第252話 アメリカ外交の顛末 11月上旬

<<陸軍病院>>


「ようこそ!」


門番がビシッとした敬礼で、ツツと、とあるおっさんにアメリカンベクトルさんと呼ばれている男性を出迎える。


ここには、タマクロー大公達が捕らえた犯人が拘置されていた。


下手人は、大公と一緒に来た従者1人と、アメリカ関係者に取り囲まれている。


「おお、ツツ殿。お待ちしておりましたぞ。早速尋問を始めましょうぞ」と、タマクロー大公の従者が言った。


タマクロー大公の投げた手斧は、対物狙撃銃に正確に命中し、人体への直撃は免れていた。しかし、構えていた銃と手斧が衝突した衝撃で、両腕と鎖骨の複雑骨折、そして右眼球に傷を負っていた。

なので、ここ、陸軍病院に連れて行かれ、簡易的な治療が行われていた。


「なんだ? また誰かきたのか? くそっ! 痛てぇえ! 弁護士だ! 弁護士を呼んでくれ。それから、俺は怪我をしている。治療が先だ!」と、下手人が叫ぶ。


「ベンゴシ? 何のことだ? お前を捕らえたのは我々だ。お前の首が繋がっているのも大公の温情。本来は、真っ二つだ」と、ラメヒー王国の従者が下手人に顔を近づけてゆっくりと言った。


「脅しか? 脅しには屈しないぞ!」と、下手人が再び叫ぶ。


「貴方のお名前は、 ○○さんで間違いないです?」と、ツツが言った。


犯人の言葉は無視し、尋問を開始したようだ。これがユーレイではなく、双角族である時点で、かなりの温情がある。いや、ユーレイの所属する一族は、その存在を含め、本来機密性が高い。そのために、今回は双角族の出番となったようである。


「はい。本名の様ですね。では、国籍はジャーマンですか? はい。では、貴方はAC通信のスタッフですか? ふむふむ」と、ツツが下手人の男の目をじっと見つめながら質問を続ける。相手が返答していないにもかかわらず・・・


「な、なんだお前? モンスターの仲間か? 何でお前みたいなヤツが人間と一緒にいる!」


「はいはい。ええつと、ビーガン。これに思い当たる節は?」


「ビーガン? ツツ殿。それは何の事だ?」と、アメリカの尋問担当者が言った。


「彼がそう考えています。う~ん。仕事とは他に所属する団体があるようだ。その団体の名前は○○○。ジャーマンに本部を置く、環境保護団体ですか?」


それを聞いたアメリカの担当者は首肯して別の部下らしきアメリカ人を走らせる。

犯人は目をまん丸に開いて驚く。


「ふむ。貴方は病気で寿命が長くないと言われている。それで、残している家族と恋人のために、今回の仕事を請け負ったと・・・ふむふむ」と、ツツが相手の目を見ながら呟く。


「な、なんだよお前・・・それがどうしたんだよ。何の証拠になる!」


「貴方の恋人とは? 貴方に指示をした人は? 貴方に武器を渡した人は? 貴方は何処で武器を練習しましたか?」


「黙秘する! 弁護士を呼べ!」


「貴方の恋人の国籍は? 貴方の上司のお名前は? 射撃訓練を行ったサンクトペテルブル○とは何処ですか?」


「黙れ!」


「貴方の今の恋人はアメリカ人。でも、それはフェイクで、本当の恋人は日本人なんですか? その本当の恋人と、先日お電話されていますね。おや、本当にその方の国籍は日本人ですか? 国籍はどうでもいいですね。お生まれはどこですか? はい。その発音は日本語ではありませんね」


「黙れぇえええ!」


「さて。メモは取りましたが・・・私、英語やC国語は読み書きできないんです。文字や音声の記憶は追えません」と、ツツが周りを見て、少しバツが悪そうに言った。


尋問には、もう少し時間が掛かるようだった。



◇◇◇

<<ホワイトハウス>>


「デューク・タマクロー。相手はテロ組織だったことが明らかとなった。本人は病気でもうすぐ死ぬそうだ。彼は、とある過激な自然保護団体に入っている。彼らは、彼の忠誠心と短い命を利用し、大金を支払って、ヒットマンにしたようだ。大金は、彼の家族と元恋人に支払われることになっていたようだ」と、トゥライデン大統領自ら、タマクロー大公に事情を説明する。


