第254話 日常再び? 通潤橋の棟上げと日本人帰還事業の迷走 そして怪異 11月中旬

<<清洋建設特別室>>


「おはようございます」


今日は久々の通常出勤だ。いつもは補給物資運搬だけをいそいそとやっていたから。

今日は俺、ツツ、徳済さん、それから楠木さんの4人でやってきた。日本のベクトルさんが出迎えてくれる。


アメリカ行きが一息つき、ようやく日常が戻って来た。ガイアも無事にラメヒー王国に帰国した。


今後のアメリカとラメヒー王国の外交は、とりあえず10人ずつくらいの人流から開始するらしい。

語学留学が理由だ。魔力を体内に宿せるような状態であれば、直接会話時に意思疎通はできるが、結局のところ文章の読み書きが出来ないと条約の一つも結べない。


その約10人の往来は、当面は日本人会が管理している『パラレル・ゲート』を間借りして使うことに。今、あのゲートは、徳済会病院に常駐させている。

三角重工からの輸入は、品物がどんどん大型になっているということもあり、最近は俺がアルバイトするシーンも増えてきた。それから、マ国の極秘『パラレル・ゲート』も、スバルと三角重工間で繋がっている。


そして、アメリカとラメヒー王国が正式、かつ本格的に国交を結ぶのは、アメリカがもう一度タマクロー大公を招いてからとのこと。今度は国賓として呼ぶ計画だ。直通の『パラレル・ゲート』は、その時に開通させる。

今、アメリカのメディアは、こぞって大公をもてなすディナーの内容などを報道している。


条約締結は11月中とのことだが、12月にずれ込む可能性もある。実の所分らない。


考え事をしていると「おはよう。大変だったわね。ガイアさん、本当に大丈夫だったの? お腹とお顔と足を、大口径の銃で撃たれたんでしょう?」と、事務所にいたアマビエさんが言った。


今日はアマビエさんもここにいた。彼女は、何気にここにいる事が多いそうだ。徳済さんと連絡を取るためだろう。交通の便も良いし。


「大丈夫よ。言ったでしょう? 医療は第1世界の方が優れているのよ。特に再生医療はね」と、徳済さんが言った。


ただ、あのレベルの怪我なら、流石に危なかったのではないかと思われる。あの謎温泉にけたから助かっただけで。秘密事項だから言わないけれど。


まあ、その辺、深く考えるのはよそう。

ガイアは助かった。ほぼ元通りに治った。それでよし。


「じゃあ、私はここで美緒と打ち合わせするわ。日本人帰還事業の」と、徳済さんが言った。


「私も話し合いに入ります。帰国後の彼らのケアも考えています。恐らく、マスコミが群がると思うのです。それから、異世界から持ち込まれる物品の数々も問題もありまして」と、楠木さんが言った。


「そうね。今は魔道具でなくても、普通にマ国のウサギ毛の洋服でも高値が付くもの。絶対に何かトラブルが起きるわ」と、徳済さんが言った。


「健康診断や2週間待機のサポートの話もあるし。楠木さんのところにはお世話になります」


「いえいえ。我らの使命ですから」と、楠木さんが笑顔で応えてくれた。


「では、俺は補給物資を五稜郭に運んで、そのまま工事手伝ってくる。今日は大物があって、俺でないと持ち上げられないとか」


そう、今日は、工事現場からヘルプが入っているのだ。


「夕方までに迎えに来てくれたらいいわ」と、徳済さん。


「了解」



・・・

<<五稜郭建設予定地>>


「お~い。物資が着いたぞ~~」


いつものごとく、軽トラでゲートを潜り、仕分け班を呼ぶ。


「はぁ~い」と、仕分け班が仕事の手を止めてこちらにやってくる。


俺の補給は1日1回は必ず行うが、申し分け無いけど時間は不定期なのだ。なので、仕分け班は普段別の仕事をしている。


「あ、多比良さん、お待ちしておりました。今日は通潤橋の棟上げですね」と、エンジニアの人も俺に気付き、こちらに来てくれた。


そう、今日は通潤橋のアーチ部分のトップを繋げる日。


通潤橋は、今、両側から基礎となる土台を立ち上げていっており、土台はほぼ完成。後はトップのアーチを繋げるだけの状態だ。

本来は、木組で足場と支保工を組んで造っていく予定だったが、足場の高さが高く、仮設を造る作業もバカにならないため、最後のトップは反重力で持ち上げて一気に造る作戦にしたらしい。


