第49話 新生若草物語始動

 金曜日の昼休み、樹子は若草物語の関係者を学食に招集した。

 バンドマスターの樹子。

 メンバーのみらいとヨイチ。

 ヘルプの良彦。

 見習いのすみれ。

 樹子はかけそばを、みらいはカレーライスを、ヨイチはパンを、良彦とすみれはお弁当を食べた。

「バンドの見習いとして、原田すみれさんに参加してもらうことになったわ。担当はパーカッション。これからは5人で活動するわよ」

 食後に樹子が言った。

「よろしくお願いします」

 すみれが軽く頭を下げた。

「見習いってなんなんだ?」

「とりあえず参加してもらって、見込みがあれば、ヘルプとして継続して参加してもらう。下手だったらやめてもらう。そんな感じね」

「よろしくね、原田さん」

 良彦が笑顔を向けると、彼を密かに慕っているすみれは満面の笑みを見せて、「はい!」と答えた。

 良彦とすみれのようすを見て、みらいは微かに胸を痛めた。

 あれ? この痛みはなんだろう……?

「あたしたちは駅前ライブをやろうと思っている」と樹子がつづけて言った。

「どこの駅前でやるんだ?」

「まずは南急電鉄線南東京駅前。桜園学院の生徒たちにあたしたちの音楽を聴いてもらう」

「本当にやるの? わたしが歌うの?」

「腹をくくりなさい、未来人!」

「はい……」

 みらいは不安だったが、うなずいた。

 本当にわたしにライブなんてできるのだろうか……?

「あたしたちの持ち歌はいま4曲。ヨイチが『秋の流行』を作曲したら、5曲になる。これで充分にミニライブがやれると思う」

「練習しないとな。編曲はまだまだ工夫の余地があるし、演奏の練度を上げたいし……。原田、パーカッションの経験はあるのか?」

「まったくないの。完全な初心者よ」

「正確にリズムをキープしてもらえばそれでいいわ。原田さんには多くを期待していない」

 樹子がそう言うと、すみれはむっとした。

「ちゃんと戦力になるよう練習するわよ! パーカッションって、大切なパートだと思う」

「そうだね、原田さん。がんばろう」

「は、はい!」

 良彦にやさしく言われて、すみれの顔が赤くなった。それを見て、樹子は口をへの字にし、みらいの胸はもやもやした。

「これからしばらくは、がっつりと練習するわよ。場所はいままでどおりあたしの部屋。5人だと手狭だけど、まあなんとかやれるでしょう。水曜日以外は毎日やるわ。日曜日は午前9時にあたしんちに集合して。都合が悪い日は事前にあたしに知らせておくこと」

「日曜日も練習するの?」

 すみれがちょっと嫌そうな表情になった。

「嫌ならやめてもらっていいのよ、見習いさん」

「やるわ! いつまでも見習いとは言わせないんだから!」

 樹子は強気だが、すみれも同様だった。みらいはふたりのやりとりを聞いて、ハラハラした。

「今日の放課後から5人で練習するわよ。できるだけ早く5曲仕上げて、ライブするわよ!」

「面白そうだな」とヨイチが言った。

 みらいは不安を隠せなかった。

 良彦は黙って微笑んでいた。

 すみれは口を真一文字に結んでいた。

 放課後、彼らは樹子の部屋へ行った。

 エレクトーンはどこかにかたづけられていて、かわりに買ったばかりのエレクトリックピアノが置かれていた。

「ギターとアンプは当分の間、おまえの部屋に置きっぱなしでいいか?」

「いいわよ。良彦のベースも」

「私のパーカッションも置かせてもらっていいかな?」

「原田さんは楽器を持ち帰って、自分の家で自主練して。初心者なんだから、あたしたち以上に練習する必要があるわ」

「鬼なの、園田さん?」

「ただのバンドマスターよ。音楽なめんな! あたしはもうかれこれ10年、キーボードを弾いているのよ」

「わたしはろくに歌の練習をしていないよ……」

「未来人は天才だからいいのよ」

「高瀬さん、そんなに歌が上手いの?」

「上手くないよ!」

「上手いとか下手とかじゃないのよ、未来人の歌は。聴けばわかるわ。とにかく練習を始めましょう。原田さんはまずはクラベスだけを叩いて。どの曲も1小節に4回鳴らしてね。余計な装飾音はいらない。メトロノームになったつもりで、とにかく正確にリズムをキープして!」

「ええーっ、そんなのつまんない」

「バンドマスターの指示が聞けないの、初心者さん?」

「わかったわよ」

「リズムキープはリズムセクションの大切な役割だよ。ベースとパーカッションを上手く合わせていこうね」

「はい!」

 良彦に言われると、すみれは素直にうなずいた。

「じゃあ、『わかんない』から始めるわよ。音量は未来人の歌を引き立てる程度に調節してね。小さめでいいわ。準備はいい? スリー、ツー、ワン!」

 演奏が始まり、すみれはクラベスを叩いた。みらいが歌い出したとき、すみれはあぜんとした。

 え? 高瀬さんの声、きれい……。こんな歌声を持っていたの?

『わかんない』の演奏が終了したとき、彼女は叫んだ。

「凄いわ、高瀬さん! 聴き惚れちゃった! あなたの歌声は凄い! 若草物語は最高だわ!」

「褒めすぎだよ、原田さん」

「すみれって呼んで!」

「すみれちゃん」

「みらいちゃん、あなたは素晴らしいシンガーだわ!」

「そんなことないよ〜っ」

 みらいとすみれは微笑み合っていた。

 樹子は微妙に面白くなかった。

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