第105話 大切な人のお墓参り

 数日後、俺とゆいは、電車を使って二時間くらいの場所にある、山の中の小さな墓地へとやってきた。


 こんな山の中に、ゆいのお姉さんの墓があるなんて知らなかった。そもそも、俺ってあまりゆいのお姉さんの事って知らないんだよな。聞いてみたかったけど、ちょっと聞きにくくて。


「お姉ちゃん、来たよ。ごめんね、最近全然来れてなくて」


 墓地の中に建つ墓石の中でも、一回り小さくて少し汚れた墓石の前に立ったゆいは、とても優しい声色で声をかけた。


 桜羽 さくら之墓……か。墓石に刻まれた文字からして、ここにいるのはお姉さんだけって事か。


「陽翔さん、お姉ちゃんを綺麗にしてあげたいので、手伝ってもらえませんか……?」

「もちろん。何をすればいい?」

「さっき汲んできたお水を、上からかけてあげてください……ゆいが拭きますから」

「わかった」


 俺は事前に用意しておいた桶に汲んでおいた水を、ゆっくりと上からかけていく。それに続いて、ゆいが墓石を丁寧に拭いた。


「うん……綺麗になりました」

「だな。ゆい、さっき買った花を供えようか」

「わかりました。その前に花立てのお水を変えちゃいますね」

「これ、花立っていうんだな」

「そうなんです。お線香を置くところは、香炉っていうそうですよ」


 俺達は手際よく花と線香を供えると、一緒に両手を合わせた。


「お姉ちゃん……ゆいにもお友達が出来たよ。それに、ゆいを愛してくれる人も……だから、心配しないでね……」

「ゆい……」

「前にもお話しましたけど……お姉ちゃんは凄い人です。勉強もスポーツも何でもできて、明るくて優しくて……自慢のお姉ちゃんでした」

「ああ、覚えているよ」


 話を聞いただけだけど、きっと本当に凄い人だったんだろう。だって、ゆいがお姉さんの事を話す時の顔がキラキラしていて……心の底から尊敬しているんだってわかるからな。


「お姉ちゃんの凄い話、いっぱいあるんですよ」

「ゆいが話したいなら、いくらでも聞かせてくれ。でもその前に……漫画の事は報告したのか?」

「あっ……まだでした。つい自慢のお友達と陽翔さんの事を報告したくて……えへへ」

「大事な事なんだから、ちゃんとしないとな」

「はい。お姉ちゃん、ゆいね……なにも取り柄が無かったゆいが描いた漫画がね、認められたんだ。認められたって言っても……連載には至ってないけど……でも、これからも頑張るって決めたんだ。だから……応援してほしいな」


 当然何の反応も返ってこない。それでもちゃんと報告が出来て満足したのか、ゆいの表情は晴れやかだった。


「もういいのか?」

「はい。お掃除もお花もお線香も供えられましたし……大切な報告もできましたから」

「わかった。次に来た時は、もっと凄い報告が出来るように頑張ろうな。俺も支えるからさ」

「はい。ゆい……次は連載の報告がしたいです。それと……その、結婚とか赤ちゃんとかの報告も……なんて……」

「…………」


 それってつまり、将来的に俺と……って事だよな? ゆいの口からそんな内容の言葉が出た事は驚きだけど、それ以上に嬉しい。


「あ、ななな、なんでもないです! ゆいったら何を……!」

「そうだな、いつかちゃんと報告に来ような」

「っ……! は、はい! その……ゆい、桶を戻してきますね!」


 耳まで真っ赤にしたゆいは、桶を持って走り去ってしまった。


 俺の素直な気持ちを伝えただけなんだけど、ゆいを恥ずかしがらせてしまったようだ。恥ずかしがるゆいの顔、可愛すぎてつらい……ん?


「なんか頭に乗ったな……」


 頭に手を伸ばすと、そこにあったのは一枚の桜の花びらだった。


 今は一月だっていうのに、桜の花びらってどういう事だ……? 冬に咲く桜があるのは聞いた事あるけど、それが近くに……あるようには見えないな。


 まさか、ゆいのお姉さんが俺にエールを送ってくれている……とか?