ところが、地上で造っていたトップの重量が重くなってしまい。誰も持ち上げられない状態になったようだ。

それならばと、記念すべき仕上げは、俺が担当するとに。ひょっとすると、俺に花を持たせてくれているのかもしれないけど。聞くのも野暮だし、真相は分らない。


「はいはい。がんばりますよ」


・・・・


現場に行くと、通潤橋の両翼は確かに出来上がっている。水路は地上25mくらいの高さを通るので、足場の高さも相当なものだ。


そりゃ最後は一気に吊って造りたくなる。


とりあえず、VR用のヘッドセットを装着し、空に浮き上がって完成予想図を俯瞰する。


う~む。今回、棟上げするのはアーチ構造の部分だけ。水路はその上に造るようで、その部分はまだ出来ていない。


ちなみに、通潤橋以外は、五稜郭の輪郭はほぼ完成している。

堀から立ち上がる石積みの城壁も、半分以上出来ている。


堀の外側部分も同時に工事されており、こちらも半分以上出来ている。


うん。順調だ。


順調でないのは港湾部分。防波堤は基礎がほぼほぼ出来ているが、肝心の防波堤本体と岸壁の垂直な部分が出来ていない。まあ、これは浮遊空母が完成する前までに造ればいいので、少し後回しにしている。


さて、持ち上げるか・・・そこそこの重量がありそうだ。

通潤橋のトップは、長さが20m程度ある。

陸上で造られていたアーチの頂上部分を、周りの型枠ごと赤い触手で掴む。


「よし、いくぞ~~~~」


「はい、OKです!」


周りには、別のクレーン役4人と、マルチロールが1機浮き上がっている。


俺が重量物を持ちあげた後、アーチの4隅に1人づつ付く。彼らが調整役で、マルチロールは指示役らしい。


「よ~し、動くぞ~~」


「オーライ!」


トップを持ち上げた状態で、ゆっくりゆっくりと通潤橋に近づく。


「もうちょいこちら!」


マルチロールに乗った施工管理班が上空で誘導してくれる。


「少し回転!」


「オーライ! オーライ! オーライ!」


緊張が続くが、橋のトップが通潤橋の真上に到達する。


「では、ゆっくり下げてください!」


「オーライ!オーライ!オーライ!・・・・・・・」


かなり慎重に下げていく・・・


「よし、乗った!」


「こっちも乗った! ぴったり」


「よし、触手を緩めるぞ! 離れろ!」


もし、失敗して石が崩落したら巻き込まれるからな。


俺は、吊り下げていたアーチトップの触手に掛かるテンションを徐々に緩めていく。

最後は、指輪に通していた魔力を吸い上げ、触手を消す。


よし。落ちない。


その瞬間、どっと歓声が響く。


「いやったぁ!」「成功だ!」「アーチ完成!」


「多比良さん。おめでとうございます」


マルチロールが近寄って来て、設計班の女性技術者が祝いの言葉を言ってくれる。

うん。嬉しい。俺は最後しかしていないけど。


これにて通潤橋の難工事部分は完了。


その後は皆で御飯を食べ、午後からは各工事の進捗を聞き、石が足りなくなるかもしれないと聞いて、また石を運び、汗を流す。



・・・・

<<清洋建設特別室>>


「お待たせ。通潤橋の棟上げ無事に終わった」


夕方、予定通り職場に戻る。


「そうでございますか。おめでとうございます」と、ベクトルさんが言った。


「いえいえ。徳済さん達、まだ話会ってるの?」


「そうよ、悪い? 日本人帰還事業のことよ。課題が山積みで。政府が打ち出した異世界施策の方針覚えてる?」と、徳済さんが言った。


「異世界に行った600人は全員帰国させると言ったとか? それから民間交流は凍結。アマビエ新党に選挙法違反の疑いだっけ?」


「おほん。うちが選挙法違反かも、っていうのは脅し文句。本当に捜査されている訳じゃないのよ」と、アマビエさんが言った。


「そう。それに、民間交流凍結もメディア向けのリップサービス。そういう法律つくる訳でも誰かに指示をしたわけでもない。もちろん、閣議決定もしていないのよ」とは徳済さん。