「そうであるか」と、タマクロー大公が言った。落ち着いている感じである。


「デューク・タマクロー。このテロの背後には、レッド・チームがいる疑いがある。我々はテロの脅威に怯えるわけには行かない」と、大統領が言った。


「で、あるか」と、タマクロー大公は返す。


「そうだ。テロには絶対に屈してはならない。屈したら味を占めてまた仕掛けてくる。テロの脅威には一緒に対抗していくべきだ」


「プレジデント。我が娘、ガイアは存命だ。治療も大丈夫だ。テロやアメリカの事情は今ここでは何も言うことはない」


「デューク! テロは危険なのだ!」


「テロの危険は承知した。しかし、彼らは自分たちを名乗っておらぬ。犯行声明もない」


「あいつらはアメリカで犯行することで、アメリカと貴国の仲を引き裂こうとしたのだ。許されることではない!」


「許されないとは穏やかではない。しかし、私は決して忘れぬ。そいつらのことはな。下手人に攻撃命令を出した者、それに協力し、支援した者どもは、諜報や憲兵が明らかにしてくれるだろう。我々は、外交を変わらず進めるのみ。テロを行う輩の望むようになってはいけない」


「イエス! では、共同声明を出すことを提案しよう」


「私達は、貴方たちの言う『テロとの戦い』とやらをやる暇は無い。外交を、変わらずに進めるのみだ」と、タマクロー大公が静かに言った。


「分った。『テロの脅威には屈しない』そのことは確認した。今はそれだけで結構だ」と、大統領が言った。



◇◇◇

<<アメリカ軍 技術本部>>


「何度見ても信じられない。アンチマテリアルライフルの直撃に耐えている」


「彼らが魔術障壁・・・マジックバリアと呼ぶ能力・・・あの小さな少女が、対物兵器の直撃を数発耐え、さらに驚くべきは、バリアが砕け、貫通した際にもかなりダメージを抑えている。彼女が一命をとりとめたのは、マジックバリアのお陰だろう」


「そもそも一命をとりとめたのも異常だ。恐らく内蔵の半分は相当の衝撃を受けているし、顔は半分吹き飛んでいる。脛骨も無事では済んでいないはずだ。まあ、別人の可能性もあるがな」


「しかし、デューク・タマクローの落ち着きぶりは、本当に安心しきっていたという」


「まさか、本当に我々よりも医療技術が進んでいるのか?」


「軍事力も、『戦車やミサイル、超音速戦闘機が無い』という点で下に見ていたが、それは間違いだった可能性がある」


「そうだ。彼女は軍属であったが、その後飛び込んだ日本人も同じ銃が効かなかった」


「その狙撃者も、デューク・タマクローの一撃で無力化された。彼の投擲は、あらゆるメダリストの身体能力を凌駕するだろう」


「ヒューマン・ウエポン。決して侮ってはいけない。いや、彼らに暴れられたら、防ぎようがない」


「当面は、彼らを決して怒らせてはいけない。そして、それが魔術と呼ばれるものなら、それを手に入れるような対策を取るべきだ。それに対抗する手段の開発も急ぐ必要がある」


「そうだ。日本人でもアンチマテリアルライフルを防げるのだ。それに、ミスター・タビラが見せたいきなり消える本当のマジック。魔術は異世界人だけのものじゃない。日本人が使えるのなら、我々にだって使えるはずだ」


「そうだ。それに、遺伝子情報のレポートを読んだか? これは驚くべきことだ」


「ああ。彼らは間違い無く人間だ。我々とも、普通に子供がつくれるだろう。だが、あの角はイミテーションではないだろう」


「そこは謎だ。医療が発展しているのであれば、そう言ったことも可能なのかもしれない。それに、ミスター・ツツは、日本人の血を引いている可能性がある。これは偶然なのか? 一体・・・それに、最も地球の人類と異なる人物は、ミズ・ガイアだとはな。それでも、おそらく子供は出来るという判断だ」


「いずれにせよ、異世界と日本国は親和性がある可能性が高い。アジアのパワーバランスが崩れる前に、ステイツも魔道を導入する必要がある」


「そうだ。急いだ方がいい。これまでのプランは、スタンピードを援助する対価に、色んな案を飲ませようとというものだった。だが、それでは、我々が異世界に入るために時間がかかる可能性がある。いや、ミスター・ツツの能力のように、考えを読まれてしまえば、外交が失敗する可能性すらある」


