第125話 ライフポーションのフレーバー

遅くなり申し訳ありません。

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 その数日後――店休日の夕方。


 俺はツキネを連れて、再びディーニャの店の前に来ていた。


 扉には既に営業終了の掛札が出ているが、来訪については事前に手紙で告知済み。


 二、三度扉をノックすると、すぐにディーニャが顔を覗かせる。


「中へどうぞッス」

「お邪魔するよ」


 店内に入った俺は、奥の調合室へと案内される。


 俺の訪問に合わせて片付けたのか、先日よりも幾分かすっきりした印象だ。


 俺は調合台前の椅子に座り、ポーチから三つの小瓶を取り出す。


「もしかして、それが……?」

「そう。ポーションの味変粉」


 ポーションの味変用として、ここ数日調整していた粉。


 ディーニャに試してもらうためのものだ。


「そういえばこの前、ポーションに粉を入れても問題ないか尋ねてきたッスよね?」

「ああ。それはこれだな。Aの粉」

「Aの粉?」


 俺は一つの瓶を手に取り、『Aの粉』と書かれたラベルを見せる。


 このAの粉は、ポーションの味を〝ゼロ〟にするためのもの。


 最初にポーションに加えるため、便宜的にそう呼んでいる。


「このAの粉をポーションに入れた後、各ポーションに合わせたBの粉を入れるんだ」


 俺はそう言って、残り二つの小瓶に目を向ける。


 どちらもライフポーション用の粉だが、片方は通常タイプ用、もう片方が強力タイプ用だ。


 Aの粉で味がなくなったポーションに加え、理想通りの味に変化させる。


「たった二種類の粉を入れるだけで、ポーションの味が変わるんスか? 自分のポーションはその……ちょっとばかり強烈ッスから、簡単には変えられないと思うんスけど……」

「まあ、ものは試しってやつだよ」


 俺はそう言って笑うと、二種類のライフポーションを用意してもらうようお願いする。


ディーニャは半信半疑な様子ながら、すぐにポーションを持ってきてくれた。


「それじゃあ、まずは通常タイプから……」


 Aの粉の小瓶を開けた俺は、別途取り出したスプーンで粉を掬う。


 いろいろと試してみた結果、このスプーン二杯分の粉を加えれば確実に味が消えるとわかっている。


「ディーニャ、これ使っていいか?」

「もちろんッス」


 ポーションにAの粉を入れ、ディーニャに借りたガラス棒で掻き混ぜた俺は、続けてBの粉を投入。


 こちらもさきほどと同じく、スプーン二杯分の粉が適量である。


「こんなもんかな」


 Bの粉を加え、ガラス棒で数回掻き混ぜれば作業は完了。


 あっという間に、『グルメの家』監修ライフポーションの出来上がりだ。


「もう終わったんスか!? 見た目は何も変わってない気がするんスけど……」

「まあ、見た目はな」


 AとBの粉はどちらも、水に溶かすと透明になる。


 そのため、ポーションの見た目には全く変化がなく、元と同じ緑色の液体のままだった。


「さあ。飲んでみてくれ」

「わ、わかったッス」


 緊張した面持ちでポーションを手に取り、ゴクリと唾を呑み込むディーニャ。


 数秒の沈黙の後、覚悟を決めたように目を瞑った彼女は、勢いよくポーションの瓶を傾けた。


「ん……ぐっ…………あれ?」


 予想した味と違ったのか、一瞬ディーニャの動きが止まる。


 しかしすぐさま二口目に移り、ゴクゴクと喉を鳴らした彼女は、そのまま瓶の中身を飲み干した。


「ぷはぁっ! なんスかこれ!? めちゃくめちゃ美味い! 美味すぎるッス!!」


 キラキラと目を輝かせながら、俺のほうを見てくるディーニャ。


「あんなに強烈だった苦味がなくなるって……どんな魔法を使ったんスか!? それにあの味……あの美味しすぎる味は一体!?」

「はは、まあ落ち着いて」


 前のめりになる彼女に笑いながら、二種の粉の効果について説明する。


 各粉の役割を聞いた彼女は、「なるほど」と神妙な顔で頷く。


「一度味をリセットするなんて……そんなことが可能なんスね。正直信じられないッスけど……」

「詳しいやり方は企業秘密だけどな」

「わかってるッス。この粉についても、後で他言できないよう契約魔法を結ぶッス」

「ありがとう、助かるよ。それで、さっきの味だけど、あれは青リンゴ味だよ」

「青リンゴ……外国の果物か何かッスか?」

「まあ、そんなところ。オリジナルのフレーバーだと思ってもらっていい」


 そう、ライフポーションの味として俺が選んだのは青リンゴ。


 緑色のポーションから着想を得たフレーバーだ。


 青リンゴにしては緑が濃すぎる気もするが、あくまで俺の自己満足なので問題ない。


 豊かな甘味とかすかな酸味があり、飲み口も非常に爽やかなので、代表的なポーションの味としてもぴったりだ。


「強力タイプのほうはどんな味なんスか?」

「ああ。同種のポーションだし、基本の味は同じなんだけど、ちょっとした差別化を図ってみた。作ってみようか」

「自分がやってみてもいいッスか?」

「もちろん」


 俺はそう言って、ディーニャにやり方を教える。


 手順は通常タイプと全く同じだ。


 まずスプーン二杯分のAの粉を加え、ガラス棒で数回掻き混ぜた後、同量のBの粉を加える。


「本当に簡単ッスね」


 ディーニャは驚いた様子を見せながら、サクサクと粉を加えていく。


 三十秒とかからずに、ポーションの味変は完了した。


「あれ? なんか泡が立ってるッスね」

「ああ。さっき言った差別化だよ」


 完成したポーションには、シュワシュワと絶えず泡が立っている。


 炭酸由来の細かい泡だ。


 ライフポーション(強力タイプ)は、青リンゴ味のスパークリング版となっている。

 

 通常タイプと強力タイプが全く同じ味なのもどうかと思い、俺なりに工夫した結果だ。


 ちなみにこの炭酸だが、時間が経っても抜けることはない。


 シュワシュワと立っている泡はあくまで見かけのもので、実際の炭酸とは仕組みが違う。


 普通の炭酸のように炭酸抜けを気にする必要がないため、心置きなくスパークリング版を採用できた。


「たしか、ウチの店のドリンクバーでサイダーを飲んだって言ってたよな? あれと同じ感じだよ」

「ああ! あのシュワシュワしたやつッスね」


 ディーニャは合点がいったように言うと、躊躇いなくポーションに口を付ける。


「美味い! このシュワシュワがたまらないッスね!」


 それからぐっとポーションを呷った彼女は、満足そうに息を吐いた。


「通常タイプも美味かったっスけど、これはこれで甲乙つけがたい美味さッス」

「よかった。ひとまず、ライフポーションの味はこれでいこうと思うんだけど、特に問題はなさそう?」

「問題なんておこがましい! むしろ想像を遥かに超えてきたッスよ!!」


 ディーニャはニッと歯を見せて言う。

 

 そんなわけで無事、ライフポーションの味が決定するのだった。

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