第246話 ヒアリングとエンパイアの勇者 11月上旬

<<在ラメヒー王国マ国大使館>>


今日は俺、水政くん、徳済さんと一緒にマ国大使館へ。

俺たちの外交方針を伝えに行くことに。


なんやかやとマ国は無視出来ない。今はエンパイアの大使であるエウさんもいる。意見を聞くには好都合だ。


大使館に着くと、ザギさんにサロン室に通される。

今回は、エンパイアのエウロペアさん、ことエウさんも同席する。エウさんは、嬉しそうな表情を浮べながら、こちらにちらちらと視線を向けてくる。可愛い。


「して、本日は何用じゃ? 水政殿も同席して」と、イセが切り出した。イセは水政くんに一目置いているような気がする。今の彼には、バックにラメヒー王国と日本国の異世界派がいる。決して、彼のネームバリューは、彼個人ではないのだ。だから、イセも水政くんに対しては、公人を相手にしているような態度を取るのだろう。


「はい。この度ラメヒー王国は、日本より先にアメリカと外交交渉を始めようと動いております。そのことをマ国にお伝えすると共に、ご意見を伺いたく存じ上げます」と、水政くんが言った。


イセは、その質問に対し、顔色を変えずに即答する。


「ふむ。アメリカは一神教だ。やはり、それが引っかかっておる。それから、やつらの金融技術を警戒している。金融関連は第2世界が圧倒的に強い。安易に頼るとあっという間に経済植民地だ。だから、本格的な外交交渉は、我が国は様子見じゃ」と、イセが言った。


「おほん。エンパイアの方はね、最優先外交目標は、別にあるから」と、エウさんが俺を見て、少しはにかむ。何これ可愛い。


「ま、ご存じのとおり、我が国は女神教という一神教を国教とするヤツラと対立している。だから、それと親和性があると分析しているアメリカ合衆国は、少し警戒しているのじゃ。わしらは、少しヒトとは異形故な。かの国の宗教は、人とは神に似せて神が創造したと教えている。ならば、わしらの異形は、神の創作物ではないと考えられてしまう恐れがある」と、イセが言った。


本当は人為的な遺伝子操作なんだろうけど、それの理解が深まるまでには時間がかかるだろう。


「なるほど。お察し致します。ですが、ラメヒー王国とアメリカの外交はよろしいのでしょうか」と、水政くんが言った。


「反対するつもりなら、とうの昔にわしから国王に言っておる。アメリカは第2世界では無視出来ぬ国じゃ。マ国の立場を言うと、むしろ最初は間にラメヒー王国を挟んだ状態で関係を持つのがよい国と分析しておる」と、イセが言った。


「イセ、少しいいか? 最初、日本とラメヒー王国との仲介をマ国がするって言ってなかったっけ?」と、俺が聞いてみる。


「そうだな。だが、それは日本がラメヒー王国が行った勇者召喚の儀を、拉致と結び付けて揉めた場合を想定してのことじゃ。今の状態は、マ国が手を出す内容ではないな。今の混乱に、マ国は関係ない。個人的には、あの首相をスキャンダルで辞めさせてしまえば万事解決する気がするがな」と、イセが言った。相変らず少し物騒なのだ。隣の徳済さんが苦笑している。


徳済さんは、スキャンダルを握っておきながら、それを公開しなかった。だが、あの時のその判断は、正しいとは思うのだ。


「そうか。スキャンダルを出すのをためらったのは、大衆に異世界を危険視させないためだったけど。今のタイミングだったら、別にいいのか・・・まあ、その辺は政治家が判断するかな?」と、言ってみた。


徳済さんをいじめるつもりは無いのだけど。彼が総理大臣になったことで、異世界施策以外は安定しているのかもしれないし。


「それと、マ国と日本国の外交も後回しでいいいってこと?」と、続けて俺が言う。


「いいぞ。まあ、日本国だったら、大丈夫だろう」と、イセが言った。何か含みのあるような言い方だ。マ国は日本の情報を集めているから、事前に大丈夫と判断しているのだろう。


「そっか。じゃあ、ラメヒー王国とアメリカとの外交交渉を前提に、ベクトルさんと連絡を取るか」と、俺が水政くんの方を見て言った。


「ああ、分った。その方向で調整する」と、水政くんが返す。


「ところでな、お前達の耳に、少し入れておいた方がいい情報がある」と、イセが切り出した。ストレートなイセが、含みを持たせて言うのも珍しい。


「はい。なんでございましょう」と、徳済さんが返す。


「勇者召喚の儀で呼ばれた勇者達だ。要は、こちらにいる、第2世界の住人達だ」と、イセが言った。


うん。存在は知っていたけど、色々と忙しくて後回しにしていた問題だ。ついに、関係してくるのか・・・ま、その前に。


「最初に確認しておくけど、彼ら、やっぱり俺たちと一緒の世界の人達なんだよな。同じ時空というか」


「全員を確認したわけではないが、そう思って貰って間違い無いだろう。はっきり言うと、顔を合わせたり、同じ空気を吸っていた可能性もある。今、この世界にいる勇者は、お前達と一緒の時空に存在していた者達じゃ」と、イセが言った。


「くっ、やはりそうですか。この情報が外に漏れたら、外交的問題に発展しかねません」と、水政くん。


「あの、差し支え無ければ、勇者の情報を教えていただくわけには・・・」と、徳済さん。


「マ国的にはどうでも良いぞ。うちは勇者召喚はしておらんからな。例えばな、神聖グィネヴィア帝国は、アメリカ人を召喚しておる」と、イセがはっきりと言った。

水政くんと徳済さんがピクリと反応する。


「まじかよ。じゃあ、宗教がどうこう言う前に、アメリカがこの事を知ったら、それを理由に異世界に無理に入り込もうとする気がするけど」


「そうか? 我が国の情報分析官は、アメリカは少数の失踪者より、実利が多い方を取ると言っておる。要は、アメリカは、異世界にうまく入り込めておる。多比良と関係を持っているからな」と、イセが俺の方を向いて言った。


