第38話 いざ三輪車競争へ!

「あー……生徒会長の西園寺だ。さきほどのは私から盛り上げるための演出として、私自らが彼に提案した事だ。なので、必要以上に彼を責めないようにしてほしい。以上だ」


 競技が終わり、ソフィアとゆいの待つ観客席に戻る途中、放送席に向かった西園寺先輩の放送が入ってきた。


 なんか、悪い事しちゃったな……俺がもう少し賢いか、冷静な性格だったら、少しはマシな状況になってたかもしれないと思うと、胸が痛む。


 こんなんで、本当に西園寺先輩をバッドエンドから救う事なんて出来るんだろうか……? 弱気になっても仕方ないのは分かってるが……ちょっとへこむ。


「あ、おかえりなさい……」

「ハルー! さっきのはどういう事ー!?」

「ちょっ、やめっ!」


 二人の元に帰って来て早々、ソフィアはフグのようにほっぺをパンパンに膨らませながら、俺の襟首をもって俺の体を前後に振りまくった。


 く、苦しい……首締まってる! 死ぬ! 死ぬからやめてくれー!


「説明! 説明するから!」

「うー……どういう事なの?」

「お題の紙に、ゴール条件としてお姫様抱っこって書いてあったんだよ!」

「本当に?」

「ソフィアちゃん、陽翔さんは変な嘘をつく人じゃないと思うので……本当かと……」

「……うん、そうだよね」


 よかった、どうにか納得してくれたようだ。ゆいのアシストが無ければ、もっと酷い事になっていたかもしれない……。


「とりあえず納得したよ。でも……西園寺先輩だけしてもらうなんてズルい!」

「は?」


 ……なんか嫌な予感がする。予感というか、ほとんど確信に近い。


「アタシもお姫様抱っこされたい!」


 や、やっぱりかよ!? さっきは西園寺先輩が弁明してくれたから何とかなったけど、次はもう言い逃れ出来ないぞ!


「いや、それはマズいだろ!」

「なんでよー! それとも、アタシにするのは嫌……?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 だからその涙目で俯くのはズルいだろ! 推しキャラに目の前でこんな事をされたら、ギャルゲーマーなら誰でも俺みたいに挙動不審になるって!


「じゃあいいよね!」

「よくないから! ゆい、助けてくれ!」

「……その、ゆいもしてほしい……です。少女漫画でお姫様抱っこのシーンがよくあって……憧れてたんです」

「はぁ!?」


 ま、まさかのゆいもそっちサイド!? 完全に退路が断たれてる気がするんですが!


 こうなったら、誰でもいいから周りにいる人に助けを――って、絶対にそんな助けてくれる人なんていないよね! うん知ってる!


 逃げるのは簡単にできるけど、こんなに期待に満ちた二人を無下にするのも申し訳ないし……。


「わ、わかった。体育祭が終わった後にな」

「ホントに!? やったねゆいちゃん!」

「は、はい……!」


 はぁ、約束しちゃったよ。まあ人目がない所だったら、別にしてあげてもいいか。


「そういえば、ゆいは漫画が好きなんだよな」

「あ、はい……家でできる唯一の娯楽なので……」

「そっか。今度その話も聞かせてくれよ」

「はいっ! 今度といわず、今すぐにでも――あっ」

「次は三輪車競争でーす。選手の方は入場口に集まってくださーい」


 ちょうどいいタイミングで、次の競技が呼ばれてしまった。こう考えると、俺ってかなりハイペースで出場してるな。


 そんな事を思いながら、トラックの中央に移動すると、一緒に来たゆいが小さな体を更に小さくして、何か独り言を言っていた。


「すーはー……ゆいならできる……できるもん……がんばるんだ……」

「ああ、頑張ろう」

「ふひゃ!? は、陽翔さん……」

「ごめんな驚かせて。勝つんだろ? あいつに」


 俺達の視線の先には、優雅に扇子で顔を扇ぐ天条院の姿。よっぽど走り回ったのか、疲労の色は隠せてないが、それでも人を見下す目は健在だ。


「ごきげんよう桜羽さん。今回はワタクシのために勝利を献上しに来るだなんて……ようやくお友達としての自覚が湧いたのかしら?」

「あ……の……ゆい……」

「大丈夫。大丈夫だよ」


 天条院の登場でビビったゆいは、俺の後ろに一瞬だけ隠れたが、すぐにまた前へと躍り出た。


 いいぞ、その調子だ。ゆいなら出来る!


