第266話 BVAシステムズ 11月中旬
<<三角重工 秘密ラボ>>
「結構ですよ。私も名刺は日本ビジネス向けですので。それで、我々のことはご存じでしょうか」と、アーリーと名乗る人物が言った。
「失礼、イギリスの方と言うことくらいしか分りません」と、名刺を確認して言った。
「多比良さん、ごめん。彼らは、戦闘機とか空母を扱っている会社の人なんだ」と、高遠さんが言った。
ほう。武器メーカー? いや、戦闘機と空母ときたら、そんな生やさしいもんじゃないだろう。殆ど国営企業じゃなかろうか。
「まさか、本当の空母や艦載機を造っていらっしゃる方に出会えるとは」
「空母? タビラさんの軽空母とは違うのですか?」と、ナナセが言った。素朴な疑問ありがとう。
「うちの『軽空母』は固有名詞。彼らが造っているのは、空母という種類の船だ。艦載機も俺のとは違って、ジェットエンジン搭載で音速を超えるようなヤツだ」
「へぇ~」と、ナナセが少しわくわくした顔をする。
目の前のイギリス人は、少し優越感を感じているような笑みを見せる。
「イエス。あれを・・・」と、アーリー氏が言うと、後ろの人が戦闘機の模型を持ってきてくれる。
大きいな。全長50センチくらいの戦闘機の模型だ。それからあれは、ジェットエンジンの模型だろうか。
「おっしゃられるとおり、我らは空母や戦闘機を手がけています。魔力という未知の方法で飛ぶ飛行機に興味があります」と、アーリーさんが自信満々に言った。
「高遠さん? アメリカじゃなくていいの?」
少し気になることを聞いてみる。日本の軍事開発でアメリカを抜いてはいけないのじゃないか?
「イギリスともF-35戦闘機開発は一緒にやっているし、空母システムとかでもイギリスメーカーとは繋がりがあるのさ。F-3開発はイギリスと協力する話もあるしね。多比良さんが気に入ればいいなと思って。空母のノウハウも参考になるかもよ?」と、高遠さんが言った。
日本が空母? まあ、今はその話はいっか。
「しかし、どうしよう」
いきなり軍需産業が入ってくると、血なまぐさくなるような気がするのだ。
俺がためらっていると、「まあまあ、まずは我々のプレゼンを聞いてください」と、アーリーさんが言った。プレゼンだけなら、まあいっか。
アーリーさんのプレゼンが始まる・・・
・・・・
ふむ。異世界向けジェットエンジンの開発協力か。
それから、うちの軽空母用にセンサーやモニターの提供も可能らしい。
その辺は欲しいけど、民生用システムでもいい気がしていたんだけど。
BAVシステムズのエンジニアらしき人が、ジェットエンジンの模型を真っ二つに割って、中の仕組みを説明する。
要は空気を取り込んで圧縮させ、燃料と混ぜて燃焼させ、それを噴出させて推進力を生むわけか。
原理はなんとなく解るけど、これ、異世界で造れるのか?
「どお?」と、隣のエウさんに聞いてみる。
「う~ん。ブレードの回転なんかは、それこそ反重力ベアリングとモーターで代用可能ね。ボディの形は冶金術でどうとでもなると思う」と、エウさんが言った。じっとジェットエンジンを見つめている。
「そっか。燃料は? 火魔術とか?」
「いえ、おじさん。火より水ではないでしょうか」と、ナナセが言った。
「え? 水? なんで?」
「私、これでも学校では水魔術専攻でした」と、ナナセが巨大な胸を張る。
「へぇ~でも、これに使う液体って、燃えるヤツだよ?」
「はい。燃える水を造ればいいんですよね。魔術で」と、ナナセが言った。
ん? それって、飛行機以前に凄いことなのでは?
「この仕組みって、熱というよりかは、体積の膨張が必要なんですよね」
「そうだと思うけど」
「厳密には火も水も風も土も、魔術的にはあまり明確な違いは無いんですよ。人間の都合で分けているだけで。ですが、この仕組みに合っているのは、水魔術で燃える水を生成して、後は弱い雷と組み合わせたら同じ事ができるんじゃないかって思うんです」
「そっか。魔力産の燃える水っいうのがピンとこないけど、オクタン価とかどうなんだろ」
「オクタン価?」
「俺も説明が・・・・」
「オクタン価というのは、簡単に言えば、『安定して燃え続けられる』という指標です」と、BAVの人が補足してくれる。
「いやいやいや。ナナセ様。私も異世界に半年いましたけど、燃える水が魔術で造れるって聞いた事がありません」と、高遠さんが言った。相当焦っている。
「何気に凄いことだよね。これ、二酸化炭素を固定化できるんじゃ・・・」
いや、魔力は人体に宿る。それがガソリンに変わると言うことは・・・人間油田・・・しかも二酸化炭素フリー・・・これは、相当ヤバイのでは?
