僕の一念発起
カラフルな缶を開けるとそこにはアイスボックスクッキーがみっちりと詰まっていた。
「おー、美味しそう。どこで買ってきたの? 『シェ・ミーチャム』?」
「そんな名店と見まがう出来だと思われたんなら光栄だな。僕が作った」
「えっ、あんたお菓子作れんの?」
「まあねえ」
「なんかイラつく」
あいつは恐る恐る一口かじる。目を丸くする。
「美味しい…… なにこれちゃんとクッキーしてる」
「なんだと思ったんだ」
あいつは瞬く間に一枚平らげまた一枚むさぼる。
「マジか…… あんたにこんな特技があるなんて…… なんか悔しい」
「はははっ、ほらほらもっと褒めていいんだぞ」
僕は軽くすねを蹴られた。
「いててて…… ホント言うとさ、感謝の気持ち」
「えっ」
「あの大学を勧めてくれて、息抜きにファミレス連れてってくれて、応援のためにチョコ作ってくれて、あんな遠い天神さんにわざわざお守り買いに行ってくれてさ…… そのお礼」
「ふ、ふんっ、これくらいのお礼当り前よっ」
「気に入ってもらえた?」
「こっ、こんないっぱいさっ、あたし太らせてどうするのっ」
「じゃ半分もらおうかな」
「だめっ、絶対だめなんだからっ、全部あたしのっ」
「それと……」
「なに?」
これからが本番だ。
「その…… 僕たちわりと相性いいと思うんだ」
「え……」
あいつの表情が今までの17年間見たこともないようなものに変わる。驚いたかのような怯えるかのような嬉しいかのような。
「だから、さ、ぼっ………… ぼっぼっ……」
「ぼ?」
「僕、お前のことが、すっ、好きでさっ、だからこの機につき合っちゃどうかなあって……」
「はあ?」
急に剣呑な顔で僕をにらむ。えっ、僕何かミスったのか?それともあいつは僕のことなんか……
「あんたさあ……」
すうっと表情の消えるあいつ。今日一怖い。
「いってえっ!」
思い切りすねをけ飛ばされた。それも3回も。
「あいててて……」
「人の気も知らないでのほほんとあんたは何を今更っ…… あー! ホント腹立つっ!」
タイツを履いた脚でさらにキックを繰り出そうとする。
「まてっ! 待て待て待てっ! ギブ! ギブだから! ちょっといったん落ち着こ、な?」
「これがっ、これが落ち着いていられるかっ! やっとっ…… やっとだぞ…… おせーよっ、遅すぎるよ…… あっ、あたしっ、あたし何年待ったと思ってんだよーっ! 8年だぞ8年っ! うわああああ!」
今度は天を仰いで盛大に泣き出した。とにかく僕は拒絶されたんじゃないみたいで一安心した。黙ってあいつを抱きしめる。あいつも僕の背中に手を回して号泣する。
「よかったー、よかったよー。あたし女に見られてないのかと思ったよー。あたしのこと絶対に幸せにしろよー、このばかー」
などと言いながら5分はグズグズ泣いていただろうか。
「……8年分泣いた」
「僕のせいか?」
「そうだよ」
僕の腹をぎゅっと締め付ける。
「だってさ、あんた誰にでも優しいし親切だし、まあまあそれなり見方によってはイケメンに見えなくもないし。成績はそこそこだったけど」
「いやいやいや、そんなことないそんなことない、ただの野鳥オタクだって」
「ふんっ、笹原さん、
「えっ!」
それは惜しいことをしたな。
「みんな追っ払った」
「あー」
余計なことを。
「さっ、おばさんに報告しに行こ」
と言うや否やあいつは僕の手を掴んで階下へと降りていく。
「あっこらっせめて手を放せっ」
合格を伝えられた母親は黙って僕にでかいおにぎりを2つと唐揚げを4つも食えと言う。不審に思いながら平らげると、にっこり笑って今夜はお祝いにすき焼きにしましょうと言いやがった。おいおい、僕のお祝いなんだから腹いっぱい食べさせろよ。しかもあいつまで呼ぼうと言う。大喜びするあいつ。僕を見る母親の目はどこかにやけていた。
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