第48話 メルルとのんびり
「もう、げっそりだわ……」
まだ日は高い。
それなのに、もう私は疲れ果てていた。一日分の気力は使い切った気がする。
カムラは入室する前と比べて、ずいぶんとスッキリした顔をしていた。疑問が色々と解けて、とりあえずは満足したのだろう。「あちらの国に嫁ぐなんて、言わないでくださいね」とも念を押されたので、ジェラルドの言葉に相当心配していたのかもしれない。
そういえば前に、早くヨハンと結婚してみたいなことを言っていたものね……。
ゲームのせいでカムラを怖がりすぎていた自覚はある。話していたら、だんだんと可愛く思えてきた。
友達も、きっと一人もいない。
どうしても聞きたい質問の方法は、ナイフでも使うような脅しを除けば、さっきのようなやり方しか思いつかないのかもしれない。
ゲームのカムラとは違って、一緒にボードゲームをしたり私の言葉で爆笑していた時もあった。ゲーム同様、いつも表情を変えないから分からなかったけれど、もう性格にすら大きく変化が生じている気がする。
私の話す内容に対して、羨ましいというか……届かない星に手をのばすこともできずに微笑んで見ているような……、そんな印象を受けた。
ヨハンと今後もずっと一緒なら、カムラとも長い付き合いになる。まだ二十代前半だろうし、もう少しいい顔をしていてほしいとも思ってしまう。
いつかまた、二人になる時が来たら……踏み込んだ質問をしてみようかな。
大笑いは、させようと頑張ったけれど無理だった。くすくす笑い止まりだ。帰る時も「お疲れ様でした。お気を付けて」とあっさりしたものだ。
「とにかく癒しが……癒しがほしい……」
ふらふらと力なく歩いていると、後ろから声がした。
「ラーイラさん!」
ものすごく可愛い笑顔で、メルルがひょこりと後ろから顔を出した。
「一人なんて珍しいですね。ヨハネス様はどうされたんですか?」
やっぱりセット扱いなのね。
「公務で、ほとんどの土の曜日は戻るみたいよ」
「そうなんですね。それなら私……ライラさんを一人占めできちゃいます?」
ものすごく期待の目で見られている。
確かに、こうやって二人でいるのは初めてだ。
ゲームのせいで話していても実際は心の距離がそこそこはあるのかなと思っていたけれど、実はかなり好かれているのかな。
……なんて感じてしまうのは、ヒロインオーラのせいかしら。
「いいわよ。そこのベンチでお話しましょう。謝りたいなとも思っていたし」
「え! 謝られることなんて何もないですよ。ライラさんは何もしていないですよ、絶対に」
……この子、絶対って言葉が好きね。
そうだったかなー。
ゲーム内では、そんなことなかった気がするけど……。
「この前、談話室に半ば無理矢理誘ったでしょう? 友達と食事している最中のように見えたし、悪かったかなって思って」
ベンチに座ると校舎が視界の中にドカーンと入り、遠くの方にはちらほらと生徒の姿も見え、職員さんも歩いていて誰もこちらに注目していないのが分かる。
学園って感じ。
私は今、学園にいるのね!
つい何度も実感し直して、感動してしまう。
「ライラさんは、なんでそんなにいい人なんですか。談話室で皆さんと集まる機会までいただいて、ライラさんのお陰で毎日楽しいんです。私もう、感謝感激なんですよ」
「そう、それならよかったわ」
「ライラさんは親しみやすいし、皆さんにも好かれて、すごいですよね」
「そんなの、私が公爵令嬢だからよ。ヨハンの恋人でもあるのに、えらそーじゃない。それだけで好感を持たれるだけの話。普通のことしかしていないわ」
「そんなこと……」
いや待って。
私、しゃべり方、えらそーにしてたわ!
