それから恥ずかしそうに小さな両手で顔を隠す。


 ……やっぱ、めちゃめちゃ可愛くねぇか?


 数分後。

 ベッド論争は最終的に「ワイが間に入れば万事解決や!」というシュバルツの妥協案が採用された。

 私、シュバルツ、蓮の並びでベッドに入る。


「寝てる時に蹴飛ばしたらスマン」

「ベッド使わせてもらってるんだから、文句言ったり怒ったりはしないよ」


 蓮はいい子やなぁ。


「わん!」

「こいつホンマに寝相悪いから気ぃつけや~だってさ」

「シュバルツ君も心配してくれてありがとね」

「わふ!」


 「おやすみ」と告げてから消灯。

 いろいろあって相当疲れてたんだろうな。蓮はすぐに静かな寝息を立て始めた。


 くっ……! 電気消したのは失策だったか……!

 蓮の寝顔見れねぇ……!






◇◇◇◇



「朝だよ。起きて」

「あと三時間……」

「もう八時間も寝てるでしょ。寝すぎも健康に悪いんだよ」


 頑張ってまぶたを持ち上げたら、目の前に可愛らしい顔があった。


「天使だ……」

「そ、そうかな? 昨日と一緒だよ?」


 蓮が恥ずかしげに視線を逸らす。

 照れたようなその表情がめっちゃ可愛くて、私の脳みそは一瞬で覚醒した。


「おはよう! 腹減ったからメシにしようぜ!」

「あ、それなんだけど……」


 蓮は急にもじもじしだす。

 ちょっとの間が空いてから、上目づかいでねだるように聞いてきた。


「九条さんのために玉子焼き作ったから、食べて欲しいな」


 ぐは……! なんだこの超かわいい生き物は……!


「喜んで食べるぜひゃっほー!」

「喜んでもらえた。えへへ」


 小声で呟かれたソレをばっちり拾う。

 嬉しそうに小さくはにかんだ蓮は、これまた可愛かった。


「うおおおおお! すごくうまそうだな! いただきまーす!」


 蓮の作った玉子焼きは、ふわっふわで形も超絶きれいだった。

 秒で口に運ぶと、ほのかな甘みが口の中に広がる。


「甘さ強めのだし巻きにしてみたんだけど、どうかな?」

「メチャメチャうめぇ! これだけしかないのが残念なくらいだ」

「ん、ありがとね。口にあったようでよかったよ」


 蓮がぱぁぁと花が咲いたような笑顔になる。

 守りたいこの笑顔とか思ってたら、蓮がおずおずと提案してきた。


「……もし九条さんが良ければだけど、ボクがご飯作ろっか?」

「マジで!? ぜひとも毎食お願いしたいんだけど!」


 願ってもないぜ! 蓮の手料理をたくさん食えるとか最高かよ!


「腕によりをかけておいしい料理を作ってあげる」


 ドヤ顔で胸を張る蓮。

 あまりにも可愛いすぎて、つい頭を撫でてしまった。


「ひゃっ!?」

「何今の声超可愛い」

「ちょ、恥ずかしいよ……」


 そうは言いつつも、蓮は嫌がるそぶりは見せない。


 優しくくように撫でると、気持ちよさそうに目を細める。

 その表情もまた可愛らしかった。


「うまい料理を期待してるぜ!」

「うん、期待を超えてみせる!」


 蓮は気合いたっぷりの様子で握りこぶしを作った。


 ヤバい。健気すぎて可愛すぎる……!




 十二時過ぎ。

 我が家のテーブルの上には、宣言通りうまそうな料理が並んでいた。


 炊き立てのコシヒカリに、濃厚な匂いを放つハニーマスタードチキン。

 彩り豊かなコールスローサラダに、湯気の立ち昇るコンソメスープ。


 見てるだけでよだれが垂れてくるほどうまそうだ。


「どれも自信作だよ。食べて食べて」


 自信満々な笑みを浮かべた蓮が、無邪気に急かしてくる。


 んじゃ、コールスローサラダから食べるとしますか。

 一口パクリ。


「うまい!」


 私は目を見開く。


 酸味と甘みのバランスが絶妙で、どれだけ食べても飽きないような味に仕上がっていた。

 野菜のシャキシャキ感が食べ応えあって、これまたいい感じだ。


「スープもうめぇ~。心が温まる~」


 野菜の甘味と旨みが調和して、過去に食べたどのスープよりもうまかった。

 なんでも、オニオンパウダーなる調味料を使っているらしい。

 これ一つでたいていの料理は超絶うまくなるのだとか。


 そして、いよいよお目当てのハニーマスタードチキンだ。


 とろりとしたソースがチキンに絡まって、なんともうまそうな見た目に仕上がっている。

 濃厚ないい匂いも合わさって、見てるだけで食欲が刺激されるぜ。


「なんだこれ!? 世界一うめぇ!」


 一口かじった瞬間、脳みそに百万ボルトをぶち込まれたかのような衝撃を受けた。


 肉の旨みに、あらびきマスタードのピリッとした辛味と蜂蜜の甘味が最高にマッチしている。

 濃厚な味わいのハニーマスタードチキンは単体でもうまいが、米との相性が最強だった。


 箸が止まらないのなんのって、蓮の手料理マジでヤベェよ。


「おいしそうに食べてくれてありがとね」


 私の食べっぷりをずっと眺めていた蓮は、嬉しそうに頬を緩めていた。

 いつもの引き締まった凛とした表情も可愛いけど、ゆるゆるな蓮も最高に可愛いなオイ。


「蓮も私ばっか見てないで冷めないうちに食べろよ」

「そうだね。いただきまーす」


 蓮も料理を食べ始める。

 幸せそうに目を細めながらもぐもぐするその姿は、見てるだけで心が浄化されそうになるほど可愛かったぜ。

 ああ、眼福。


「は~、最高だった。これから毎日蓮の手料理が食えるのか。私は幸せ者だなぁ~」

「ここに泊めてもらってる間は、これからもボクが九条さんのご飯を作ってあげるからね」


 蓮がにへらと笑う。

 蓮の屈託のない笑顔は、絵画にすれば百億万円くらいで売れることだろう。


「それなんだけどさ。蓮が良ければだけど、弁当も作ってくれないか? 学校の購買で売ってる菓子パンなんかより、蓮の作るメシのほうが百億万倍うまいからな!」

「そこまで言ってくれるなら……九条さんは特別だよ?」


 とっ、特別!? 言葉の響きといい、蓮の妖艶ようえんな笑みといい、過呼吸起こしそうなんだが!?

 蓮が可愛すぎてつらい!

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