「それに、大統領府はラメヒー王国にずいぶん譲歩するとみられている。おそらく、軍事援助の方面でバックアップしていくはずだ。海兵隊なら、直ぐに動かせるからな」


「ああ、プランの練り直しだな」


アメリカの異世界外交施策方針は、当初の『様子見、もしくは異世界国家から有利な条件で各種の条約を結ぶ』から、急速に『積極並びに友好』に変わっていく。



◇◇◇

<<後日 アメリカのとある会員制病院>>


アメリカの会員制病院を、徳済さんと俺とユーレイさんの三人で歩く。ツツは下手人の尋問の関係でここにはいない。


「病院に会員制とかあるんだな」と、なんとなく呟く。


「そうよ。アメリカの病院って、何かあるとすぐに訴えられるの。弁護士の良いカモなのよ。だから、こうやって会員制にしているってわけ」と、徳済さんが言った。


「そうかぁ。でも、会員制にしたところで、あまり変わらない気がするんだけど。いざ何かあった時にはやっぱり訴える訳で」


「それでも、よ。少しでも訴訟リスクを避けるため、この手の会員制病院は、本人はおろか、親族に弁護士がいても絶対に会員になれないわ」


「そうなのか。弁護士嫌われてるなぁ。流石アメリカ」


ここは、徳済さんのお父さんに手配して貰った病院。入院するのにとてもお金が掛かるらしいが、腕はとてもよいとのこと。


さらにここは、セキュリティもとてもしっかりしているとか。

セキュリティに関しては、普段にも増してアメリカ軍や警察が警護しているし、今はまこくさんたちも極秘で見張っているので、心配無いだろう。


ガイアの部屋に着く。ノックをして、かちゃりと扉を開く。


「お、タエにタビラ。戻ってきたか」と、ベッドの上のガイアが言った。


「ただ今戻りましたわ。ガイア様」と、徳済さんが返した。


「ほい。これ、お土産」と、俺が手に持っていた物をガイアに渡す。


売店に売ってあった適当なぬいぐるみを買って来たのだ。


「ありがとう」と、ガイアが日本語でそう答えた。


うん。ガイアは素直で可愛い。


対物狙撃銃なるもので銃撃されたガイアは、一命を取り留めて無事に回復した。


俺としては、早くラメヒー王国に連れて帰してやりたかったが、アメリカがどうしても治療の協力をしたいと申し出たこと、医療検査機器は第2世界の方が優れていること、ラメヒー王国サイドの外交的配慮などから、アメリカの病院に入院させたのだ。


「それでじゃ。タエ、テレビの翻訳を頼む」


ガイアは、病院の個室ベッドに横たわっており、テレビの翻訳をせがむ。


今は、タマクロー大公とトゥライデン大統領が共同記者会見に臨んでいるところだ。


徳済さんの翻訳によると、ラメヒー王国とアメリカとの外交は、テロの脅しには屈せず、当初の予定取りに進められるとのことだ。


よかった。


そして、犯人達のことがしきりに報道されている。


例の狙撃犯の彼は、アメリカの通信社に勤める25歳男性。彼を手引きした協力者も同じ通信社に勤める30歳男性。狙撃犯はその場で捕まり、手引きした方の男性は一時逃走していたが、アメリカ国内で。なんでも、全裸で警察署を訪ねてきたらしい。即逮捕された。


そして、狙撃犯の国籍はドイツ。

それが発表されると、ドイツのメルカリ首相が即座にドイツ国家の関与を否定し、捜査に全面協力すると共に、ガイアにお見舞いの気持ちとして一千万ストーン相当の見舞金を出すことを表明した。


ちなみに、狙撃犯の彼が所属していた通信社は、今、警察やらに一斉に家宅捜索され、ひどいことになっているらしい。

通信社の幹部らは、SNS等でこれは国家による陰謀だと訴えているらしいが、まあ、この通信社は、もともと大統領とは犬猿の仲だったらしく、これ幸いにと国家権力が家宅捜査をしまくっている。