「……訂正するわ。私、よく考えるとえらそーにしゃべっているわよね。メルルも、イラッときたら言っていいのよ」
「あっはは、全然そんなことないですよ〜! ライラさんは本当に優しくて面白くて、大好きです」
「そ、それは……ありがとう」
大好きって言われると照れるわね。
そういえば、前にもそんなことを言っていた。曇りのない瞳でふわりと微笑む彼女を見ると、自分をよく見せたくなってくる。
「でもね、少し言い訳させてちょうだい。一応、この先のことも考えてえらそーにしているのよ。外交でも商売でも、私なら与しやすいと思われて変なところから圧力がかからないとも限らないじゃない? いずれ王妃になるのなら距離を保つか、仲よくなってしまうのなら、舐めてかかるとまずい相手だと思わせておいた方がいいのよ。他国の王族相手なら特にね」
覚悟はもう決まっている。
いつか王太子妃や王妃になるのなら、堂々としていなくては。
……その間ずっと、ヨハンからの愛情が続いているかどうかは……分からないけれど。
「そっか、そういうのがあるんですね。私、貴族の方は貴族らしくしないといけなくて、大変だなーくらいに思っていました。考えを改めます」
「いえ、性格もあるし、それくらいの考えでいいわよ。そもそも仲間内では私、全く貴族らしくしていないし」
ゲームの中のライラは、貴族らしい振る舞いを常にしていた。
私はもう仲のいい相手だとやめてしまったけれど、意味があることなのだと理解している。
ゲームではメルルと同じくダンスの授業を取り、彼女のダンスを酷評していた。
『そのようなダンスの基礎すらできずに、平民出身でありながらヨハネス様に近づこうだなんて、浅ましいのではなくて?』
そんな感じのことを常々言っていたので、後々ヨハンにメルルに酷いことばかりを言うのだのなんだの責められるし、ゲームをしていた私自身も、ダンスを始めたばかりの初心者に言うことではないでしょうと腹が立った。
でも、あの時点でライラはもう、ヨハンを半ば諦めていたのかなと思う。彼と共にいるのなら、これくらいできなくてはという思いだったのかもしれない。
もう一回、ゲームをしたいなぁ。
でも、メルルを口説くヨハンは、ゲームですらもう見たくない。あれだけ好きだったルートを、思い出すだけで苦痛になってしまう日が来るとは。
ヨハンルートだけ、私が主人公になるゲームがしたい。
……誰か作ってくれないかな。
「そういえば私、食堂にある売店でクッキーを買ってきたんです。一緒に食べません?」
手に掴んでいる紙袋は、クッキーだったのね。
「あら、いいの? それなら一枚もらおうかしら」
「半分いいですよ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
噛むと、パキッといい音がする。
うーん、甘い。
砂糖の甘さが精神的な疲れを癒してくれる……。
「メルルは癒しね」
「も〜、私ではなく、クッキーが癒しなんですよ。休日は授業の復習と予習をしないと私の頭ではついていけないので、先週の休みから甘いものを補給するようにしているんです」
ああ、それでジェラルドとのイベントが発生したのね。
「あ! ライラさんに会えた嬉しさで、言うのを忘れていました。少し前にライラさんを探すローラントさんをお見かけしました。びっくりさせようと思って来たら、どこにもいないと悲しんでおられましたよ」
お、ここでローラントとの共通イベント発生ね。順調じゃない。
「人を驚かせようとするから、そうなるのよ。ローラントも勉強になったでしょう。それよりもメルル、勉強でつまづいたりしたら、なんでも聞いていいわ。部屋まで直接来てもいいし。入学後に備えて、基礎はもう家庭教師から勉強していたから」
あ……でも、さっきのメルルの言葉は単なる謙遜か。特待生だったわ、この子……。
「うわぁ、ありがとうございます! 自主学習でもどうにもならないのが、ダンスですね。もう、どうしたらいいのか……」
「あー、ダンスね……」
リックルートに入っていないと、イベントもないしなぁ。
「それなら、寮の裏側の人がいないところで今から練習をしましょうか」
「えー! いいんですか!?」
「クッキーのお礼よ」
メルルと話してクッキーも食べて、精神的な疲れはとれてきたし!
いっちょ、一肌脱ぎますか!
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