第139話 生徒会選挙、決着

「……全校生徒の過半数以上の票を手に入れた、磯山 陽翔君に決まった」


 しんと静まり返った校庭に、玲桜奈さんの声だけが響き渡った。


 ……俺、当選したのか? 本当の本当に!?


「やったー!! ハル、おめでとー!!」

「おめでとうございます、陽翔さーん!!」


 ソフィアとゆいの喜びの声を皮切りに、見守っていた生徒達から、称賛の拍手が起こった。


 まだ実感がないけど、これ……本当に俺が当選したんだな。よかった、本当に良かった……!


「では今回当選した磯山君、みんなに挨拶を」

「え、えぇ!?」


 俺は玲桜奈さんに促されて、ビビりながら朝礼台へと向かう。その途中、玲桜奈さんと入れ替わるときに、小声でおめでとうと言われた。


「…………」


 朝礼台に上がると、沢山の生徒の注目が、一斉に俺へと向いた。しかも、しんと静まり返り、俺の言葉を待っている。


 こ、こんなに一気に注目された事なんて生まれて初めてだから、緊張が半端ない。体が小刻みに震えるし、視界も少し狭まってきた。


 でも、こんなところで怯んでる場合じゃないよな。俺はこれから由緒正しい聖マリア学園の生徒会の一員になるんだから、堂々としてないと!


「……磯山 陽翔です。今回はみなさんの応援のおかげで、こうして無事に生徒会選挙を良い結果で終わる事が出来ました。みなさんの応援と期待に応えるため、そして学園のよりよい未来のために頑張ります。よろしくお願いします!」


 俺はそう言ってから、深々と頭を下げた。


 我ながら、何と月並みの言葉だろうか。さすがにこんな挨拶じゃ駄目だったかもしれない。


 そう思っていると、どこからか拍手が聞こえてきた。そして、それに続くように、沢山の拍手が沸き起こった。


「っ……! あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 祝福されて感極まってしまった俺は、その場で何度も頭を下げてから、朝礼台を降りた。すると、天条院が凄い顔で睨みながら、口を開いた。


「またしても……ワタクシが負けた……こんなのありえませんわ……! この選挙には不正があったに違いありません! 直ちに抗議を――」

「引っ込め卑怯者ー!!」

「毎日毎日、人を貶すような事を言って! あんたなんかに学園なんか任せられないわー!」


 ビシッと俺を指差しながら非難する天条院に対して、どこからか天条院への罵声が聞こえてきた。


 そこから不満の声はどんどんと増えていき、気付いたら天条院への罵詈雑言が飛び交いまくった。


 基本的にお嬢様学校というだけあってか、あまりこういう公の場で悪口が出るのは珍しい。あってもヒソヒソ話とかだったのに……それほど天条院への不信感が強いのだろう。


「静粛に。各々の不満があるかもしれないが、寄ってたかって集中攻撃するのはよくない」

『…………』


 玲桜奈さんの一言で、シーンと静かになった。これが人望っていうやつなのか……。


「ではこれで生徒会選挙の結果発表を終了する。各自教室に戻るように。選挙立候補者は、先程の部屋に一度戻るように」


 ちょっとしたゴタゴタがあったが、無事に発表を終えて俺は控室へと戻ってきた。その間、天条院からの恨みの視線を感じてたけど、全部無視した。


「みんな、今日はご苦労だった。当選した人は、明日から我々と共に頑張ろう。落ちてしまった人も、来年も選挙をするから、志があればぜひチャレンジしてくれ。では解散――なのだが、陽翔と天条院は残るように」


 俺と天条院だけ? どう考えても嫌な話の匂いがプンプンするぞ……。そんな事を思っている間に、俺達三人だけになった。


「ワタクシに何か用なのかしら? 今から謝罪をして、生徒会の席を譲るという話かしら?」

「残念だが、そんな良い話ではない。陽翔、以前入院してる時に話した内容は覚えているか?」

「話した事?」

「黒幕の話だ」


 黒幕って、あの火事を起こした真の黒幕ってやつか。もちろん覚えている――その意思を表すために、大きく首を縦に振った。


「天条院。あの火事の犯人を裏で手引きしていたのは、貴様だな?」

「はぁ……またその話ですの? さっきも磯山 陽翔に聞かれましたが……意味がわかりませんわ。ワタクシがそんな野蛮な事に加担するわけありませんもの」


 玲桜奈さんが問い詰めても、天条院は全く動揺すらしない。もちろん、自白する様子もない。


「そうか。実は、昨日西園寺家の諜報部隊から連絡があってな。警察に捕まった放火魔が、自供をしたようだ。出所してから放火してる中、天条院家――いや、貴様から放火の場所を指示されたと。報酬も随分と渡したそうじゃないか」


 ずっと余裕たっぷりだった天条院だったが、玲桜奈さんの言葉を聞いた途端、顔を青ざめさせた。


「あ、あのキチガイ男……口を割ったの!? あれだけの金を積んで、成功したらずっと生活を援助すると言ったのに!」

「ずっと口を割らなかったが、ちょっとやり方を変えたら喋ってくれたそうだ」

「……えっと、それって聞いてもいいやり方ですか?」

「話したいが、諜報部隊しか知らない極秘のやり方らしい」


 お、おう……ちょっと気になったから聞いただけなんだけど……思ったよりも闇が深そうだから、これ以上聞くのはやめておこう。


「この……お前らがいなければ……ワタクシがこの学園を支配できたというのに! 絶対に許さない……かくなる上は……!」


 天条院は懐からナイフを取り出すと、ナイフの肢をしっかりと握り、その刃先を玲桜奈さんに向けた。


 あ、あいつ……正気かよ!? 早く玲桜奈さんを守らないと!!


「うふふ……念のために用意しておいて正解でしたわ! お前らが消えれば、ワタクシの罪を知るものもいなくりますし! まずはお前からだ、西園寺 玲桜奈!!」

「やめろぉぉぉぉ!!」


 俺は即座に玲桜奈さんと天条院の間に割って入る。それから間も無く、天条院のナイフが目前にまで迫ってきた。


 この距離では、避ける事もナイフを蹴り飛ばす事も出来ない。なら、これしかない!


「うぐっ……!」

「は、陽翔!?」


 俺は襲い掛かるナイフの刃を、両手で包み込むようにして止めた。当然刃は俺の手を食い込み、赤く染め上げた。


 めちゃくちゃ痛い……! けど、なんとか止められたおかげで、天条院の一撃は致命傷にならなかった。


「諦めろ、お前は負けたんだ。そして、お前には法の裁きが待ってる。お前の人生はもう終わったんだ」

「負け……み、認めない……そんな、の……あは、あははは……」


 手に持っていたナイフを手放した天条院は、その場で崩れ落ちると、乾いた笑い声を漏らし続けた。まるで、壊れたテープレコーダーのように。


 なんにせよ、これで本当に決着がついたな――

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