「大丈夫ですよ。あなたの妹は……ゆいは、俺が必ず守りますから。だから……安心して見守っててください」


 俺の誓いに満足したように、手のひらに乗せた桜の花びらは天を舞い……そして見えなくなった。



 ****



 あれから更に年月が経ち、俺は二年生になった。最近では雨が多くなり、ジメジメとして過ごしにくくなっている。


 二年生になったけど、俺達の生活は特に変わっていない。学園に通いつつつ、ゆいの事を支える生活を送っている。


 そんな月日の中で、ゆいの部屋の段ボールはどんどんと増えていった。その努力がついに報われたのか、ゆいの描いた漫画は読み切り漫画として、本誌に掲載される事になった。


「うぅ……」

「大丈夫? ずっと調子悪そうだけど……」

「無理もないさ。今日はゆいさんの漫画が掲載された雑誌が発売なんだろう?」

「そうですね」


 暑いけど人が少ない場所だからという理由で、俺達は校舎裏に来て昼ごはんを食べようとしていたんだけど、さっきから……いや、今日の朝からゆいがずっと緊張で震えている。これじゃ食事が喉を通らないだろう。


「ゆい、緊張しても仕方がないよ。ゆいの漫画は面白いから大丈夫だ」

「アタシも見本で読ませてもらったけど、面白かったよ~!」

「私も面白いと思ったが、絵も好みだったな」

「ほら、すでに俺も含めて三人も良かったって思ってもらえてるぞ!」

「……ずっと現実から逃げるために描いてたものが……褒められるなんて、信じられないです」

「これは現実だ。自信をもってくれ!」


 ゆいの手を包み込むように握りながら、ゆいの目をじっと見つめると、はにかみながら頷いてくれた。可愛さ三兆点優勝。


「そうそう、実は今日のお弁当は特別メニューです! じゃじゃーん! こっちは願掛けお弁当! アタシの力作で~す! そしてこっちが~……さっぱりお弁当! ハルがね、ゆいは緊張しすぎてあまり食べれないかもしれないから、栄養があって食べやすいものを作ったんだよ!」

「ほう、君はそんなに料理が得意になったのか」

「ええ、まあ」


 ゆいの家で何度も料理を作り、失敗したらその都度ソフィアに教わってたら、かなりの実力になったんだ。ある程度のものなら、レシピを見ないでも余裕だぜ?


「むぅ、私の秘伝のレシピも伝授したかったのだが……」

「そ、それはまた別の機会で!」


 西園寺先輩のレシピなんて、そんなの作った日には大変な事になるのが目に見えている。うま~く躱す方向に持っていかないと。


「い、いただきます……」

「めしあがれ!」

「お、おいひぃ……おいひぃよぉ……しあわふぇ~……」


 ずっと緊張していたゆいだったが、弁当を食べた瞬間には、いつもの様に顔を蕩けさせていた。


 この蕩けきった幸せそうな笑顔……これが本当に大好きなんだ。ゆいにはずっと幸せそうに笑っててほしいって思う。


 も、もちろんずっと食べさせようとは思ってないぞ? そんなに食べたら太るし、体にも良くないからな。


「ソフィアちゃんのも、陽翔さんのもおいしくて……ゆいは幸せです」

「そうだ、屋敷のコックが、ゆいさんの掲載祝いとしてこれを作ってくれたんだ」

「これ……カップケーキ!? ありがとうございます! もぐもぐ……ほんのりした甘みが最高ですぅ……」

「お食事中の所ごめんなさい、ちょっといいかしら?」


 ゆいがカップケーキに喜んでいると、三人の女子生徒達が、俺達の元にやってきた。


 確か、ゆいと同じクラスの生徒だったと記憶している。一体何の用だ? 変な事をするつもりなら、こっちは容赦しないからな?


「あの……この漫画、桜羽さんが書いたんですか?」

「え? あ……はい」

「やっぱり! 作者さんの名前が同じだから、もしかしてと思って! このお話面白かったです」

「っ……! ありがとうございます!」

「アタシも! 最後の所とかすごく良くて~!」

「ウチは途中でヒロインが相手に助けられるところが胸キュンしたよ~」


 三人の女子に褒められてよほど嬉しかったのか、ゆいは目尻に涙を溜めこみながら、何度も頭を下げていた。


 やっぱりゆいは凄い子だ。こうやって人に認められるなんて、なかなか出来る事じゃないもんな。


「君達、ゆいさんに質問攻めにするのはほどほどにな。あと、そろそろ昼休みの時間が無いから、教室に戻った方が良い」

「え、もうそんな時間かよ!?」


 ゆいの幸せそうな顔を堪能していたら、いつの間にか時間が経過していたようだ。はやく教室に戻らないと! ダッシュダッシュ! あ、廊下はゆっくりと……。


「ふ~間に合った」

「ですね……あれ、ここはゆいのクラスですよ? 陽翔さんの教室はここじゃ……」

「彼氏として送るのは当然だろ。あ、ソフィアと西園寺先輩は、戻る途中で別れたぞ」

「え……? 急いでたので、気づきませんでした」

「まったく、ゆいはしょうがないな」


 今日も今日とて、いつも通りの俺達。このまま過ごしていって、あわよくはゆいの描いた漫画が連載として雑誌に載ればいいのに。


 そんな事を思っていたら、奴が現れた。人が頑張っている時にわかったように現れて引っ掻き回す女が。顔も見たくないんだが……。


「ちょっとよろしいかしら? 桜羽さんに用があるんですけど」

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