婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ】
春風悠里
前編 学園入学前
第1話 王太子様に婚約解消のご提案
今日は定期的に開かれる、王太子様との二人だけのお茶会の日だ。
この国の王子であり王位の第一継承者である彼、ヨハネス・ブラハムとは、物心つく前に婚約関係になった。それからずっと両親からの指示で、王宮と公爵家、交互にお茶会を開き続けている。
ここは、ヴィルヘルム公爵家の一室。
公爵家の王都にある屋敷に招き、いつも通りに向かい合っている。
これまでの私、ライラ・ヴィルヘルムは、彼に憧れていた。絵本の中から出てきたような素敵な王子様に二人で会っていただける。それだけで、夢のような時間だと感じていた。
両親からの期待もあり、目の前に無表情で座る十歳の彼のことを好きだと思い込んでいたし、空振っていたけれど好かれようと努力していた。
――でも今日は、いつもの私ではないのよ。
一つの人生を終わらせ、この乙女ゲームの世界で自らの幸せを掴みとるため、婚約の解消を提案しようとしている。
ライラの人生と前世の人生を合わせれば、私の精神年齢はもう人生半ばすら過ぎている。
人生経験では負けないわよと、自らを鼓舞する。
「つまらなさそうですわね」
紅茶を一口飲みそう言うと、ヨハネスもさすがにギクリとした顔をこちらに向けた。
「そ、そんなことは……」
慌てて言い訳をしようとするヨハネスを、視線だけで制する。
「ありますわよね。お気持ちは、分かります。私も、ヨハネス様と同じ思いですから」
「――――!」
今度こそ、声が出ないようだ。
金髪碧眼、まさに王子といった彼は、いつも感情の動きすら見せない。驚きで固まっている様子は、年齢相応の可愛らしさに見えて、少しほっとした。
今までの私は、彼も知らなさそうな領地内の珍しいしきたりや行事の知識を披露したり、ダンスが上達した話をしたりと、必死に色んな話題を絞り出していた。あなたに相応しくあろうと頑張っているの、というアピールでもあった。
そんな私が、つまらないと口に出すとは思いもよらなかったことだろう。
いつもとは違って真っ直ぐにこちらを見て、私の言葉を聞こうとしている。まずはそこまで、成功だ。
「ヨハネス様は、剣の鍛練も欠かさず幅広い分野の知識も深め、国をいずれ担うために大変な努力をされていると聞いておりますわ」
「……あ、ああ。そうだな。それは当然のことだ」
「断言しますわ。そんなヨハネス様と私は、恋仲にはなりません。国を背負う重圧や責任、私を見るだけでそれを思い出してしまいましょう? ヨハネス様に相応しい方は、一時でもそれを忘れさせてくれる、可憐で可愛らしいお嬢さんです。私ではありません」
何を馬鹿なことを、と怒気をはらんだ顔を向けられる。こんな顔も、初めて見た。
「そ、そなたは私が背負う国の重みを、分かっていると思ったからこそ、私は……!」
「そう認識くださっていたからこそ、微塵も魅力を感じない私と無理して会い、聞きたくもない話に頷かれていた。そうですわよね」
「そ、いや……!」
すっとその場から立ち、無駄にもったいつけて、緩めに巻いた縦巻きロールを揺らしながら彼の方へゆったりと歩く。
ヨハネスの座っている豪奢な椅子が、わずかに後ろへと動いた。
婚約者である私に言い知れぬ恐怖を感じるのは、今日が初めてかもしれない。
――可哀想に。
そう思いながら、彼の顔に自分の顔を近づける。
「失礼ながら、ヨハネス様は大切なご両親の親としてのお仕事を、奪ってしまわれているのですわ」
「な、んだと……!」
「子供というのは、やんちゃなもの。言うことを聞かないものですわ。それを叱り、諭し、教え導くのが親の仕事です。でも、ヨハネス様は優秀すぎるのです。たまには反抗し、親の仕事をさせてあげなくては」
「な、何を言っているんだ。私がおかしなことをすれば、父上の……国王の威信が落ちる。子供とはいえ、王太子としての自覚は持っている」
――ヒロインに、篭絡されるくせに。
つい、そう考える。
でも、目の前の彼は、まだヒロインと出会ってすらいない。
将来を見据え、前向きに努力している。重圧に押し潰されそうにも、まだなっていない。
こんなに若いのに、もしかしたらゲームに登場していた十六歳の彼よりも、いい男かもしれない。
少なくとも私にとっては、未来の彼よりも今の方がずっといい。
「このまま、死ぬまで無理するおつもりですか? 自分の本当にしたいことも見出だせないまま、国のために生きて死ぬのは、ご両親の本意ですか?」
「そんなの、そんなことは……」
「愛する人くらい、自分で選びたいとは思いませんか? まだヨハネス様は子供なんです。反抗して怒られたとしても、見捨てられたりはされません。許されるのは、今しかないのです。子供である今が、最後のチャンスですわ」
愛する人と結ばれたいという気持ちが奥底にあるからこその、あの未来のはず。
「ゆ、許されない。許されるわけが……」
青い瞳が揺れている。迷っているのが、手に取るように分かる。
――可愛い子。前世の私の息子よりも若い。
「私がいますわ。一緒に、お互いの両親を説得いたしましょう?」
「……何をどう説得するんだ」
「もちろん婚約を解消することです。自由恋愛がしたいと、一緒に訴えましょう」
「そなたは……自惚れでなければ、私に好意があったはずだ。なぜ、突然そんなことを言い始めた。理由が分からない」
やはり、そこを突っ込まれてしまったか。こんな口八丁で簡単に考えを変えるようでは、王太子は務まらない。
でも……まだ十歳。
咄嗟に言葉は出てこず、丸め込める可能性もあるとは思っていたけれど。
「夢を、見たからですわ」
「ゆ、ゆめ……?」
「ええ。その夢の中で、運命の導きがありました」
内ポケットから一枚のカードを取り出し、彼に見せつけるように机に置いた。
「ヨハネス様との未来は、何度占っても『恋人』の逆位置。私たちは、愛し合わない運命なのです」
我ながら、胡散臭い。
絶句している彼を、怪しい微笑みを浮かべながら見つめる。
さぁ、勝負いたしましょう?
私を好きでないことをあなたが認め、婚約の解消をしたいと思わせれば私の勝ち。決まっている未来から、私はきっと逃れられる。
初めて彼を動揺させていることに、少しだけ高揚感を覚える。
私がこうなった、本当のきっかけ。
それは、夢のせいでも占いのせいでもない。前世を思い出したからだ。
――あれは、数日前の出来事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます