第13話 カムラと私

「そのために、呼びましたね」

「もちろんさ」


 そんな会話から、今度は四人でゲームを始めた。


 シーナとカムラ、本当はどちらが年長者なのかは分からない。どちらも似たような年齢には見えるけれど、押しつけるにはカムラだと思ったのかもしれない。


 シーナが緊張している様子は見えたけれど、楽しい時間にしたいという私の意図を汲んでか、だんだんと熱を入れてくれた。


「えい! あ〜、ダイスが外に出てしまいました。この場合はどうなるんですか、ライラ様」


 シーナ、あなた曲がりなりにもメイドで、不器用なタイプじゃないでしょ。

 わざとやってない?

 絶対、わざとよね?


「そこでターンは終了。飛び出たダイスも、強制退場よ」

「そんなぁ~」

「じゃ、次は僕だね」

「あ、言い忘れていましたけど、ひっくり返しやすいようにダイスの場所だけは動かしても、いいですわ」

「え、それ早く言ってよ」

「私も、今思いだしたんですの」

「よぅっし! じゃぁここに……っと」


 カムラだけは少し控えめだったけれど、わいわい言いながら、何度も勝負を繰り返した。

 二人から、そろそろ自分たちは……と数回言われたものの、今日は皆で楽しもうと言うヨハネスに押しきられる形で、終わりの時間が近づいた。


「あー、楽しかった。ライラ、面白いゲームを持って来てくれて、ありがとう」

「楽しんでもらえたのなら、何よりですわ」


 私たちが仲よさそうに会話をするのを見て、シーナがくすっと笑った。


「ヨハネス様とこちらのゲームをするのを、ライラ様はとても楽しみにしておられたのですよ」


 余計なこと、言わなくていいから!


「ああ、お陰でとても楽しめたよ。僕の最高の理解者だ」


 理解者、ね。

 シーナが少し残念そうにしている。

 彼が顔でも赤らめるとでも思っていたのかな。


 王太子と言えど、彼はまだまだ恋愛の「れ」の字すら知らない、可愛い男の子よ。


「ヨハネス様」


 なぜか少し緊張した面持ちで、カムラがヨハネスに話しかけた。


「どうした、カムラ」


 ヨハネスの顔も、真面目モードに変わった。


「このようなこと、言ってはならないと分かってはいます。でも、今しか機会がないように思うのです。もし、もしもヨハネス様が許していただけるのなら……」

「ああ。僕は今、気分がいい。何を言っても許そう」


 ……え、なんなの、この緊張感。

 何を言い出すの。

 怖い怖い怖い。


「私も、ライラ様に占っていただきたいのです」


 私かーーーーい!!!


 先に、私に許可を取りなさいよ。

 私的なことを彼の婚約者に頼むのだから、当然なのかもしれないけれど、釈然としないわね。


「ふむ。僕は、ライラがいいのなら、いいよ」

「私も、いいですけど……」


 あれ? さっき、部屋の中の会話、聞いていなかったって言ってなかった?


「カムラ。僕は薄々分かっているけど、ライラが不思議そうだから、あえて聞くよ。なぜ、占ってもらったと分かった?」

「それはもちろん、その会話の時には、不逞の輩が潜んでいないか天井裏を確認中だったのです」


 そう言って、カムラは上を指差した。

 ほんっと、プライベートがないわよね、王族。公爵家も似たようなものかもしれないけど、ここまでではないわ。

 思い出すと、ゲームでもカムラはよく天井裏にいると書かれていたような気もする。やはりバルコニーでの会話は聞かないようにと言われて、その時間は避けたのかもしれない。


「疑問は解けた? ライラ」


 ヨハネスは平然としたままだ。予想通りだったのだろう。


「ええ、お陰さまで。では、過去と現在と未来でよろしくて?」

「いえ、私とライラ様の未来を、一枚のカードで占っていただきたいのです」

「――――!」


 一枚だけで相手との未来を占えることを知っているのは、『恋人』の逆位置が出た、と前回ヨハネスに言ったのを、聞いていたからだろう。

 直接彼に言ったわけではないから、そのことを指摘されたりはしないけど。


 やっぱり厄介ね、こいつ。


 私の未来が王太子妃かそうでないかで、カムラとの関係は大きく変わる。カムラはそれを占わせ、私がどう言うかを試そうとしている。


 ――本当に、厄介。


「分かったわ」


 シャッフル、カット、それから三つの山に分けて一つに戻し、ざっと扇形に一列に並べた。


 神様仏様ー!

 この世界にいるって言われている女神様でもいいから、変なカードは出さないでー!


「一枚、引いてちょうだい」

「私が、ですか」

「ええ。せっかく目の前にいるんですもの」

「分かりました」


 ……なんとなく怖くて、自分で引きたくなかっただけだけれど。


 カムラがスッと、手品師のような手つきで一枚取った。


「これは……女性、ですか」

「ええ、『女帝』のカードの正位置ですわ」

「ライラ様は、いずれ王妃になられる方。当然といえば、当然ですね」


 いや……その未来を避けようとしているんですが。知っているくせに。


「他の意味も、ありますわ」

「そうなんですか」

「ええ、それぞれのカードには複数の意味があります。どの意味を選ぶかは、占った人のインスピレーションで決まります。空から意味が、降ってくるみたいなイメージですわ」

「それなら、ライラ様はこのカードに何を見たのですか」


 目が笑っていない。

 突き刺すような瞳が、私を射抜く。


 ……そうか。今から言う言葉には、私が彼をどう捉えているかが関わってくるんだ。


 このカードの、意味。

 ……言うのは、まずいかもしれない。


「実り、豊穣、母性。それがこのカードの意味ですわ。もっと具体的に言うことは、できるのですが……」


 このカムラの顔を見ると、躊躇う。


「怯えなくてもいいよ、ライラ。君は僕の婚約者だ。怒らせたところで、手出しはさせない」


 ヨハネスに、フォローされる。

 ……そうか、私は今、怯えているように見えたんだ。


 このカードを見て、カムラと無関係になる意味は思いつかない。あのゲームのオープニング内容を踏まえると、どうしても思い浮かぶ意味は一つだけだ。


 躊躇っていても……、仕方がない。

 覚悟を決めて、カードを見ながら説明する。


「家族に持つような無条件の愛情。母性。あなたはそれを欲しがっていて、私はそれをあなたに与える存在になる、のかもしれませんわ」


 そこまで言って顔を上げると、背筋が凍りそうなほどに完全な真顔のカムラと目が合った。

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