第44話 ライブやりたいわね。

 土曜日の放課後、樹子、みらい、ヨイチ、良彦は、樹子の部屋に集まって、ペプシコーラを飲んでいた。

「ライブやりたいわね」と樹子が言った。

「気が早いな。まだおれたちには無理だろ」

「目標を持たないと、張り合いがないわ。あたしたちはただ音楽で遊ぶだけではなく、人に感動を与えるのよ!」

「ライブって、人前で歌うの?」

「あたりまえでしょ!」

「無理無理無理。わたしには無理ぃ〜っ」

 みらいは本気で怖がっていた。

「未来人、何言ってんの? 目標はYMOよ!」

「目標が高すぎる! YMOは神様だよ!」

 良彦は黙って、興味深そうに3人を眺めていた。

「ライブって、ライブハウスとかでやるつもりか? チケットのノルマとかがあるらしいぜ。金銭的にも高校生には無理だろ。技術的にも無理だし」

「ヨイチ、否定ばっかりしていないで、建設的な意見を言ってよ!」

「とにかく練習しようぜ。『愛の火だるま』の作曲をしてきたから、聴いてくれ」

 ヨイチはコーラの缶を床に置いて、ギターをかき鳴らし、大声で歌った。

「激しい歌だね……」

 みらいは驚いた。

「シャウトしろ、未来人!」

「シャウトって……」

「叫ぶんだ!」

 ヨイチはギターを弾いた。

 みらいは「あっちっちーっ!」と叫んだ。シャウトだ!

「みらいちゃんの声は、叫んでもかわいいね」

「良彦、たらしは禁止よ!」

「わたしの台所は火の車っ!」

 みらいは歌い終えた。

「最後に『ほいっ』て叫べ!」

「ほいっ?」

 ヨイチがまたギターを鳴らした。

「わたしの台所は火の車っ、ほいっ!」

「いい感じね。キーボードとベースも入れて、練習しましょう」

 樹子がエレクトーンの前に座り、良彦はベースのストラップを肩にかけた。

 4人は1時間ほど『愛の火だるま』の編曲と練習をした。

「みんなで合わせて音楽をやるのって、凄く楽しい!」

 みらいは心からそう言った。

「きっとライブも楽しいわよ!」

「ライブかあ……」

 そんなものができるとは、みらいにはとうてい思えなかった。どこか別世界の話のようだ。

 練習後、彼らは麻雀を半荘ハンチャンやった。みらいは実力どおりこてんぱんに負けたが、楽しそうに笑っていた。

 午後5時、みらい、ヨイチ、良彦は帰途についた。

 自宅の最寄駅で降りたとき、みらいはフォークギターを鳴らして歌うふたり組の男性に目をとめた。

「おいらの汚れた手のひら〜♩」

「汚ねえ手のひら〜♩」

 ふたりは駅前広場で、掛け合いで歌っていた。

 誰も聴いていなかったが、みらいはその歌に惹かれて、彼らの前にひとり立った。

 20代半ばぐらいに見える長髪の男性がふたり。みらいと目が合い、彼らはニヤッと笑って声を張り上げた。肩幅が広い強面の男と細い体躯の優男だった。

「洗っても汚れは取れねえ〜♩」

「汚ねえ手のひら〜♩」

 なんだかいい歌だな、とみらいは思って、その曲を最後まで聴いた。

「お嬢ちゃん、ご清聴ありがとう」と強面が言った。

 大人の男性から声をかけられて、みらいはなんと答えればよいのかわからず、ぺこりと頭を下げた。

 彼女は自宅へと走った。

 あれもライブなのかな、と思いながら……。

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