第46話 カムラと二人きり
あれから、昼食後は毎日皆と過ごした。
ジェラルドも、もうヨハンとの仲にイチャモンもつけず楽しそうにはしゃいでいるので、よかったと思う。
ヨハンと二人きりの放課後に、「せっかく六人もいるんだし……アレ、できないかなー」と呟いたら、嬉しそうに「考えておくから、僕に任せて」と言ってくれた。
アレで通じるのかと驚いて、そのままにしておいたのよね……。
私のしたいことが伝わっているのか、いないのか、それもまた楽しみだ。
今日は土の曜日。
ヨハンが公務のために王宮へ戻ってしまう日だ。一緒に戻るはずのカムラを置いて行ってしまった。
たぶん私が「おめでとうって、言いたかったな」と呟いたからだと思う。
昨日、寮に戻る前にこう言われた。
『明日はクラレッドと他の護衛だけで戻るよ。あいつは置いていく。研究室にずっといるから、伝えたいことがあるなら伝えなよ』
そう、完全に親切心で言われたのよね……。
だから、「ありがとう、そうするわ」としか言えなかった。
でも正直……二人きりはどうしても警戒するのよね……。
ヨハンの恋人であるうちは何事も起きないでしょうけど、ゲーム内での彼のルートはオープニングを見ただけでも、ものすごく暗そうだった。
触れたらいけないところに触れそうで、怖い。……さらっとお祝いでも言って、さらっと戻りましょう。
研究棟は、先生との相談や研究などで三年生や四年生の出入りはあるものの、新入生はほとんど用はない。
今日は土の曜日なので皆無だ。
午前中なのもあるかもしれない。私が行くまで研究室から出られないのは可哀想なので、早めに来た。
一度も入ったことのない研究棟に緊張しながら足を踏み入れ、自分の足音だけが響く廊下をびくつきながら歩く。
ここね……。
ごくりと息を呑み込み、ヨハンに教えてもらった部屋をノックした。
「どうぞ」
カムラの声だ。
ここまで来たら行くしかない。
「失礼します」
中に入ると、突然目の前にカムラが現れて心臓が跳びはねた。
いくら私が相手とはいえ……、足音を立てずにいきなり近づくのはやめてほしいわね。
「待っていましたよ」
ガチャリと扉の鍵が閉められる。
まるで、閉じ込められた気分だ。
「こうやって話すのは久しぶりね、カムラ。見習いがとれたらしいわね。おめでとう」
いつも通りを装おって、軽い感じでお祝いを述べる。
「ありがとうございます。ただ、見習いがとれちゃうと卒業後はもう少し張り付いていなきゃいけないんですよね。ライラ様と一緒の時はいつもいましたけど、結構クラレッドに任せて留守にしていたんですよ。もちろん、いない間の報告は受けていましたけど」
「そうなの?」
「ええ、普段は二人もついている必要はないですしね。だから臨時講師ができるくらいに薬学にも精通しているんです。論文も何度か出していたんですよ?」
「それは、すごいわね」
「執事の臨時講師入りは現国王様の入学時もありましたので、なんらかの専門分野の研究のためにも自由が割とあったんです」
「そうなの」
「一番詳しいのは……、毒薬ですけどね」
「ああ……」
底無し沼のような暗い瞳が私を映す。
ジェラルドのような澄んだ緑ではなく、苔むしたような暗い濁ったような色をしている。
二人だと、普段意識しないようなことを考えちゃうわね……。
「そういえば、眼鏡はどうしたの」
「邪魔ですから。教師らしく見えるように、いつもは軽く変装しているだけです」
「そう。今日はお祝いを言いに来ただけだし、そろそろ行くわ」
「まだ行かないでください。ヨハネス様が私を置いていくなんて、もうないかもしれないじゃないですか。もう少しいてくださいよ」
「話すこともないし」
「そう言わないで」
手を握られ、中の方へと連れて行かれる。
改めて部屋を見ると、前世の理科室を思い出す。
薬品の入った瓶が数多くガラス扉の中に入れられ本もたくさん並んでいる。独特の匂いに、どこか懐かしさも感じる。
