本当に好きな人
「ねぇ、教会に来たのに何で、飲み屋に連れ込まれてんの?」
「え?夜会の方が良かった?遠いんだよなぁ」
「言ってねぇ」
回らない頭と、お酒のせいでいつもより強いツッコミも、シャルムは全く意に介さず「まあまぁ」とお代わりのワインを注いでくる。
「それに、お酒飲んでも寝覚めが悪くなるだけだから嫌なんだけど」
「飲まなくても寝られないんじゃ一緒じゃん」
舌打ちをしながら、グラスを煽っているとシャルムが近くのカウンターに座る女の子に声をかけた。
「ねえ、彼女たち」
「なあに?シャルムさん」
「この子、一人じゃ寂しくて寝られないみたいなんだけど、添い寝してあげてくれないかい?」
「なッ…!」
「まあ、かわいい!」
「薬屋の子よね?お姉さんが膝枕したげるわ」
わらわらと近寄る女性たちにコハクは泡を食って立ち上がる。
「いや、いい!いいです!」
慌てて帰ろうとするコハクを、シャルムが静止する。
「待て待て待て、帰んなって。ごめんね、二人はまだお子ちゃまには刺激が強すぎたみたい」
コハクの様子に
「女の人の傷は女の人で癒すに限るよ?」
「最低か」
そういうことならいらない、とワインを煽って席を再び立とうとするコハクのグラスを押しとどめながら、シャルムは低声で囁くように諭した。
「いや正直今のコハクが眠るには、死ぬほど疲れるか、人肌しかないと思うんだよな」
「じゃあ、死ぬほど疲れる」
「今の状態で町内一周ランニングしたら睡眠じゃなくて永眠になるね」
たしかに。とコハクは思った。
「あと、俺に抱かれたい?添い寝されたい?」
「寝なくて死ぬ方がマシ」
「だよね、俺も」
だから、朝まで一緒にいてくれそうな子を見つけろ。そう言う事なのだろう、無茶苦茶だな。
「大体、真夜さんがどっかで危ない目に遭ってるかもしれないのに、俺だけそんなことできないよ」
でも君が倒れたら元も子もないよ…と言いながら、シャルムはポケットの中をゴソゴソとして、一枚の紙をコハクに見せた。
「まよは無事みたい」
「は・・・?」
「『雛菊の枯れた歌を、日が沈むまでカッコウの子が歌う。』って師匠は一応助けられたみたいだけど…しばらくはまよが面倒をみるそうだよ。」
メモを読み上げたシャルムは、コハクがくる少し前に来たんだけど読むの忘れてて…と言い訳をしようとしたが、コハクの顔を見て言葉を止めた。
「コハク?」
「シャルムさん、…真夜さん無事なの?」
「そうだよ」
「無事なんだ…よかった…」
長いため息をついた後、コハクは「早く言えよ!」と怒ることも忘れてふにゃりと笑った。笑った顔のまま、目はどんどんと潤み赤くなっていく。すぐに、カウンターに落ちた涙を見て、戸惑った様子のまま、涙がこぼれないように顔をカウンターに伏せて隠した。
シャルムはそれを見て「…寝れそう?」と聞いたが、顔を伏せたままコハクは首を横に振った。
「無事なのが嬉しすぎて…あと、まだ会えないのが寂しくて…寝れないと思う。」
「本当に好きだね」
「本当に好きだよ」
少し落ち着いた後、コハクは上を向いてマスターにもらった濡れ布巾を目に乗せたまま、ワインを飲んでいた。シャルムは器用だなと笑った後、首を傾げてコハクに問いかけた。
「どこがそんなに好きなの?」
「…わかんない。けど…初めて会った日から、目と髪が綺麗で優しい人だなって思ったのはすごく覚えてる。ああそうだ、優しいけど全然器用じゃなくて、一生懸命頑張ってくれる時の表情とかも好きだったな」
あの時、彼女について行きたいと思った感情が、いろんな形に代わり、思いが重なって今の気持ちになっている。目が見えないからか、いつもだったら口に出せないような思いを、うまく表現できないまま辿々しく呟いていく。
「まったく…こんなに可愛いお前をほったからしてどっかに行っちゃうなんて、まよは罪な女だなぁっ」
「うわぁやめろ抱きつくなって!」
布巾で目が見えないコハクは、いきなり抱きついてきたシャルムに悲鳴を上げた。振り解こうとしても優男のどこにそんな力があるのか、なかなか振り解けない。
シャルムは抱きついた体勢のまま、ため息をついて、でもね、と続けた。
「まよがどれくらい家を開けるつもりか知らないけどさ、いない間もずっと追いかけてると、どんどん思い出を美化して、ますます固執して、思い出の真夜とコハクの世界になっちゃうんだよ。」
ぽつりとつぶやいたことばに目をパチクリとする。コハクを解放したシャルムは落ちた布巾をマスターに返しながら、コハクの肩をポンと叩いた。
「コハクがさ、おじいちゃんになるまで待ち続けてたり、帰ってきてもだらしないまよの世話女房として人生を使い切ってたら、俺は悲しいよ…」
なんだそれ、コハクはさっきの深そうなセリフを真面目に聞いてしまったことを後悔しながら白い目で、シャルムに返した。
「とか言って真夜さんのことを狙ってるんでしょ」
「絶対無いとは言えないけど、真夜は俺のことが絶対『嫌い』だからねぇ」
その含みのある言い方が、コハクの知らない二人の秘密を見せられているみたいでモヤモヤするのに…とコハクは口を尖らせた。
「はは、なんか拗ねてる」
「拗ねてない」
「まあいいや、とにかく女の子でもなんでもコハクは寝た方が良い。ちょうど良い子をもうすぐ紹介できそうだからさ、ちょっとだけ付き合ってよ」
パンパンと肩を叩くシャルムに、痛いな…と思いながら、ふと、気になったことを聞いてみた。
「ねぇ、シャルムさんは寝れたの?」
「僕はおじいちゃんにはまだならないからなぁ」
答えになっているのかわからない返しをしたシャムルの目は少し寂しそうな気がした。コハクは、なんだか残して帰りたくなくて、そのままずるずと飲み続けて、気付けば知らない間に意識を手放していた。
シャルムの薬は効いたようで、日差しに起こされるまで、悪夢は一度も見なかった。
ただ、起きたら、顔に押し付けられていた柔らかい感触と、昨夜の記憶と頭痛がスッキリ無くなった頭にびっくりした。
そうして少し眠れるようになったコハクは、真夜の帰りを浅い眠りで待ち続けた。
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