「カーボンリサイクル・・・ガソリン自動車や石炭火力が生き残れる・・・いや。落ち着け。ナナセ様。詳しい話をお願いしてよろしいでしょうか」と、高遠さんが言った。
・・・・
ナナセの説明によると、普通にできるらしい。ただ、異世界では需要が無いから一般的に出回っていないだけで。というか、炎の魔術や爆発系の魔術も、燃える水の生成と似たようなものらしい。
あれって、可燃物や爆発物を生成していたのか。確かに炎系は使うと酸素を消費するし。だからナパームが成立するわけで。
「そんな・・・魔力っていうのは一体・・・」と、高遠さんが絶句。
「高遠さん、深く考えてはいけない。ひとまず、航空燃料のサンプルとか貰えます?」
「解った。それから、オクタン価を上げる混和剤も用意しよう」と、高遠さんが言った。
「この模型、いただくことは可能?」と、エウさんが関係無いことをぶち込んできた。
彼女、ジェットエンジンに興味津々だ。どうしよう、止めた方がいいのだろうか。彼女は走り出すと止らなくなる性格らしいからな。
「はい。どうぞ。戦闘機の方はお渡しできませんが」と、アーリーさんが言った。
え? あの模型欲しかったのに。バリアの形の手本にしようと思っていたのに。
「あ!? 少しお待ちください?」と、ナナセが言った。
虚空からタッチパネル式のボードが出てきた。魔王だな。
マ国語が書いてある。俺は読めないけど。
「ええつと。ジェットエンジンの設計図や計算書を貰えないか、ですって」と、ナナセが言った。
さすがにそれは無理だろう。
「いや、流石にそれはノーと言わざるを得ないがね」と、BAVの人が苦笑いする。
すぐさま新しいボードが届く。
「ならば、実物でもいいそうです。貰えませんでしょうか」
「うっ。パテントという概念の無い所に、私の判断でお渡しすることはできない。まずは契約を・・・」と、BAVの人が言うか言わないかで次のボードが届く。
「じゃあいらない、だそうです」と、ナナセが言った。
魔王の事だ。どうとでもするのだろう。主にハッキングとか。
「え? いや、その、会社、上層部と相談します。改めて交渉をしていただければ・・・」と言って、アーリーさんがめちゃくちゃ焦る。
すると、またボードが出てきて、「別にいい、だそうです」と、ナナセが言った。
「え? そ、そんな」
紳士の国から来たイギリス人が取り乱している。少しかわいそうだ。
「あのなぁ、魔王。一応言っておくけど。こういうものを開発するのは、とてもお金が掛かるんだ。彼らはお金をかけてこれを開発した。だから、技術を秘密にしたり、相応の見返りを要求するのは別に変な事ではないんだ。それが回り回って、新しい物を開発することになるし」と、ナナセの後ろに隠れている魔王に向けて言う。
すぐにボードが出てくる。
「解ったよ。タビラ。交渉を了解する。だそうです」と、ナナセが言った。
「解りました。直ぐに、直ぐに確認をお取りします。少しお待ちください」と、アーリ-さんが俺に向ける目の色を変えて、スマホを取り出し、部屋から外出していく。
サラリーマンは大変だ。
・・・・
10分くらいでアーリーさんが戻って来た。
「ジェットエンジンの技術は、基本理論なら全てサービスで提供可能だ。戦闘機用だったら、金額交渉次第という指示を受けたが、会社は前向きだ。もちろん、空母機動艦隊の通信・統制技術の供与も可能だ。その代わり、あなた方を本国に招待したい」と、アーリーさんが言った。
「少し急ですね」
「はい。ですが、我々は急いだ方がよいと考える」と、アーリーさんが言った。
急いだ方がいいのはそうだけどさ。
でも、どうしよう。ツツの方を見る。彼は無表情。自分の仕事ではないということだろう。
エウさんの方を見る。長考に入っていらっしゃる。
ふむ。こういう時は、あれだな。全てをぶち壊しつつ、話が早く済むという最終兵器を連れてくるか。
「あの、少しお待ちください」
「イエス、かまわない」と、アーリ-さんが言った。
「じゃ」
ここに来るときに使用した『パラレル・ゲート』を潜り、ツツと一緒に異世界に戻る。
・・・・
<<マ国大使館 サロン室>>
「イセ」
「何じゃ? ・・・・来いってか?」
「・・・」
「解ったよ」
僅か数秒の協議。
うん。すばらしい。コミュ症気味の俺は、双角族ととても相性がいい気がする。
・・・・
<<再び、三角重工>>
「お待たせ」と言って、再び皆の前に現われる。ただ、俺の後ろから、イセがのっそと現われる。