さて、ガイアは何故撃たれたのか。


狙撃犯の彼は、過激な環境保護団体に入っていたらしい。命令はそこから出され、支援者と共に銃を持ち込み、狙撃を実施。


で、命令は誰が出したのか。それはその上司。犯行動機は、『異世界人が入ってくると、こちらの生態系が崩れるから』らしい。なんとも独善的で自分勝手だ。


ちなみに、狙撃犯が何故狙撃銃を扱えたのか。それはR国で訓練したから。


で、彼の上司は本当に、自然破壊を食い止めるためだけに彼に狙撃命令を行ったのか。


それは、ツツが言うには『否』らしい。どうも上位組織に命令され、淡々と命令をくだしたらしい。


ただ、ツツの精神感応による捜査にも限界がある。文字の壁もある。

なので、それ以上はその上司とやらを連れて来ないと分らないらしい。


だが、気になる情報がある。

狙撃犯の彼は不治の病に冒されていた。で、今回は大金を恋人や家族がゲットする代わりに、殺されるつもりで犯行に及んだらしい。


まさか生け捕りにされてツツに思考を読まれるとは思わなかっただろう。

そして、その恋人というのは、どうも日本人らしい。いや、少なくとも日本国籍を持った人物と言うべきか。

今、アメリカから日本に問い合わせをしている最中だ。ツツが言うには、見た目は日本人だが、言語は日本語では無い可能性があるらしいが。


まあ、これ以上は俺の仕事ではない。プロが捜査をしているのだ。深くは首を突っ込まないことにする。犯人探しはね。


「それでですね、タマクロー大公は、敵の脅しに屈さず、外交を優先されるそうです」と、徳済さんがガイアに伝える。


「そうか。私のために、異世界との外交が頓挫してしまったらどうしようかと思ったぞ。それならば、良かった」と、ガイアが言った。


「そうですね。それから、タマクロー大公はこうもおっしゃられています。『犯人の殲滅より先にやるべき事がある。それは人類の天敵、モンスターの討伐である』と。だけれども、犯人組織はいずれ倒すともおっしゃられていますわ」


「そっか。父上が怒ったら怖いからな。怒らなくてよかったのじゃ」


いや、流石に怒ったと思うけど。まあいっか。


だって、ガイアは無事だ。


病院での精密検査はほぼ終わっており、内臓等に異常は見られないとのことだ。

そのほかも至って健康らしい。

一応、全部の検査が終わるまでは安静にさせているが、本当は動き回ってもいいくらいに元気だ。


元気が無いのはシングルドリルくらいだ。今は髪を結んでおらず、ガイアの長髪はベッドにファサっと広がっている。


ガイアの地毛はストレートだった。巻いていないと、とても長い。


「タエ、タビラ。世話になった・・・情けないことじゃ」と、ガイアが視線を合わせずに言った。


「何を言う。野球もちゃんと戦えていたし、この国の武器にも耐えていただろ? それに、寄付も莫大な額が集まったんだぞ。これで、きっとスタンピードも大丈夫だ」


「そっか。それなら、私が怪我をした甲斐があったというものじゃ・・・」


「まあ、もう少ししたら、ラメヒー王国に帰れるだろう。それまでゆっくり休んでおいてくれ」


「ああ、分った・・・」


ガイアは何か言いたそうだったが、ここは所詮外国。何処で盗聴されているか分らない。


うかつなことはしゃべらないように言ってある。

そう思うと、このまったりした空間が急に息苦しくなった。


「回復したら、また飲もうぜ」


「ああ、楽しみにしておる。この国のお酒もおいしかった・・・お土産に買って帰りたい」


ガイアはそう言いながら、テレビから目を離して仰向けになった。


「そうだな。何か買って来て貰おうか」


さて、ガイアの顛末については、ラメヒー王国は自然保護団体の犯人グループを非難する声明を発表したが、対米国については、公式には抗議していない。米国に一定の配慮を見せた形だ。


詳しく聞いてはいないが、外交を急いだ本音の部分で譲歩を引き出したらしい。要は軍事支援の部分で何かしらの合意があったようだ。兵器でもくれるのかな?

まあ、俺はその辺はあまり首を突っ込んでいない。


問題の犯人グループだけど、少し捜査のスピードが鈍化しているようで。まあ、相手も馬鹿ではないだろうからな・・・如何にまこくさんであっても、この広い世界を掌握することは不可能だろう。

というか、ラメヒー王国もマ国も、本気でオトシマエを付けさせようとはしていない。

なぜならば、優先すべきはスタンピードだから。

このことが、敵性勢力に誤ったメッセージを与えなければ良いけれど。


まあ、それはそれとして、相手が魔術的に無垢な今なら、多少の嫌がらせはできる。


今、俺たちのことを化け物だなんだと書き立てているヤツラ・・・少しお灸を据えてやろう。というか、ユーレイさんが、恨めしそうに一枚の紙を渡してきた。情報リークのつもりだろう。おそらく、上からは手を出すなと言われているんだろうな。


などと考えながら、仰向けになったガイアの胸部装甲をガン見する。多分、おっぱいがかなり大きくなった。それから、手足も長くなっている。


こいつは、あの温泉アナザルームで何を願っていたことやら・・・

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