hourglass

胡散臭い昔馴染み


「まよー、コハクー、きたよー」

 店先のカウンターで本を読んでいた少年は、店に入ってきた男を見るなり、渋い顔で後ろの椅子で昼寝をしている彼女を起こした。

「真夜さん、またこいつ来た」


 目を覚ました真夜は、ありがとうの代わりにコハクの頭を軽く撫でてから伸びをして、今入ってきたばかりの、煌びやかな服装をした青年に冷ややかに返した。

「せっかく気持ちよく寝てたのに…あと、あんたは『まよ』って言わないで。」

「だって今の通り名、『真夜』だよね。」

「私は名前をすぐに変えるからって、いつもをは覚えないじゃない。」

 あんたに呼ばれると、なんか揶揄われてるみたいで嫌なのよね…と言う真夜に同意するように、コハクはコクコクと睨みながら頷いた。


 すっかり冷たい扱いを受ける男は、二人の視線に困ったように肩をすくめた。

「そんな可愛い名前、揶揄からかうわけないのに」


 数年前、コハクは店の手伝いをしようとして、薬品の棚にぶつかり前の家をそれはもう盛大に爆発させてしまった。

 幸い、真夜の魔法で自分達の家以外には被害を出さずに済んだが、隣の住人が目ざといたちだったこともあり、変な噂がたってしまう前にと、逃げるように家を出て、もう少しだけ南に位置するこの街にきたのだ。


 その時から、彼女はコハクの言い間違いをそのまま通り名として使うようになった。


 そして最近は、この近くに越してきた目の前の男、シャルムがたまに訪ねてくるようになったのだ。

 色鮮やかな服に重ねられた装飾が、いかにも軽薄そうなこの男も、どうやら魔法使いらしい。へらへらと笑うこの男が来ると、真夜はつっけんどんだけど、少し気安い態度をとる。


 その様子を見るたび、蚊帳の外に出された気分がするコハクは、真夜とは違う理由でこの男が苦手だった。


「なんの用なの?」

 真夜がわかりやすく刺々しい声で問いかけるが、シャルムは涼しそうな顔で目的を告げる。

「今日は香水の材料が欲しくてさぁ」

「自分で用意しなさいよ。このヒモ男が」

「お金は払ってるじゃないか」

「そもそも、売りたく無い。」

「まよってば…そんなに他の子に僕を取られるのが嫌なの?」

 無言の真夜から発せられる渾身の睨みもどこ吹く風で、シャルムはブロンドを靡かせながら流し目を真夜に送る。


「やきもちを焼くまよも可愛いなぁ…魅力的な人に見染められるには、魅力的な人が作った材料の香水に限るんだよ。あ…!道理で最近もてるわけだ…」

「おしゃべりと息の根を止めたら、もっともてるんじゃ無い?」

 白熱する二人のやりとりを眺めながら、考えること止めたコハクは、屋内なのにどうしてシャルムのブロンドが靡くんだろう…とか、なるべくどうでもいい事を考えていた。


 そしていつも通り、実りのない舌戦は、シャルムに軍配があがったらしい。

「チッ。コハクいくらだっけ?」

 少しやさぐれた真夜は、誰もいない後方に向かって、おいでおいでと指を曲げながら、コハクに聞いた。


 後ろの棚の引き出しからは、いくつかの薬草がぴょいとカウンターの上にとびのり、トコトコと真夜の前に移動していた。

「100万円です。ちっ…」

 薬草の行進を見ながら、真夜の舌打ちを真似て、コハクも拙い舌打ちと一緒にシャルム用の金額を告げる。


「舌打ちもぼったくりも教育に良く無いよ…」

 シャルムがぼやきながら、ゴソゴソと胸元を探って取り出したのは、本来の定価に少し上乗せした金額の代金と、缶に入ったクッキーだ。

「足りない分はそのクッキーで勘弁してね」

「コハクがあんたのクッキー好きだから特別ね。」

 真夜の言葉に、コハクは慌てて出しかけた笑顔を引っ込めて、むっつり返す。

「べつに、ちょっときらいじゃないだけです。」

 でも、クッキーの入った缶はしっかりと抱きしめていた。

 

 その様子を見たシャルムは、満足そうに笑った後、真夜に問いかけた。

「あ、そうだ。今夜また集会やるらしいけど、来るかい?」

「もちろん、行かないわ」

 真夜は興味ないと言う風に、間髪を容れず返した。


「はは、最近はそうだよね。大体いつでもやってるから気が向いたらおいで」

 シャルムも行くと言う返事は期待していなかったのだろう、特に気にする様子もなく「またくるねー」とひらひらと出ていった。


 春の嵐のようなシャルムを見送った後、コハクは奥の工房で手を洗ってから、クッキーを一枚だけ取り出して食べた。相変わらず美味しくて腹が立つ。

「本当に好きねぇ」

「…真夜さんも食べたい?」

「ううん、私は大丈夫よ。ほら、口についてるわ」

 コハクの唇の端についたクズを少し冷たい指で取った後、彼が持っていた包み紙の上にくずを落とす。その指と所作は優しくて、柔らかかった。


「…魔法が使えるからかな?」

 真夜の優しい指に触れられると、微笑まれると、コハクはいつも、じんわりと心が暖かくなる気がした。

「何か言った?」

「ううん、何にも」


 僕もいつか魔法使いになれば真夜さんを暖かい気持ちにできるだろうか。

 そうすれば、真夜さんはシャルムや他の誰かに取られないだろうか。


 コハクは、もう一枚出したクッキーを食べながらそんな事を考えていた。

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