アーリーさんは、「な!?」と言って、絶句している。
驚くのも解る。いきなり
しかも、俺がゲートを潜って戻ってくるのに1分くらいしか経っていない。
「イセ、この世界にはイギリス・・・ユナイティッドキングダム、グレートブリテンアンドノーザンアイルランド、という国がある」
「ああ、かつて7つの海を支配した強国。今でも世界に絶大な影響力を及ぼす。特に英語と呼ばれる言語の力と諜報力で、外交力はずば抜けている。合っておるか?」と、イセがアーリーさんに問いかける。流石にこの質問は困るだろう。
「は? あ、あの・・・」
完全にイセの雰囲気に呑まれている。
「アーリーとやら? MI6に関してはどう思う? それに、SASじゃ。お前ら、変な事は考えるなよ? まったく、この国は諜報を規制する法律がないらしいからな。困ったものじゃ」と、イセがアーリ-さんやその後ろの人達を見て言った。
「え?」
「面倒なヤツじゃ。わしは、マガツヒ、マガライヒ魔道王国の筆頭家臣ジマー家当主、イセ。今はラメヒー王国在住の全権大使と、魔王の副官なんて肩書きもある」と、イセが言った。
「な!?」と、アーリ-さんが再び絶句する。
「気付いておらぬ様だがな、そこのそいつは、エウロペア。エンパイアの筆頭魔道具士にしてエンペラーの妹じゃ。ここのメンバーで、かなりの意思決定が出来る」と、イセがエウさんとアーリ-さんを見比べて言った。
エウさんが意思決定可能というのはブラフだと思うけど。あの人、頼み事断れないし。
「へ?」
「して? お主らは、多比良に何用なのじゃ? 後ろの者どもも含めてな」と、イセが言って、再びアーリ-さんの後ろのメンバーを見る。
ひょっとして、特殊機関か何かの人が混じっていたのだろうか。
「あ、あの、ジェットエンジン技術について開示を・・・」
「ほう。殊勝な。それから?」
「その、空母の技術を・・・」
「くれるのじゃな?」
「ひ!? いや」
「空母くらい、売るほどあるくせに。まあよい。じゃあな、ついでにお前達の対空兵器を見せて欲しい」と、イセが言った。
「は、え?」
「別にお前達の開発したものだけでなくて良い。世界中の対空兵器を集めよ。準備出来るものだけでよい」と、イセがとても太い態度で言った。
「は・・・はい」と、アーリーさんが少しうつむいて言った。きっと、イセの態度に圧倒されてしまったのだろう。
「では、お前達の上司に伝えよ。姑息な真似はするな? さもなくば、女王陛下が幽霊に悩まされるぞ?」と、イセが邪悪な笑みを浮べて言った。
おいおい・・・そんな脅し文句を言っていいのだろうか。逆にビビってしまう。
「では、準備を急げ。でき次第、多比良に連絡するがよい。その場所がお前達の本国であってもかまわぬ。よいな?」と、イセが続けて言った。
「は、はい・・」
アーリ-さんも、きっと俺達を本国に招待するようにと、会社からオーダーを受けていたのだろう。これで彼のミッションは達成になるのだろうが、何だか・・・
「では、我らは帰る。多比良、戻ったら大使館に来い」とイセが言って、踵を返す。
うん。思った通り、現状を打開した挙げ句、話が早く纏まった。さすがイセ。
イセ達は、来たばっかりだと言うのに、速攻で『パラレル・ゲート』を戻って行く。付いてきたジニィなんて、一言もしゃべらなかった。
・・・
「さて、と、いうわけで、ご連絡お待ちしていますね」と、呆然としているアーリ-さんに言った。
「はい」と、アーリ-さんが上の空で言った。後ろの数人は厳しい顔をしている。おそらく、諜報員が混じっているのは本当なのだろう。だけど、イセは少し釘を刺しただけで糾弾せずに帰っていった。
しかし、彼らジェットエンジンや空母だけでなく、対空兵器という宿題まで貰っちゃって。かわいそうに・・・
そうだ! ハトさんも押しつけよう。うん、そうしよう。
イギリス人なんだから、世界の事情とか色々知っているだろう。偏見かもしれないけど。
「あ、アーリ-さん、実は、もう一人紹介したい人がいます」
「はい・・・」と言って、アーリーさんは、心底疲れた顔をした。
・・・
その後、ハトさんを連れて来たり、彼らがジェットエンジンの資料を準備するのをポケェと待ったり、航空燃料のサンプルを貰ったりと、1日掛けて仕事した。
なお、ジェットエンジンの模型とデータは、エウさんが鼻歌交じりに持って帰った。大丈夫なんだろうか、あの人・・・
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