第18話 ライラの私室
王宮では、ヨハネスの私室に案内してもらった。せっかくなので、今回は私の私室へと連れてきた。
「ミーナ、少ししたら夕食を二人分、お願い」
後ろをついてきていたミーナにそう頼むと、中に二人で入る。
本来なら夕食は広間の立食で済ませるものの、もうあそこには戻りたくない。
ヨハネスも、きっとそうだろう。
ここは王宮ではないので、シーナはついていない。ミーナの指示が通るどこかにいるはず。
今日は招待客が多く、出入りも激しい。クラレッドは当然ついて来ているけれど、侵入者を警戒して、カムラには天井裏からの護衛をお願いしている。
あらかじめ両親の許可を取った上で、カムラもその方が落ち着くと言っていたのでお願いした。
ゲームではイベントしかないせいであまり恩恵はないけれど、この人がいれば安全という便利アイテムのような存在でもあるのよね……。
「いい部屋だね」
「ありがと。汗もかいたし、バルコニーで熱を冷ましてもいいかしら」
「ああ、僕も疲れたよ」
王太子の顔から、少年の顔へ戻る。
……まったく。疲れさせたのは、あなたでしょう。
庭園を一望できるバルコニーの欄干に両肘を乗っけて、風で顔の熱を冷ます。
ヨハネスも、隣で同じようにしている。
「あーあ、緊張したーぁ。誰かさんのせいで」
軽く睨んでやると、ヨハネスは満足げにものすごく嬉しそうに笑った。
「いい経験になっただろう?」
「まぁ、そういう側面も、あることにはありますわね」
「ははっ」
……なんだか、文化祭の後の打ち上げみたい。
二人きりの、内緒の打ち上げ。
「ねぇ、ライラ。また僕のことを占ってよ」
「……私たちのことは……」
「違う違う。今の僕の、現在を占って」
「また、ざっくりなことを言うわね……」
部屋からカードを取ってくると、バルコニーにある小さなテーブルでシャッフルとカットをして、ババ抜きのように手で持った。
「お好きなカードをどうぞ」
「なんか、前よりも雑だなー。そんなふうに選ばせたっけ?」
「いいんです。私の気分がこうなら、これが正解なんです」
「なんだそれ」
彼がくすくすと笑いながら、一枚を引いた。
そのカードを指で持たれた瞬間から、なんて言おうか、悩むことになった。
……正位置なら、よかったのに。
「大きな星……。これは逆位置になるのかな。ちょっと嫌な意味になる?」
パーティーの終わりとしては、このカードはいまいちすぎる。
「そう……ですわね。『星』の逆位置。高すぎる理想、という意味がありますわ。女性が生命の水を海と大地に注いでいる絵柄ですが、逆位置ですとまだその水はご自身まで届いてはいないということです。遠すぎる星は見えません。追おうとしても、捕まりません。まずは、近くの星を目標とされるのが、よろしいのかもしれませんね。また、星は友人も意味します。ご友人のアドバイスも、参考にされるとよろしいかと」
『星』の逆位置。絵柄の水を何かに対して与えすぎ、時間やお金を投資しすぎているという意味もあるけれど、そちらは違う気がする。
「ふぅん……」
気のない様子でカードを私に返すと、もう一度欄干に腕を乗せた。
「君がさ、未来に思い切ったことをした方がいいって言うからさ……」
前回の占い、『愚者』のことだろうか。
「思い切ったことをするための準備をしようかと思ったけど、やっぱりまだ違うよなーと思って、ちょっと先延ばしにすることにしたんだ。やっぱりまだ、その時じゃないんだな」
「なんのことか、さっぱり分かりませんが、ヨハネス様のお心のままにされるのが、よろしいのでは?」
「ああ、君がそう言うのなら、そうしよう」
……王太子には王太子特有の仕事もたくさんあるはず。私には考えもつかない何かが、あるのかもしれない。
「婚約の解消は、もう少し先にするよ」
それーーー!?
その話だったの!?
「いつまでに、結論を出してほしい?」
そう聞かれて、戸惑う。
今のままでもいいかと思っていた自分に、気付いたからだ。
……メルルに惹かれるのは、きっと止められない。
でも、メルルが彼を選ばないかもしれない。それなら、今の関係を維持していれば、もしかして……なんて。
甘い考えだ。
好きな人が他にいるのに、なんとも思っていない友人と一緒になったって、上手くいくとは思えない。
「あと二年くらいでしょうか」
大人よりまだ背が小さい頃なら、子供の我儘として許容される気がする。あと二年なら、大きくなってもせいぜい身長は百五十センチくらいだろう。
「分かった。それまでには、自分の心とも向き合って結論を出したい」
「分かりましたわ」
二年……か。
長いな。
でも、提案したのは最近だ。
王太子として、両親の説得など考えたいこともあるだろうし、私との関係も少し変わった。
こっそりメルルにも会いに行くとも言っていたし、やはり時間は必要だろう。
でも……どうかな。メルルに会えばすぐに惹かれて婚約解消まっしぐらの可能性もある。
――コンコンコンコンコンコン!
ものすごく速いノックが、突然バルコニーまで響いた。
絶対に使用人では、ない。
……誰だろう。
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