「ゆいは……負けません! 今回のレースで一番になります! それが……ゆいを励まして、一緒に練習してくれた、私の初めてのお友達への恩返しになるから!」

「あら? ワタクシが一番最初のお友達でしょう?」

「ゆいはあなたのお友達じゃありません! だから……勝利のプレゼントも出来ません!!」

「……随分と生意気な事を言うようになったじゃない。あなた、自分で何を言ってるかわかってらっしゃるの?」

「ひぃ……!?」


 冷たい怒りを孕んだ表情を浮かべた天条院は、怯えて丸くなるゆいに手を伸ばす――が、そこに俺が割って入った。


「今のがゆいの気持ちだよ。お友達とやらなら、汲み取ってやるものじゃないか?」

「ふざけんじゃないわ! 学園の底辺で、親にも捨てられるような人生真っ暗の女には、ワタクシのコマになるのが一番幸せですのよ!」

「…………」


 何故だろうか。身体は酷く冷たく、鼓動もかなり静かだ。なのに……そんなのが無に帰すくらいの怒りの炎が、俺の胸を奥底を燃やしに燃やしまくっている。


「てめえごときに、ゆいの何を知ってるんだ? 上辺ばかり見て知った気になり、それでゆいを貶すだなんて、言語道断もいいところだ」

「あらまあ、ずいぶんとカッコいい事を言っちゃって。そのカッコ良さに免じて、ワタクシの椅子係にならしてあげてもよろしくてよ?」

「おまえのどす黒くて変なものがついてるケツに座られるのは、さすがに冗談キツイな」

「ふん、まあいいわ。その減らず口も、ここで負ければ聞けなくなるでしょうし、今のうちに聞いておいてさし上げますわ」


 天条院は最後に高笑いを残してから、その場を一旦去っていた。


 さて、順番は俺が二番目で、ゆいと天条院が三番目だ。俺が介入できない、ゆいと天条院のガチンコバトルだ。


「あの、陽翔さん……」

「なんだ?」

「さっきはありがとうございました……守ってくれましたよね?」

「ああ。別に気にしないで。ゆいを助けたいと思ったら、体が動いちゃってさ。」

「……やっぱり、優しいですね」

「そうか?」

「はい。陽翔さん……漫画に出てくる優しくてステキな王子様によく似てるんです」


 顔は逸らしながらではあったものの、ゆいはとても優しい微笑みを浮かべていた。そんな彼女を見ていたら、俺も優しい気持ちになるし、同時に凄くドキドキする。


「では第二走者のかた~」


 実行委員からの指示に従い、俺は三輪車競争に乗ってスタートのタイミングを待つ。


 ここでしくじったら、後続のゆいに悪影響が出る可能性がある。絶対にここは勝たなければ。


「位置について~よ~い」


 ――パンッ!!


「っし!!」


 スタートの合図が鳴った瞬間に、俺はあまり力を入れすぎずにペダルを漕いで先に進む。他の選手は力加減がわからないのか、空回りになったり、凄くゆっくり漕いでいる。


 こちとら、学校でも家でも練習しまくったからな! 余裕で勝たせてもらうぞ!


「あははっ、必死に三輪車乗ってるのかわいい~」

「かわいいし面白くね? あれ、でもあの先頭……めっちゃ速くね?」

「はっや!! 子供用の三輪車乗りこなしてるとか!」


 俺の三輪車捌きを見ていた人達から、驚きの声が上がってくる。


 まあ……三輪車をガチで練習してくるのなんて、あんまりいないよな。俺もそう思う。


「おらぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺はらしくもなく雄たけびを上げながら、そのまま三輪車で爆走してゴールした。とりあえずこれでゆいに勇気を与えられただろう。


「……っ!」


 ゆいは嬉しそうに俺に手を振ると、すぐにスタート地点へと並んだ。


 すぐ隣には天条院……何かやって来ても全然おかしくない。ゆい、気をつけてくれよ……。


「では位置について~……よ~い……」


 ――パンッ!!

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