なんと、日本国首相ともあろう者の発言が、ずいぶん軽くなったものだ。


「あはは。さすがに、異世界渡航の全面禁止とも取れる施策は民間も黙っていないでしょう。当然、族議員も動きだします。海外は喜ぶかもしれませんけどね。アメリカの一件で、別に日本を通さなくても異世界と交流できることが分ったわけですから」と、ベクトルさんが言った。


「だけどね。異世界にいる600人の引き渡しは本気で動きそうなのよ。メディアは私達にとても批判的な論調なの。世論もそれに傾いてて」と、アマビエさんが言った。


日本メディアは四六時中、日本人会を批判しているらしい。

異世界利権を一人締めにしている守銭奴。政府が禁止しようとしている異世界渡航を繰り返し、未知のウィルスや菌を持ち込むリスクを高めているとか。日本の権利をアメリカに売り渡した売国奴とか。


次々にコメンテーターや有識者を連れて来て、そういう発言を繰り返しているとのこと。情報リテラシーの薄い人達は、これでもう異世界反対派、若しくは慎重派になっているらしい。


ううむ。某社の主筆やオーナーは成敗したけど、まだまだ言論空間は、超絶異世界規制派らしい。

なかなかに闇が深そうだ。


「そもそも論なんだけど、日本人会としても、何時までも600人の保護なんて出来ない。その義務というか、役目も終わりだと思うのよ。国に引き継いで欲しいんだけど」と、徳済さんが言った。


気持ちは分る。だって、本来600人の保護は、日本政府の仕事なのだ。今は彼らと連絡が付くようになっているし、政府は本来の仕事をやって欲しい。


「それが今度の帰還事業なんだよね。一度に数十人ずつ帰すっていう」


「そうね。後は2週間隔離問題だけど、これは医学的エビデンスが出るまでは、応じるしか無いわね。最初の帰宅組には悪いけど。病院は徳済会をごり押ししたから、ある程度アメニティ関連の支援もできるし」


「日本国が提示した帰還事業に日本人会が応じるとして、これからどうなるんだろうか」


「日本政府の官僚達を、異世界に派遣する話があったでしょ? その際に帰国者説明会も行う予定よ。彼らは日本企業が進めている異世界施策や日本人600人がこちらで立ち上げた企業の枠組みも話し合うつもりね」と、アマビエさんが言った。


「まじ? 冒険者ギルドや冒険者家業の人らなんかどうするんだろ。三角商会も面白くないだろうし」


「彼らは監督官庁なんだから、ある程度は仕方が無いわよ。根無し草の組織は弱い。護送船団方式で守って貰える時もあるだろうし、日本国政府に筋は通すべきよ。まあ、異世界旅行は日本国関係ないから無視よ。それから医学留学もね。あなたの築城はよく分らないけど」と、徳済さんが言った。


旅行と医療の利権はかなりアンタッチャブルな感じになってきたな・・・動く金が大きいから。


「あの築城は一企業の研究開発費で建設しているという建前だったりする。それはそれとして、異世界に派遣されてくる役所の人達にも、異世界推進派を入れ込むという話があったよね」


「それね。一応、水政くんとアマビエ新党が動いていて、結構異世界推進派が入るらしいけど、組閣の件があるから信頼おけないわね」と、アマビエさんが言った。


「そういえば、内閣にも異世界推進派を送り込むって言ってたよね。そういえば」


「うう。内閣には異世界推進派を入れるという情報はあったのよ。裏切られたのよ。でも、今度こそ大丈夫。役人もバカじゃないのよ。政治のパフォーマンスはそれとして、やっぱり異世界利権は得たいと思うのよ。今、いろんな企業や議員が動いている。報道や首相の言動とは裏腹に、日本は異世界に入る気まんまんよ。今回の政府使節団には、外交官だけじゃなくて、財務省に総務省、農林水産省に文部科学省、それから経済産業省に国土交通省の役人まで入っているみたい」と、アマビエさんが言った。


