第10話 脚本家会議②

結局押し切られ、見せることとなり……


「それでは、ハルの脚本を読ませてもらいますねっ!」

「はい、どうぞご自由に……」


 うっきうきな河織の手には印刷したてほやほやの俺の脚本があった。

 

 ちなみに、その脚本を手渡した張本人である西田先生は、今この場にはいない。

 そこまで空気が読めないわけじゃないからね、僕は。らしい。


 そんな感じで、河織は俺の脚本を読み始めたんだけど……


「あっ……」

「……っ」

「ふむふむ」

「…………」

「…………ふふっ」

「――っ!」

 

 河織の反応が気になって仕方ない!


 河織は、紙をぺらぺらとめくっていくが、所々で止まり、何か独り言を呟いていた。


 あまりじろじろと反応を見るのも悪いと思って、こっちも河織の脚本を読み返そうとしていたんだけど、全く集中できない。

 文字が頭の中に入ってこなかった。


 その地獄の時間は精神衛生上悪く、まるで拷問を受けているようで。

 早く楽にして欲しい、と切実に思った。

 何をもって楽になれるかは分からないけど。


「ふぅ……」


 そして、河織は最後ページまでたどり着き、やっと終わったかと思うと……


「さて……」

「――っ!!」


 河織はペンを取り出し、また最初のページから、今度は脚本にメモを書き入れながら、じっくりと読み進み始めた。


 また読まれる、今度はじっくりと読まれる。

 それを理解したとの絶望感ったら……。

 

 くっ、殺せっ!



 ※※※※



「読み終わりました」

「……はい。アリガトゴザイマス」

「それで、感想を言いたいんですけど……えっと、大丈夫っすか?」

「うん、だいじょうぶだよ」


 俺は机に突っ伏していてた。

 メンタルはボロボロで、一歩も動いていないのに体までだるさを感じるほど、疲労困憊な状態だった。

 まともに河織と目を合わせられない。


 河織が言ったみたいに、自分の作品に誇りとか自信とかあればいいんだけど。

 俺にそんな大層なものは持ち合わせてはなくて。

 あるのは、恥と後悔だけだ。


「なら、ちょっとハルにお聞きしたいことがあるんですが」

「……?」

「ハルは、優しめの感想と厳しめの意見、どっちが聞きたいっすか?」

「…………」

 

 究極の二択だった。

 

 正直、今は俺に優しくしてほしい。


 だが、脚本の講評という点では、やはり厳しめの意見を聞いておくべきだろう。

 それに、それで気を遣われた感想を聞かされて、俺が満足するだろうか?

 優しさで思ったことを言わず気を遣われても、もやもやしたものが残りそうだった。


 ならば、俺が選ぶ選択肢は……。


「両方で、お願いしまいす……」


 でもやっぱり優しくされたかった。


 そんな俺の答えが予想外だったのか、河織は少し驚いた顔をして


「えへへっ。はいっ! りょーかいっす!」


 河織はおどけた感じで敬礼のポーズをした。


「そうっすね、まずはいいところの方がいいっすかね?」

「うん、そっちでお願い」

「では、登場人物についてなんですが、主人公と織田信長、両方ともすごい生きていました。キャラが立ってて、二人のやり取りがとても面白かったっす!」

「……そうかな?」

「はいっ! それで気になったんすけど、それぞれのキャラにモデルはいるんすか? 主人公はわかるんすけど、織田信長はそういう人がいるのかなって思いまして、」

「モデル、か……」


 いる。

 

 モデルと言ったら、俺の妄想で創り出した、織田信長が。

 自分の妄想が、キャラのモデルってのも変な話だけど。

 いや、正確に言えば隅田さんが信長のモデルだから、正しくは隅田さんがモデルなのか?


 ややこしいな。

 

 さて、これをどうやって説明したものか。

 そもそも、妄想のキャラと話しながら脚本を書いているなんて、あまり人に言いたくない。


「例えば、好きな作品の織田信長を参考にしてるとか……。えっと、ハル? 大丈夫っすか、上の空でしたよ?」

「……あ、ごめんちょっと考え事してた」


 でも、ちょっとぼかしながら信長の存在を打ち明けてみようか?

 河織なら、何かしら、得るものがあるのかもしれない。


 広く捉えれば脚本の悩みな訳だし。


「えっと、モデルと言うか何というか、書いてるとキャラが勝手に動き出しちゃう、みたいな? さっきの河織の話って程でもないけど、キャラが自分でも制御不能になる感じ?」

「…………」


 あれ? 反応が薄い。

 河織はじっと俺の事を見つめ黙ったままだった。


 数秒の沈黙。

 

 それに耐えかね、誤魔化しを試みる。


「なーんて、そんなわけないよねー」

「……ハル」

「はい?!」

「……それ、めっっちゃわかるっす!!」

「はい?」


 そんな予想外の反応に呆気にとられる。



「たまにあるんすよ、物語を書いてると、キャラクターが勝手に動き出すんすよ。そっちいかないでーって思っても、言うこと聞かなくて。自分で書いてるのに変っすよね、えへへっ」

「そうなんだよ!」


 まさに、信長のことじゃん。


「え? ハルもそんな感じっすか?」

「うんうん! 全然言う事聞いてくれないの!」

「うわーやっぱりそうなんすね! こんなこと共感してもらえたの、ハルが初めてです!」


 そうか俺だけじゃなかったんだ。

 若干ニュアンスは違うんだろうけど、一部でも理解してくれたってのが、今はとても嬉しかった。

 

「俺も、こんなの悩んでるのてっきりこんなの俺だけだと」

「いえいえ、そんなことないっすよ!」


 河織の方も、ちょっとテンションが高い。


 もうお互い手に取らんばかりの勢いで、喜びを共有する。


 そして、お互い同じことを思ってるってことが理解できるのもまた嬉しくて、少しにやけてしまいそうだ。


 ――だが、これで終わりではないってことを俺はすっかりと忘れていた。



 ※※※※



「では、僭越ながら、少しばかり厳しめな意見、というか、気になった部分をば」

「はい……」


 河織の声はさっきのが嘘ではないかと思うくらいに、冷静な声で。


「あまりお話にまとまりはないですね、ただ二人のやりとりを書き連ねた、って感じっす」

「はい……」

「これだと、何を伝えたいのかがわかんないっすね。ハルが何をしたいのか、この脚本では伝わってきませんでした」

「――っ! はい……」

「そもそもどうして織田信長を女の子にして出したんですか?」

「うぐっ……」

「そしてどうして一緒にお風呂に入ってるんですか?」

「……ぁぁぁ」


 そして極めつけには……


「……あと、これはちょっと脚本とは関係ないんすけど」

「……?」


「ハルって、ちょっとえっちだったんすね? えへへっ」


「――――」


 塵となって消えたかった。

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