閑話 とある冒険者達の驚愕

 ポーション。


 それは危険な魔物と戦い、日々傷の絶えない冒険者達にとって、なくてはならないアイテムである。


 ただ、主に薬草から作られるということもあり、お世辞にも味はよろしくない。


 Cランク冒険者のショルバにとっても、ポーションはあくまでも不味い薬という認識だった。


「ここのポーションは美味いものもあるというが……」


 ショルバは王都冒険者ギルドの前で呟く。


 美食の都エッセン。


 つい昨日王都入りしたばかりだが、その食事レベルの高さは世界的に有名だ。


 それはポーションの味についても例外ではない。


 そんな情報を思い出しながらギルドに入り、食事スペースで軽食をとるショルバ。


 ギルド内で食べられる料理が充実しているという点でも、エッセンは非常に特殊だ。


 それから約30分後、クエストボードの前で2人の男性冒険者と合流する。


「レッカー、フォン。もう来てたか」


 ショルバと同じCランク冒険者のレッカーとフォンだ。


 エッセン近郊の街で意気投合し、一時的なお試しパーティを組んでいる。


 数分後、クエストボードで依頼書を眺めていた3人は、受ける依頼を決めて街の外に出る。


「そういえばフォン。今朝は話題の薬屋に行くとか言ってたが、どうなったんだ?」

「ああ、『薬屋ディーニャ』ですね。無事ポーションを買えましたよ」


 狩り場への道中、ふと尋ねたショルバにフォンが答える。


 フォンは流行りものに敏感であり、エッセンに着いた昨日の段階からいろいろと情報を集めていた。


 味がいいと噂のエッセン産ポーションを買おうという話になった時、自分に任せてほしいとフォンは言った。


 なんでも、巷で話題沸騰中の薬屋があるとのことらしく、そこのポーションはエッセンの中でも他店と一線を画すのだとか。


 ショルバとしては不味くなければ何でもよかったが、張り切るフォンに任せることにした。


「いやあ、すごい人気ぶりでしたよ。開店前に行ったんですけど、既に結構な人が並んでて」

「へえ、薬屋に並ぶなんてすごいな」

「ああ。だが、過度な期待はしないほうがいいかもな」


 レッカーが両手のひらを上に向けて言う。


 彼は以前に1度、エッセン産のポーションを飲んだことがあるらしい。


「たしかにずいぶん飲みやすかったが、所詮は薬だ。不味い薬草を使ってる以上、いくら有名な薬屋でも限界があるんじゃないか?」

「はは、それはそうかもですね。ただ、飲みやすいポーションというだけでも楽しみです」

「そうだな」


 ショルバはフォンの言葉に頷いて言う。


 そうして談笑しながら進むこと30分、一行は目的の狩り場に辿り着いた。


 受注したクエストは【ゴブリンの群れの討伐】。


 大きな岩の陰から覗くと、40~50匹ほどの群れがギャーギャーと騒いでいた。


「依頼書にあった通り、何匹か上位種がいるな。数も多いし、油断するなよ?」

「わかってるさ」

「大丈夫です」


 3人は頷き合い、一斉に岩陰から飛び出す。


 相手の不意を突いたこともあり、戦闘は数分で片付いた。


「――ふぅ。上手くいったな」


 全滅したゴブリンの群れを見て、ショルバは額の汗を拭う。


「2人とも、怪我はないか?」

「俺は腕を少し」

「僕は大丈夫です」


 後方から魔法で支援していたフォンは無傷だったが、前衛のレッカーは右腕に上位種の攻撃を受けたようだ。


 同じく前衛を務めていたショルバも、太ももにそれなりの切り傷を負っている。


「2人とも、ポーションをどうぞ」

「助かる」

「サンキュー」


 ショルバとレッカーはそれぞれにポーションを受け取る。


 フォンが今朝がた買ってきた『薬屋ディーニャ』のポーションだ。


 通常タイプ、一般的に言う中級レベルのライフポーションとのことで、ほんのりと濁った薄緑色をしている。


(匂いは……なんだ? 何かのフルーツのような……)