高級感のある理科室ね……。
「どうぞ、おかけください」
半ば強制的に座らされた椅子の目の前には、今まさに使っていただろう実験器具が机の上にズラリと並んでいる。
「はい、これをお持ちください」
突然左手に、薄い茶色の液体が入ったビーカーを渡された。
あまり美しい色ではない。
「ち、ちょっと、何よこれ」
「せっかくなので最後の仕上げをしてくださいよ。はい、こちらも」
右手には、透明な液体の入った試験管を持たされる。
「こーゆーのは、机の上でするものでしょう」
「色の変化は目の前で見たほうが綺麗ですよ。試験管の水を、ゆっくりとビーカーに入れてください。少しずつですよ。勢いよく入れると割れるかもしれません」
「嘘でしょ、そんな危険な……」
「はい、嘘です」
「ええ!?」
「今のが、嘘かもしれませんけどね」
「……何それ……」
だんだんと分かってきた。
カムラ、めちゃくちゃ不機嫌だわ……。
それもあって、談話室でも話しかけてきたに違いない。
私に八つ当たりをしているのね……。
「何を苛々しているのよ」
「あ、やっと分かりました? ほら、入れてくださいよ」
そう言って、後ろから私の両手にカムラの手が添えられる。
背中にカムラの服が触れるのを感じた。
「カムラ、ヨハンを裏切る気?」
「裏切るなんて、とんでもない。手伝いをしてもらっているだけです」
カムラによって試験管が傾けられる。
少しずつビーカーの中の液体が、煙のようにゆらゆらと美しい紫色に変化していく。
ビーカーと試験管を持っているせいで、ここから逃げられない。蜘蛛の糸のように捕らえられているように感じる。
――息が詰まりそうだ。
「私、苛々しているんです」
「さっき聞いたわ」
「どうしてだと思います?」
「知るわけないじゃない」
液体を注ぎ終わり、完全に澄んだ紫の色に変化した。
……何がしたいのかしらね。
机の上に置きたいのに、カムラが私の手を包み込んで置かしてくれない。
「持ったままだと、腕が疲れるのだけど」
「どうしてだと……思います?」
もう一度、ゆっくりと聞かれた。
察してほしいってこと?
面倒くさい男。
「ここでは私たちにべったり張り付いて護衛できなくて、寂しいわけ? 臨時講師様だものね」
「ご明察です。ヨハネス様とライラ様がお会いする時、私はいつも護衛をしていました。でも今は、お二人の間に何があったのか全く分からない」
――なるほど。
ヨハンについて、ここまで何が日常の中で起きているのか知らない状態は、今までほとんどなかったはずだ。
その上、私とヨハンの会話を全く聞かない状態が続くのは完全に初めてかもしれない。
「大したことは話していないと、ヨハネス様も教えてくださらない」
そうでしょうね。
学生同士の会話は内容がなさすぎて、報告のしようがない。
「私、ヨハネス様が寝る時だけは天井裏で護衛しているんですよ。もちろん上で多少は寝ていますけど、異変にはすぐに気付けますし学園にも許可をいただいています」
それもそうか。寝ている時は一番無防備。
万が一のためにも、この国の王太子には必要な措置かもしれない。
シーナも、昼間の護衛は禁止されているとしか言わなかった。きっと知っていたのだろう。
この学園は王族の入学もあるし、天井裏からすぐに降りられる部屋があてがわれているのかもしれない。きっと、私の部屋もそうだ。
「早朝、ジェラルド様がヨハネス様の部屋を訪れた時……」
一気にぶわっと汗が吹き出した気がした。
……嫌な予感がする。
次のカムラの言葉が予想できる。
予想はできても……逃げられない。
地を這うような声で、耳元でカムラが告げる。
「私、上にいたんですよね……」
――来なきゃよかった。
きっと、全て説明するまで帰してくれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます