第309話 対ラスボス攻略法 1月下旬

<<サイレンのバルバロ邸>>


「だからね、五稜郭で待ち伏せする。転移者の600」と、嫁が言った。


「ま、まあ、3月まで後1か月以上ある。準備をすれば何とかなるのか?」


「こちらの日本人組織には話を通してある。無理やりにでも連れて行く。今回は超ベストな状態。確実に勝ちたいから。非戦闘員は、ヤツが現れた瞬間日本に逃げればいい」


まあ、失敗しても最初に戻るだけなんだろうけど・・・いや待て。

件の死に戻りが『別のパラレルワールドに記憶だけ飛ばす術』だと仮定すると、今俺達のいる世界は負けたままなんじゃ・・・いや、難しいことを考えるのはやめよう。

要は、勝てばいいのだ。次があるなんて考えていたら、どこか隙ができる気がするのだ。

魔力を自重しなければ、かなり色んなことが出来るのではないか。


俺の次元の狭間に繋がっている温泉アナザルームは、魔力の回復速度が普通の人よりも半端ではなく大きく、また大量に備蓄できる。しかも、最近魔力の回復速度が上がった気がするのだ。ひょっとして、赤い糸の彼女が関係しているのかもしれない。


「じゃあ、俺もラスボス戦に参加するんだな?」


「いや、城さんは、ラスボスが現われるまでは五稜郭待機、その後はスタンピードの方に行って」と、嫁が返した。


「まあ、あっちも気になるから、それでもいいんだけど、でもさ、どちらかというと・・・」


「どちらが重要とかあんま考えないで。あなたは、そんなことをいちいち気にするからハートが弱いのよ」と、嫁が少し優しそうな顔をして言った。


「でもさ・・・」


こちらには家族がいるのだ。どちらが重要か比較するまでもないというか。


「ラスボスは、ちゃんとした倒し方があるはず。勇者とパートナー時代の城さんでも倒せなかったのに」


「そっか。俺の全盛期ってもっともっと強かったんだよな。それでも駄目だったのか」


「そうね。強すぎてあらゆる国から警戒されまくってた。今はどお?」と、嫁が言った。俺がパートナーだった時代は、5月に転移してきてからというもの、戦いの連続だったらしいからな。


「今は、何だか、普通に溶け込めてるのかな? いや、この状態はイセのお陰なのか? 最初に力を付けるなとか言われて、何も考えずに従っていたんだけど。逆らったらジニィあたりに何されるか分からなかったし」


「そう。その効果を期待してた。イセは人情派。仲間になった人物は必ず守ろうとする。あなたを守るには、身分に釣り合わない力を付けさせないことが重要だと考えたはず」


「そっか。今は私兵を持ってはいるけど、チートな空間魔術を独占し、異世界転移直後から戦いまくるような危険人物とは訳が違うな。そうか、そんな危険なヤツは、普通暗殺されるわな」


死に戻り原因のトップは、もちろん、勇者パーティ以外の死だけど、それ以外だと俺の暗殺がトップだったらしい。それにしても、俺は人知れず嫁やイセに守られていたというわけか・・・


「そう。まあ、話は戻って、ラスボス戦に城さんがいても、それで勝てるとは限らない。むしろ、こちらは途中で止められた『勇者召喚の儀』で、勇者が説明を受ける予定だった内容を解析して正規の倒し方で挑みたい」と言って、嫁が糸目をチラリと睨む。今回の勇者召喚の儀は、糸目が暴走と勘違いして止めたらしいからな。まあ、悪気はなかったんだろうけど。


「まあ、分かった。心配だけど、そのラスボスの倒し方が分かったんなら、そうする」


「むしろ城さんは、スタンピードの方にも行かずにじっとしていて欲しいくらい。重要なのは3月後だと思うし。あまりチートを見せつけてもいけない。とんだ拍子に空間魔術の深淵に目覚めないとも限らない」と嫁が言った。


空間魔術の深淵・・・かつて、100年間戦い続けた俺が極めた魔術の数々・・・その中でも凶悪だったのが空間魔術。


一体どういうものだったのか、あまり聞けないけど。


「いや、ある意味心配なのは、微妙にチートだから、仲間を助けるために、無理をしかねないこと」と嫁が続けて言った。


まあ、俺がスタンピード戦で死んでもゲームオーバーだからな。

だが、仲間・・・スタンピードがバルバロの戦線を食い破って、ラメヒー王国になだれ込んだ場合、何かしら無理をしでかさないとも限らない。でも、そうならないように、今外交で戦力を集中させているのだ。その中にはマ国もいる。嫁は、そのためにグ国戦に介入したのだ。


「なるほど。作戦は分かった。まずは倒し方を調べるのが先か。エンパイアなら知り合いもいるし早速アポを取ろう」


エウさん知ってるかな?


「ナイス! 一応、イセには頼んでおいたんだけど」と言って、嫁が表情を輝かせる。


何年ぶりだろうか、こういう嫁の顔を見るのは。


「ううん・・・ちょっといい? そのラスボスって呼んでいるのは、最強のモンスターの事よね。大破壊の時に現れて、主要な軍隊を葬り去ったという。魔力を自分で回復させながら、自己増殖、自己修復をしていくっていう・・・」と、糸目が会話に入ってくる。


いや、何? 自分で魔力を回復させるモンスター? それって・・・


「そうそう。まさか知ってる?」と、嫁が糸目に言った。


「ええ。私がエンパイアに留学していた時に、神秘研究が書かれた太古の文献を見かけたことがあるのよ。それは最強のモンスターの倒し方の研究だったと思う」と、糸目が返した。


「何? こんな近くにまさか解決の糸口があったとは。お前は毎回私が殴っていたから、仲間にしたことはなかった。城さんの100年間でも初めてのはず」と、嫁が言った。


「そ、そうなんだ。何で殴られたのかしら。いや、そんなのは置いておいて、確かね、倒し方は、大型の神秘を使ってボコるの。でも、ヤツは魔力を自己回復できるでしょ? その魔力を使って自己修復するから、普通の攻撃では競り負ける。だから、特殊な魔術を使うんだけど・・・」と糸目が言って、少し戸惑う。


「もったいぶらずに言って」と、嫁が言った。


「そ、その使い方がね。虚空に叫ぶの。何でそんなことが必要なのかは・・・」と糸目が言った。


「虚空? そうね。叫ぶね。勇者魔法は虚空に叫ぶもの。でも、それでは倒せなかったという話なんだけど」と、嫁が返す。どうやら知っていたようだ。しかし虚空って・・・


「そうなの? 最初に勇者魔法で超巨大バリアを張って、安全地帯からボコって、でも相手は魔力を回復させるから、もう一つの・・・」と、糸目。


「何? もう一つあるの? それだ!」と、嫁が言った。


「で、糸目、それはなんだ?」と、何となく俺も突っ込む。少しもどかしい。


「決まってるでしょ? 勇者のパートナーなんだから、アレよ。アレ」と、糸目が言った。少し言いにくそうだ。


「いや、糸目、はっきり言ってくれ」


「勇者ではなくてね、パートナーの方がね、虚空にね、叫ぶの。大声で」と、糸目が言った。


「な、何て叫ぶんだ?」と、俺が突っ込む。


「『聖女魔法せいじょまほう時空化じくうげ』って。それで、勇者魔法によって召喚された最強の魔道兵達がね、回復するの。しかも、相手が持っている魔力を使用して。でも、なんで虚空に叫ぶ必要があるのかは・・・」と、糸目が言った。


た、確かに何で?