「一応、聞くけど、自衛隊は?」


「自衛隊はいないわね。実力組織を入れたらこちらを刺激するかもだって」と、アマビエさん。


「ふぅ~ん。ん? このリストは?」


ふと、名前の入ったリストが目に付く。俺が見ていいようなものなのか分らないけど。


「ああ、これはね。日本に帰国するかもしれない人のリスト」と、徳済さんが言った。


「へぇ~・・・子供の人数にして50人か。引率として教頭も帰るのか。まあ、教頭はラメヒー王国には居づらいだろうからなぁ・・・ん? この年齢って・・・」


18歳が2名いる。


「勇者くんとそのガールフレンドね」


「え? あいつら帰るの? まじかぁ・・・」


国から散々特別扱いしてもらっておきながら・・・と思わなくもない。


「まだ決まった訳じゃないのよ。だけど、彼らはご両親が日本でしょ? 帰ってくるようにって懇願されているのよ。モンスターと戦うなんて、危ないから駄目だって」と、アマビエさんが言った。


「・・・まあ、考えるのはラメヒー王国か。俺は知らない。それから、玉城・・・晶の名前があるな」


「理由は分るでしょ?」


「あいつは、一人だからな」


「今は一人じゃないわよ。でも、一緒に暮らしたいっていうご両親の願いは、無碍には出来ないの」


「そっか・・・」


晶が帰国するかもしれない。なぜか複雑な気分になった。



◇◇◇

<<温泉アナザルーム>>


ふぅ~~~~。


今は一人だ。ここだけは一人になれる。


護衛が必要ないからだ。ツツは俺の心を察して場を外してくれている。


今日の夜空も綺麗だ・・・


色々と考え事をする。


日本のこと、アメリカのこと。ラメヒー王国、マ国・・・・仲間達のこと。そして家族・・・


ああ、色々と・・・いや、何も考えたくない。今は何も・・・・


ぴちょん!


ああ、もう! どこの音だ?


イセがサウナでも使っているのか? ぴちょぴちょ・・・


気が散る。


ばしゃと音を立てて温泉から上がり、ずかずか歩いてサウナ部屋の扉を開ける。


・・・誰もいない。


気のせいだったか。酔ってるのかな。


酒を飲んで風呂に入ってはいけない、とは思いながらも、ついつい入ってしまう。


今日は、通潤橋棟上げのお祝いに、ささやかながらもバーベキューでお祝いをしたのだ。


ふぅ~~~今は、何も考えたくない・・・温泉に頭まで浸かり、空を見上げるような形で浮き上がる。


きもちいぃ~~・・・いや、やけに気持ちいいな。なんだこれ。お湯が絡みつくような・・・


「ん?」


体を起こすと、何かがさっと水中を逃げていく。


「はい?」


魚でもいるのか? まさか。

少し怖くなった。


「へ?」


目の前のお湯が、ぐぐぐぐっと持ち上がる。

いや、怖いんだけど・・・


これは・・・この形は・・・女体? 女体だ。温泉のお湯で出来た女体。まさか、俺の願望がついに形になってしまったのか?


これは、俺が望んだ願望?

お湯の女体が、ぎこちない動きで、俺に近寄ってしだれかかる。


そして、両腕を背中に回される。


おいおいおいおい


温泉の女体が俺の上に・・・


この顔は、誰かに似ている。これは・・・ガイア、ガイアか!? 


くっ・・・下腹部を刺激され、締め付けられる。 おいおい。まさか・・・


ナニカに入っていく感触。おい、止めろ。


「ガイア、俺が悪かった。だから、だから・・・・」


いや、待て、ガイアは死んでないぞ?

じゃあ、コレは?


お湯で出来た、物言わぬ女体は俺の上で妖しく蠢く。


はは・・まさか、コレはあいつの願望? ここのお湯が、ここで流れた血肉を吸って具現化したのか?


ここは、本当に変な空間だ。

というか、どうするんだよ、これは。

まあ、今度誰かに相談しよう。


それにしても・・これ、何時終わるんだ?


待てよ!? これは不倫ではないよな。決して。


その後、ガイア似の女体型水塊を押し倒し・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る