第38話 昼寝

「勉強しようぜ! とにかく中間試験を乗り切るんだ!」

「当然よ。未来人、涙を拭きなさい。テスト勉強に集中しましょう!」

「みらいちゃん、さっきはちょっとびびったけれど、もう大丈夫だよ。がんばろう!」

 ヨイチ、樹子、良彦の士気は高かった。

「うん」とみらいはうなずき、勉強会が再開された。

 日曜日はずっと勉強をしていた。昼食は樹子の母が差し入れてくれたサンドイッチで済ませた。ハムサンド、卵サンドはなかなかの美味だった。

 試験科目は英語2、国語2、数学2、社会3、理科3の合計12科目。

 5月の最終週の月曜日から木曜日まで、1日につき3科目のテストが行われた。

 成績別クラス制度が実施されている桜園学院高校では、上のクラスへ上がるため、下のクラスへ落ちないため、生徒たちは真剣にテストを受ける。上がる気のないガンマ3のスポーツ特待生たちですら、赤点を取ると落第だぞと教師から脅されて、懸命になっている。

 みらいは背水の陣だった。

 絶対に昇級しなければならないというプレッシャーと戦った。

 母が樹子の部屋に突然現れたことに対して怒りが消えなかったが、冷静になろうと努め、問題を解いていった。

 自分のためにひと肌もふた肌も脱いでくれた友だちのためにも、負けられなかった。

 木曜日、最後のテストが終わったとき、彼女は張りつめていた気持ちが切れて、机に突っ伏した。

「はうあ~っ」

 大きく息をついた。

「どうだった?」

「上がれそうか?」

「みらいちゃん、お疲れさま」

 樹子、ヨイチ、良彦がみらいの周りに集まってきた。

「全力は尽くした……。天命を待ちます……。良彦くん、たくさん勉強を教えてくれて、どうもありがとうございました」

「終わったわね~。カラオケ行かない?」

 原田すみれが寄ってきて言った。

「ごめんなさい……。ひたすらに眠い……」

「未来人、あたしの部屋で昼寝する?」

「それいいな……。お昼寝したい……」

「おれも昼寝したい!」

「だめよ。女子の昼寝は男子禁制! 未来人、ふたりで昼寝しましょう」 

「あ、私もお昼寝したい!」

「布団がふたり分しかないわ。また今度ね」

 樹子はすみれに冷たかった。彼女は不服そうだったが、引き下がった。

 樹子とみらいは下校し、田園地帯を歩いた。

 5月下旬のよく晴れた昼。最高に気持ちのいい天気だった。

 ふたりは途中にあった小さな個人商店で菓子パンを買い、畦道に座って、田んぼを見ながら食べた。

 食べ終わると、みらいはこてんと倒れて、そのまま眠ってしまった。

 やれやれ、と思って、樹子はみらいを見守った。

 微風そよかぜが吹いていた。

 田んぼではオタマジャクシが泳ぎ、アマガエルがいずこかを見つめていた。

 畦道の脇にはタンポポとハルジオンとシロツメクサが咲いていた。

 雲はほんの少しずつ形を変えていく。樹子はそこに一瞬、みらいの横顔を見た。

 いつのまにか樹子も寝落ちしてしまった。

 ふたりはほぼ同時に目を覚ました。午後3時ごろだった。

「はあーっ、すっごく気持ちいい! 最高のお昼寝だったぁ」

「げっ、ヤバ! 女子高生ふたりが屋外で無防備に昼寝したなんて最悪」

 樹子は焦っていたが、みらいは暢気だった。

「未来人、ふたりきりなのは久しぶりね。これからYMO聴かない?」

「聴く!」

 ふたりは樹子の部屋へ行った。

 彼女はYMOの第4アルバム『BGM』を棚から取り出し、レコードジャケットをみらいに見せた。歯ブラシを水で洗っている淡い色合いのイラスト。

「あれ、なんだかジャケットの雰囲気がちがっているね」

「ふふっ、聴いてみて。びっくりするかな? 失望するかな?」

 樹子はオーディオセットで音楽を流した。

『BGM』でイエロー・マジック・オーケストラの音楽は大きく変貌していた。わかりやすい派手さやポップさが影を潜めている。

「え、これ、YMOなの?」

「実験してるよね~。あたしは大好きよ。聴いても聴いても飽きないわ。深いわ、イエロー・マジック・オーケストラ!」

「うん……。教授の『千のナイフ』はいい曲だよね……」

 みらいの反応は鈍かった。「教授」というのは、坂本龍一のニックネームだ。

 樹子は再び『BGM』をかけた。

「あれ、いいのかも、これ。癖になる……?」

 みらいは身を乗り出した。

 1回目より、2回目に聴いたときの方が良く聴こえる。

「『キュー』や『ユーティー』はいいわ! 他の曲も素敵! 知的な音楽って感じ。格好いい!」

「不思議な音色おんしょくだね……」

 みらいは目を閉じて、音楽に耳を傾けた。重層的に音が鳴っていて、どの音色も魅力的に思えてきた。

 樹子がレコードに3回目の針を落とす。

 確かに全然飽きない、とみらいは思った。

 カセットテープに録音してもらって、また聴こう……。    

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