「・・・私、パートナー辞める」と、嫁が真顔になって言った。いや、ブチ切れそうな感じの顔だ。


「いや、確かダメなはず。それを使うためには、勇者の魔力が体になじんでいないといけなかったはず。今からでは駄目、絶対」と、糸目がドヤ顔で空気読めない発言をした。


「なにぃ?」と言って、嫁がいきり立つ。いや、糸目に怒っても意味がないだろうに。


「え? いや、もう一度見てみれば確実とは思うけど・・・でも、聖女って・・・」と、糸目が言った。


「コラァ!」「きゃああ」


嫁が切れて、糸目に殴りかかろうとする。


「もういっぺん、言っちみれやあ! なんが聖女か!」


「おいおい、止めろ、糸目に罪はない」と言って、切れた嫁を自分の体で必死に止める。今にも糸目をぶん殴りそうだ。


「お前も知っとったな!? だから、だから私に変わったんだろう。パートナーを! いや、パートナーが聖女ということを隠しとったな!」と、嫁が言って、俺に掴み掛かる。


そんなことを言われても、覚えていない。俺がパートナーを変わって欲しいって言った理由は、恐らく虚空に聖女魔法と叫ぶ必要があったからではないと思うのだ。


切れた嫁とつかみ合いながら必死で止める。

机を蹴っ飛ばし、畳の上でどたばたと暴れる。子供かよ。でも、聖女? 嫁が聖女だって?


でも、少し楽しい。嫁が感情を俺にぶつけてくるなんて・・・


「ぬっしゃぁああ! 何ば、笑いよっとかぁあああ!」


嫁がぶち切れる。殴り掛かろうとする嫁を必死に羽交い締めにして取り押さえる。


「ご、ごめん」


「あ、あの、喧嘩は・・・」


「そもそもお前が、勇者召喚の儀を途中で止めるから!」と言って、糸目にも切れる。


「ひぃ~ん。それは今関係ないじゃない」


「くそが! 今から素子か綾子に変わってもらう・・・」「いや待て。エンパイアにもう一度確認してからだな」「手遅れになったらどうすんの!」「お前が使えばいいだろう」「嫌だ!」「大丈夫だって」「無理」「そうだ。ユーレイさんだ。ユーレイさんに記憶を消してもらおう。終わった後に」「ユーレイ? あいつは、あんたを一番殺した本人よ。ある意味運命なのか、お似合いね。でも、はぁ・・・」


ばたばたと、畳の上で一緒に暴れながら、嫁は徐々に落ち着きを取り戻す。というか、怒りの感情の中、ほんの少し、嬉しくて楽しいという感情が流れてくる。


「まあまあ、いいじゃないか。一生に一度の事なんだから」と、久々に抱きしめている格好になっている嫁に言った。


「失敗したら、何度も心に傷が・・・ん? それ、何?」


嫁が虚空を見上げてぎょっとしている。


「あん?」


俺の頭の上付近に、赤い糸で結ばれた彼女が浮かんでいた。

暴れた拍子に、ハウスから出てきたたんだろう。


「え? いや、魔道具?」


「趣味わっる!」


いや、趣味というかなんというか。


・・・


それから、この『頭部型魔道具』の説明を行い、話し合いを再開。3月に向けての作戦会議を行った。

その間、嫁はずっと頭部型魔道具を膝に抱えており、頭を撫でたり、髪の気を整えたり、後頭部を指でぐりぐりとつくじっていたりしていた。不気味ではないのだろうか。


そして、今後、自衛隊などとも連携していくことになった。

自衛隊は、日本人を守るためにあるのだ。使わない手はないし、俺はすでに自衛隊魔道科を相当支援している。きっと協力してくれるだろう。


なお、最強のモンスターの倒し方については、後日エンパイアに糸目を派遣したところ、『え? もう、イセ殿に伝えましたよ?』と言われたそうな。イセに確認を取ると、嫁に言いづらかったから、黙っていたらしい。


なんとも子供っぽい理由だ。だけど、糸目の記憶は正しかったようだ。

やっぱり、虚空に叫ぶ必要があるらしい。不思議だ。


なので、少なくとも今回は、嫁がパートナーとして挑戦するしかなさそうだ。


しかし、聖女魔法か・・・あ~良かった~俺じゃなくて良かった~。


そして嫁の予想・・・パートナー時代の俺が、ラスボスの倒し方を知っていて、それを嫁に言わなかった可能性・・・


多分、その通りだと思う。その時の俺は、多分、知っていて伝えなかったのだ。聞けばすぐに分かる事だし。言えば断られることは分かっている。きっと、嫁を騙すようなことをしたのだろう。まったく、駄目なヤツだなぁ・・・


なお、赤い糸で繋がれた彼女は、最後嫁に『はい。ちゃんと大事にしなさい』と言われて返してもらった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る