第39話 ヨハネスからの詰問

「こっちに来て、ライラ」

「……はい」


 ああ……連行されていく犯人って、こんな気持ちなのかしら……。

 握られている手が、まるで手錠のようだ。


 昨日はあれから寮で昼食をとり、午後はずっと明日からの授業の予習をしていた。

 これ以上ないってほど準備は万端だ。

 でも、こっちの心の準備は全く万端ではない。


 ……ジェラルドに先回られたわね……。


「僕が何を言いたいか、分かるよね」


 どこからどう見ても、人気のない校舎裏。

 ベンチも何もないので普段も人はまばら。


 今日は日の曜日なので、全く人がいない。

 屋上あたりで警戒している職員くらいはいるかもしれないけれど、目で視認できる範囲にはゼロだ。


「おおよそは」


 今、私はヨハンに壁ドンされている。

 逃げ道を封鎖され、至近距離で相当苛ついていると分かる笑顔で、詰問されている。

 精神的に、かなりキツイ……。


「何がいけなかったと思う?」

「……外では寝ないようにするわ」

「それだけ?」


 ううう。

 ジェラルド、何を言ったのよ……。


「君にも分かるように、説明するよ」

「ええ」

「ものすごく早朝に、いきなりジェラルドが僕の部屋に来たんだ」


 最初から、うざいわね。


「挨拶がしたいと言うから、部屋に入れた」

「う、うん……」

「それで、奴が言った言葉がこれだ」


 すっごい怒ってる。

 すっごい怒ってる。

 青筋立ってる気がする……。


「ヨハネスなんかよりライラちゃんの結婚相手はセオドアが適任だよ。昨日なんて、覗き見していたらセオドアの隣ですやすやと眠っていたし、セオドアも彼女のことを艶やかな薔薇だとか言ってたよ。お節介で世話焼きで周りをよく見てるってべた褒めだったね。彼女のお陰で初めての楽しい時間が過ごせたんだって。彼女も悩み相談なんかしててさ、ヨハネスに言えないことも、セオドアには言えるんじゃないかな! 感動で涙ぐんでたよ、鼻声だったからね。ああ、もっと早くから出会いたかったとも言ってたね。お互い大切な友人だって再確認していたみたいだけど、僕はあの二人の方がお似合いだと思うな。ヨハネスの声は届いていないみたいだし、愛し合っていないんだろう? 婚約も解消した。ちょーどいいじゃないか」


 …………!!!

 …………!!!

 …………!!!

 あっの、くそイカれ王子……!!!


「これだけ人を燃やしたいと思ったのは、初めてよ」

「そうか。僕も同じ感想だ」

「ち、違うのよ。ものすごく曲解して悪意あるねじ曲げをしているわ」


 ああ、目が怖い……。

 そうよね……早朝からあの人に部屋でそんなことを捲し立てられたら、そうなるわよね。


「セオドアの横で寝たのは?」

「一人でベンチで寝ちゃっていたらセオドアが気付いて、誰かに襲われないように見張っていてくれたのよ」

「艶やかな薔薇だって?」

「例え話よ。メルルのことも可憐なスイートピーに例えていたわ」

「あいつにそんなタラシなことを言わせるなんて、どんな妖術を使ったんだ」

「話の流れっていうのがあるのよ。切り取るとそうなっちゃうのかと私もびっくりよ。一つ一つ説明すれば、きちんとした理由があるって分かるような内容なのよ」

「それは、一つ一つ説明してくれるってことだよね」

「――――う」


 ……ヨハンの言葉を軽んじていたみたいな話もしてしまったしな……。


「勢いで恥ずかしいことを言っていた気がするし、ちょっと……」

「へえ、僕に見せたこともない寝顔をあいつに見せて、僕に言えない恥ずかしいことを言って、あいつの前で泣いてみせたの?」

「か、完全に泣いてはいないわよ。鼻声、だったかもしれないけど」

「それすら、僕の前ではないよね」


 今、泣きたい。

 ものすごく泣きたい。


 でも……、ヨハンも泣きそうな顔をしている。

 頑張ってお仕事をして、戻ってこれは辛いはず。


「籠の中から出さなきゃよかったのかと後悔しているよ。婚約者だとも言えない、契約で縛ることもできない。それがこんなに辛いことだなんてね」


 ――幸せになってほしかったのよ、ヨハン。


「ちゃんと私はヨハンのものだと言ったわ。あなたしか考えられないって、ジェラルドに言った」

「そう願うよ」


 私が婚約解消をお願いした。

 あなたは、それを叶えてくれた。


 私が何もしなければ、重荷になったままだったのなら、あなたはメルルと幸せになれたかもしれないのに。


 ――自分の心の声にばかり、耳を傾けている。


 セオドアの言葉が頭によぎる。


 そうよね……全部、言い訳だ。

 ヨハンを信じきれていない私が悪いだけ。

 だからあんな相談めいたことをセオドアに言ってしまった。


「セオドアに、自分の心の声ばかりに耳を傾けずに、あなたの言葉を信じろって言われたわ」

「……そう」

「私の夢では混雑している食堂で、窓際の席に一人でいるあなたにメルルが相席をお願いするの。そこで話をして、あなたの心に変化が生じたわ」

「…………」

「条件を満たせば、その状況がきっと発生する。その時にあなたの心が揺らがなければ……信じられると思う」


 ヨハンの目が充血している。

 きっと私の目も赤い。


 この期に及んで夢の話を、と思っているのかな……。でも、いきなりヨハンの心が私から違う誰かに移ってしまうのは怖い。


 今の話で呆れた?

 今の話で私に嫌気がさした?


 それでも……ヨハンの心が私から離れないという確信が、どうしてもほしい。


 涙が頬を伝うのが分かる。

 彼が、そっと舐めとった。


「いいよ、ライラ。初めて僕の前で泣いてくれたお礼に、君の願いを叶えよう。全ては――……君のためだ」

 

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