第11話 具体案
「前回お会いした時に私が望んでいた展開は、一つだけでした」
「ふぅん?」
本当にこの場所は、誰にも聞かれないのだろうか。不敬罪で逮捕されたくはない。
外なのだから、余計に怪しい。
でも、ヨハネスがそう言ったのだから、そうなのかもしれない。ここで話したことを誰にも聞かれないようにしろと命じれば、クラレッドはそう動くだろう。
……信じるしかない。
彼らにはもしかしたら聞こえているかもしれないけれど、そう言われていたのなら、全力で聞かなかったことにするはず。
「私が望んでいたのは、自由恋愛がしたいと言うヨハネス様に、私も従いますわという形で、早急に婚約を解消することです」
「なるほど。僕に責任の全てをなすりつけて、自分の望みを叶えるつもりだということだね」
「ええ、その通りです」
にっこりと微笑んで、肯定する。
「ヨハネス様は、いずれ私ではない女性を好きになります。そして、結婚もできるような年齢で、私との婚約を一方的に破棄されます。それによって私が何を背負わされるのか、少しは想像できますでしょう?」
「もしそうなれば、ろくでもないから捨てられたんだと、噂はされるだろうね。君と結婚したいという男も、そうは出てこないだろう。王都にも居づらくなる。それなら、そこまで断言する根拠は?」
やはり占いだけでは、根拠が足りなかったか。
「ライラ、君の言うタロットカードなるものの存在は調べたよ。知っている人もそんな文献もなかった。君が、夢からヒントをもらったことは、大方信じた」
「そうでしたか」
「君に近づいて教えた人がいるかどうかも、調べた。気を悪くした?」
「いいえ、当然のことです。むしろ安心しました」
「それはよかった」
よく考えれば、そうされるのが普通だ。
次期国王のヨハネスは、いずれ国を動かす。
国王になった時、殺されれば国は混乱するし、迷走すれば国は衰退する。
それを望む人たちが、私からコントロールしようとしても、おかしくはない。変な輩が近づいていないか、定期的に調べるくらいでなくては。
「それでライラ。本当の根拠は? 僕が、君を捨てる根拠だ」
――これが十歳か。ビリッと空気が張り詰める。
十六歳の彼は、どうだった?
ゲームの中で、こんな空気を出していた?
……メルルの前では、威圧感を出さないよう、気を付けていただけだったのかな。
「予知夢を見ました。本当にリアルな、この先の未来です」
「……また、夢か」
「あなたが好きになるお相手は、平民出身のメルル・カルナレア。王立学園に特待生として入学します」
「へぇ?」
「薄い桃色の髪に、透き通るような紫の瞳。あなたにとっては、心のオアシス。彼女といれば、どこにいても夢心地らしいですわよ」
かつてのゲーム内の言葉を思いだし、つい鼻で笑ってしまった。
「僕を、馬鹿にしているよね」
「いいえ、未来のヨハネス様しか、馬鹿にしてはおりません」
「……はぁ。君って人は」
彼女の選択次第では、違う未来になるけど。
そこは説明も難しいし、まぁいいか。
「とりあえず、君はものすごくリアルな予知夢を見た。タロットカードなるものも夢で知り、それで占っても、矛盾する結果は出なかったってことだね」
「その通りですわ」
「今、僕たちの未来は占えるの?」
「いいえ、占いすぎました。一つの内容に対して、一回しか占わないのが正しい形です。そうでないと、全く違う結果が出てしまう。私のやったことは、実はルール違反ですわ」
「ふぅん。そうまでして、『恋人』の正位置を出したかったってこと?」
「ご想像にお任せします」
「ちぇっ」
子供らしくなったり大人びたり、コロコロ変わるなぁ。
そういえば、息子のことも親という立場でしか見られてはいなかった。外から見た息子は、どんな子供だったのだろう。もしかしたら、家で見るより背伸びをして、大きく見せていたのかもしれない。
「それで、ライラ。君は最初に、『前回会った時に望んでいたことは』と言ったよね。今は違うということ?」
よく覚えている。
だんだんと、自分よりも大きな存在に見えてきた。
「ええ、今は別の選択肢の方が、現実的かなと思っていますわ」
「それはどんな?」
「ヨハネス様は私を、一緒にいてつまらない人間から、同じ時間を過ごしてもいいと思える相手に昇格なさったはずです。恋愛では、ないでしょう。でも、私を今すぐ手離す気は、ないのではありませんこと?」
「あっはは、正解だ。それで、君はどうする?」
うきうきしているのが伝わってくる。
楽しそうだなこのやろう、と言いたくなってきた。
「婚約は一時的に解消。学園を卒業する時まで延期して、その時に愛し合っていたら、改めて婚約。という形はどうですかと、ヨハネス様を説得しようと考えていますわ」
「なるほど、分かりにくいね」
「定期的にお会いするのは、変わらず続けます。お互いを縛り付けるのではなく、少しずつ愛を育みたいと両家を説得する方針はいかがです? 私にとっても、婚約破棄ほどのダメージはないかと」
「ふぅ……ん。君の希望とその理由は、おおむね把握したよ」
空気が突然、和らいだ。
この人、尋問得意そうだなぁ……。
今日は疲れた。
この話は、もうやめよう。
ヨハネスがフルーツを食べ始めるので、私もならう。
うぅーん、美味しい。メロンも美味しい。ここではメロンじゃなくて、シャグワッテとかいう意味不明な名前だとライラの記憶が告げているけど、メロンでしょ、これ。
なんでもいいや、美味しければ。
「僕は大きくなったからって、破棄する気はないんだけどな。君は信じないよね」
「メルルに会ってきたら、いかがです? びびびっと運命を感じちゃうかもしれないですわよ?」
「うん、まぁ……こっそりと、そうするつもりだけどね」
……そうするつもりなんだ。
全然こっそりとしていない。
でも……、そうか。私が適当なことを言っているだけかもしれないし、確認が必要か。
私と少し話すだけで、本来必要ではなかった仕事が増えている。
……やっぱり私じゃ、彼は癒せないんだろうな。
「私と会っている時くらい、ヨハネス様が無邪気に楽しんでくれればと思っていましたけど、私では面倒をおかけするばかりですわね。それがちょっと、寂しいです」
「そんなことないよ!」
突然彼が立ち上がって、びっくりした。
「ヨ……ヨハネス様?」
「楽しい。すごく楽しんでるよ。聞かなきゃと思っていたことは聞いたし、なんか面白いことをしようよ」
王太子モードは、今日は完全にやめたらしい。
「そう言うかと思って、いい物を持ってきましたわ」
「え、なになに?」
「部屋の外のミーナに持たせています。一緒に遊びましょうか」
瞳を輝かせているヨハネスは、やっぱり可愛いなと思う。
前回言っていた縄跳びは、この分だと用意はしていないのだろう。……ドレスで跳ばせる真似は、さすがにしないか。
やっぱり持ってきてよかったなー、あれ。
そう思いながら、室内へ戻った。
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