「ん? ベクトル家との関係を言っているのだろうけど」


「そうだ。アメリカは、おそらく我らの敵国にいる同胞の安全より、実利を取るだろう。もちろん、彼らが自国民に説明する『言い訳』は用意してやらねばな」と、イセが言った。そうなんだな。


「なるほど。だからこそ、間にラメヒー王国を挟むわけですね」と、水政くんが言った。


少し論理が飛躍したが、要はマ国とアメリカが直接やり取りしないことで、勇者問題が発生してもそれがクリティカルにならないようになるのだろう。


「そうじゃ。我が国のアメリカ対応は、今後もそれで進めて行くことだろう。それにな、かのアメリカ人勇者は軍人じゃ。先の西部戦線では聖女と共に現われ、我が国の軍人を殺害している」と、イセがさらりと言った。


そう言われても何も返せないのだが。


「なるほど。如何に出身がアメリカであろうと、他国で軍人になり、実際に戦争に従軍しているのであれば、仮にアメリカ本国がその人に面会を申し込んでも拒否する理由になるでしょう」と、水政くんが言った。少し落ち着きを取り戻した感がある。


「もう一つ伝えておくと、エンパイアの勇者はC国じゃ」と、イセが爆弾を落とした。


「はあ? いや、済みません。なんと、エンパイアの勇者がC国とは・・・」と、水政くんが悔しそうな顔をした。徳済さんも目を見開いている。一番嫌な国だったのかもしれない。


「そういえば、イセ。あなた、彼の出身地も気にしていたではないか。C国のTって、そんなに特殊なのか?」と、エウさんが言った。


T? 何てこった・・・俺は、絶対にエンパイアの勇者に近づかないことを誓った。とてもデリケートで面倒な事になりそうだ。


「なんと! ここでTが・・・その、エウロペア殿、エンパイアの勇者についてもう少し詳しく教えていただけないでしょうか」と、水政くんが言った。かなり興奮している。エンパイアの勇者の出身地がTだった場合、それは西側諸国にとってどう転ぶのだろうか。水政くんの反応からしてプラスに働くような気がするけど。

いや、今はC国も経済解放路線だから、それはどう転ぶか分らない気がしなくもないけど・・・


「ふむ。今の筆頭勇者がエンパイアに召喚されたのは、25年くらい前だ。その後、彼は戦争で多大な功績を挙げた。その際、彼が望んだものは、名誉でも女でもなく、次の勇者召喚の空間座標を指定する権利だった」と、エウさんが言った。


嫌な予感がする。


「あの、それは、彼の同胞を沢山呼ばれたので?」と、水政くんが言った。


「そうだな。彼は戦争でずっと超人的な活躍を見せていた。だから、今は20人くらいは同胞がいる」と、エウさんが言った。


なんと・・・すでにエンパイアには、C国T地方の人達が20人もいるとは・・・しかも超人だと。

隣の水政くんが頭を抱えそうになっている。気持ちは解る。


俺が戦慄していると、イセが口を開く。


「多比良、少し言っておく。エンパイアの勇者召喚は、ウィスパー方式と呼ばれるものじゃ」と、イセが言った。


「うん? それはどういう?」


「私から言わせて欲しい。我が国エンパイアの勇者召喚は、一応、空間座標の指定はできるが、基本的に死の間際にいて、それでいて力を求め、なおかつ異世界に行きたいと願う人しか呼んでいない」と、エウさんがイセの代わりに答える。


「それって、『力が欲しいかぁ~』って、耳元でささやくってこと?」と、言ってみる。


「その通り。知ってるじゃん。死にそうな人の耳元でそう言ってささやき、力が欲しいで『イエス』、その次の質問である『異世界に行きたいか』で『イエス』と答えた人のみに術式を発動させる」と、エウさんが言った。


うむ。なんとなく予想どおり。


「そうやって、呼ばれた人が20人もいると?」


「そう。ランさんの国、かなり貧しいところみたいで、20人呼んで、子供もこちらで生まれているから、かなりのコミュニティになっている」と、エウさん。


エンパイアの勇者はランさんというらしい。


今まで何の話をしていたのか、吹っ飛ぶくらいの情報だ。頭が痛い。


いや、俺は外交官ではない。この話は水政くんに任せよう。俺は、勇者に近づかないようにするだけでOKだ。きっと大丈夫だ。


そういうわけで、日本の組閣とかどうでも良くなり、とりあえず、アメリカとの外交は進めるという方針ということが合意された。


そして、エンパイアの勇者には、極力近づかないと心の中で誓った。絶対に面倒なことになるから。


なお、リン・ツポネス国も同じウィスパー方式で勇者召喚を極少数行っており、こちらはフィンランド人を召喚しているらしい。


日本国にとって、C国と比べるとどうでも良いように思えてくる。


議論が飛んだが、ラメヒー王国はアメリカと最初に外交交渉を行う事となった。

日本国と異世界国家との外交は、当面凍結だ。

いや、相手が凍結と言っているのだ。仕方がないことだろう。


だが、少し残念な気持ちが残る。本当は母国日本を最初に異世界に呼びたかったのに・・・でも、今はどうもそんな気は起きない。


ここはしょうが無いか。そう自分に言い聞かせ、今後の方針を決意していく。

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