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 その道具屋はこぢんまりとした規模で、壁には経年の汚れが付いている古めかしい建物だった。


 ただ、出入口の上部に設置されている看板には味がある上、店頭の商品はズレがなく整然と並べられている。しかも同じ系統の商品が隣り合わせに置かれて比較しやすいようになっているし、値札も見やすい位置にある。


 さらに店の前は綺麗に掃除され、窓ガラスからちらっと見える店内もアンティークな雰囲気。あちこちから気品というか、しっかりとした老舗という感じが漂っていた。このお店ならきっと安心して売買の交渉が出来るだろう。


 だから僕は少しだけホッとしつつ店の中に入る。


「……わぁ……っ」


 思わず僕は感嘆の声を漏らした。


 天井から無数のランプが吊され、店内は柔らかで温かみのある光に包まれている。まるで小さな太陽がいくつもあって、星の世界にでも迷い込んだんじゃないかという感じ。


 そして奥には薬草やお茶のコーナーがあって、そこからいい香りが漂ってきている。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 新雪のような真っ白いあごひげを生やし、茶色の作業用エプロンを身につけた六十代くらいのお爺さんがニッコリと微笑みながら声をかけてきた。落ち着いた雰囲気と口調で物腰も穏やかだ。


「あの……道具の買い取りをお願いしたいんですけど」


「承知しました。では、こちらへどうぞ」


 僕は店の奥にある応接スペースへ案内され、そこのソファーへと腰掛けた。そして剣をお爺さんに渡すと、出されたお茶を口にする。



 ――うん、美味しい。さわやかな若草の香りが鼻を抜け、程よい温かさが喉を通り抜けていく。おそらくハーブティーの一種じゃないかな。


「お客様、お訊ねしてもよろしいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「あなたはこの剣をどこで手に入れたのです? 差し支えなければお聞かせください」


「えと……僕が住んでいた村の村長様から、旅に出る際にいただいたものでして……」


 なんでそんなことを訊くのだろうと訝しげに思いつつも、特に隠すことでもないので正直に話した。


 するとお爺さんは納得したような顔をして頷く。


「そうでしたか。――では、あなたは勇者様でいらっしゃいますね?」


「えっ? あっ、いや……その……っ!」


 まさか素性を言い当てられるとは思っていなくて、僕は狼狽えながら口ごもってしまった。


 というか、そもそも勇者の末裔というだけで、何の力もない僕が勇者なのかは疑わしい。だから素直に『はい、勇者です』と答えるのも気が退ける。



 ……あぁ、どうすればいいんだ?


 するとそんな僕にお爺さんは優しい瞳を僕に向ける。


「その反応を見て確信しました。トンモロ村の村長から聞いていた通りだ。勇者アレス様、よくぞいらっしゃいました」


「……あ、あの、お爺さんは村長様や僕のことをご存じなのですか?」


「えぇ、トンモロ村の村長とは古い付き合いでして。実はその剣や旅の服を手配したのは私なのですよ。剣を見ていて『もしや?』と気付きました」


「そうだったんですか……」


 なるほど、それで剣をどこで手に入れたのか、僕に訊いたのか。


 確かに武具や道具を揃えるならシアにある店に発注するのは自然だ。トンモロ村から一番近くて大きな町がここなんだから。


 でもまさかその道具屋に行き当たるなんて、偶然というか運命のお導きを感じる。


「ところで、勇者様は三人の傭兵とともに旅立つと聞いておりましたが、その者たちはどちらへ? それに路銀があるはずなのに、剣を売らねばならぬとは……」


「えっ!? あ、えと……その……傭兵のみんなとは……町の中ではぐれてしまって……」


 僕は咄嗟に嘘をついて誤魔化そうとした。


 だって正直に話したら傭兵たちは賞金首として手配されてしまうかもしれないし、何も出来なかった僕自身も恥ずかしいから。


 それに彼らから冷たい扱いを受けて心は痛かったけど、暴力を振るわれて怪我をしたというわけじゃない。そしてその気になれば僕を殺せる力があったはずなのに、彼らはそれをしなかった。その情けに対する恩義がある。



 酷い目に遭っておいて、お人好しって思われるかもだけど……。


「……なるほど。悪人であっても庇おうとするとは、さすが勇者様。ご安心ください。傭兵どもについては、城の詰所へ届け出ておきましょう。捕まれば確実に死罪でしょうな」


「っ!? や、やめてくださいっ! きっと彼らにも事情があったんだと思います! それに僕がもっと強ければ、山道の途中で捨てられたり、殺されそうになったり、おカネを巻き上げられたりしなかったはずです! 何の力もない僕が悪いんですっ!」


「……そういうことでしたか。これで事情がなんとなく分かりました」


「な……っ……」


 僕は何も言えなくなってしまった。どうやらお爺さんは僕に対して鎌をかけたらしい。


 まぁ、僕の置かれている状況からなんとなく想像はついていたんだろうけど、その確度を上げるために餌をまいて、僕はそれにまんまと引っかかったというわけだ。



 こんな単純な駆け引きすら僕は満足に出来ない。なんだか悲しくなる……。


「よくぞこの町まで無事に辿り着かれましたな。さすが勇者様」


「……町に着けたのは単に運が良かっただけですよ」


 するとお爺さんは静かに首を横に振る。


「勇者様は本当に運が良かっただけだとお思いですか? トンモロ村からこのシアまで、運が良いだけで辿り着けるものではありません。もっと自信をお持ちください」


「でも……」


「あなたは強い。そして優しい。その心があれば、いつかきっと魔王を倒すことが出来る。そう信じております。もちろん、勇者様のためなら私は協力を惜しみません」


「お爺さん……」


「その剣、私に百万ルバーで買い取らせてください。新たな剣もお付けしましょう」


「そんなっ! そういうわけには! だって百万ルバーだなんてっ、元の値段より何倍も高いんじゃないですかっ?」


「勇者様が魔王を倒したあと、この剣は勇者様が使っていた剣ということで、売れば最低でも数百万ルバーにはなるでしょう。私にとっては安い買い物ですよ」


 お爺さんは僕の手を優しく握り、ニッコリと微笑む。その優しさが心の深くまで染みこんでくる。


「お爺さん……う……うくっ……」


 僕は自然と大粒の涙を零していた。奥歯を噛みしめて我慢しようとしても止まらなかった。


 こうして僕は大金と新たな剣を受け取り、道具屋をあとにした。お爺さんの想いに応えるためにも、もう少しだけがんばろう。



 ――いや、がんばらなくちゃいけない!



 ※アイテム『始まりの剣』を手に入れました。メモをしておくと今後、役に立つかもしれません。


 →6へ

https://kakuyomu.jp/works/16816927859115438262/episodes/16816927859116045361

 

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