 ポーションらしからぬ香りに一瞬驚きつつ、おもむろに口にするショルバ。


「な……!!」


 直後、口腔内に広がった芳醇な味わいに、ショルバは思わず瞠目した。


 彼の知るポーションの面影はそこにない。


 上質な果実水よりもさらに美味く、純粋な飲み物としても人生史上1番の味。


「おいおい! めちゃくちゃ美味えぞ、これ!!」


 そして正面のレッカーもまた、ショルバ同様の驚きを見せていた。


「美味え!」と目を見開きながら、ゴクゴクポーションを呷っている。


「前に飲んだエッセン産のポーションも悪くはなかったが、これはレベルが違うぞ!!」

「そ、そんなに美味しいんですか?」


 ショルバ達のリアクションを見て、フォンが興味を惹かれたように言う。


「少しだが飲んでみるか?」


 あいにくレッカーは飲み干してしまったが、ショルバの瓶にはまだ少しだけ残っている。


 コクコクと頷いたフォンは、少量のポーションを飲んで目を瞠った。


「……っ!! これ、もはやポーションの域を超えてますよ!」

「ああ、高級ドリンク顔負け、なんならそれ以上だな」


 ショルバは頷きながら、そういえば傷は治ったのだろうかと太ももを見る。


 深い切り傷がついていた箇所は、何事もなかったかのように治っていた。


 ポーションの味に圧倒されて忘れていたが、薬としての本分もしっかりと果たしているらしい。


「……これは革命的だな。今のエッセンにはこんなポーションがゴロゴロあるのか?」

「いえ、エッセンでもここまで美味いポーションはなかったと言われてるみたいですよ」

「はは、このレベルがゴロゴロあればもっと外に広まってるだろうよ」


 ショルバの呟きにフォンとレッカーが言う。


 3人は興奮冷めやらぬ中、討伐証明の魔石と耳を各々に剥ぎ取り、ついでに少しばかり追加の狩りを行うことにした。


 その際、Cランク相当のサンダーリザード――電気を纏う爬虫類型の魔物に遭遇したのだが、そこでも『薬屋ディーニャ』のポーションに驚かされた。


 サンダーリザートと戦う時は、麻痺治しポーションの携帯が必須。


 今回もフォンが電撃を受けてしまい、麻痺治しポーションを飲むことになったのだが……これが非常に斬新な美味しさだったのだ。


 単なる果実系の風味とも違う不思議なフレーバーに、シュワシュワと口内を刺激する新鮮な感覚。


 ショルバ達もひと口ずつ飲ませてもらったが、新しい美味しさという意味ではライフポーションをも上回っていた。


 そもそも、麻痺治しポーションに使われる薬草は、ライフポーションに使われるそれに比べて味の癖が強い。


 不快な痺れと風味があるため、ポーションに加工した際も独特な味が残るのだ。


 要は、ポーションの中でも不味い部類とされるわけだが、『薬屋ディーニャ』の麻痺治しポーションは恐ろしいほどに雑味がなかった。


 いや、ライフポーションにしてもそうだ。


 本来であれば多少なりとも感じるはずの、薬草由来の雑味や風味が、感じられない。


 最初から薬草など入っていないかのような奇跡の味だが、そのポーションはたしかな効力を持っている。


 むしろその辺の中級ポーションよりも効き目があるくらいで、ショルバ達は心底驚愕した。


「いやあ、すごかったですね」

「ああ。俺、エッセンを拠点にしようかな」

「まじかよ。でも、悪くないな」


 空が赤く染まる頃、3人は笑い合いながら帰路に就く。


 皆の舌と記憶には、すっかり今日飲んだポーションの驚きが染みついていた。


 これは余談であるが、3人は実際にエッセンを拠点に活動していく。


『薬屋ディーニャ』のポーションを監修した『グルメの家』に関する情報を手に入れた3人は、数々の絶品料理の虜になり、筋金入りの常連客になるのだが――――それはまた別のお話。

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