第210話 ハイブリッド兵器への道 研究開始 10月上旬
<<冒険者ギルド>>
カラン!カララン!
「おはようございま~す」
「あら多比良さん、いらっしゃい」と、前田さんの奥さんに挨拶される。
今日は朝から冒険者ギルドだ。
ギルドの受付カウンターに鎮座している『魔王の魔道具』の親機に献魔を行う。今日は50人前くらいかな。
「じゃあ、2階に上がりますね」 「ハイどうぞ」
顔パスだ。
そのまま2階に上がり、ギルドマスター室にノックして入室する。
そこには、高遠さんと加藤さんと、マ国の魔道具士1名が待っていた。
「あらら、俺が最後だった。加藤さん、しばらくぶりです」
「はい。先日はどうも。いやぁ緊張しますね。私、
「ほう。加藤さんもあちらでの職を失いましたか。実は、私もなんです」
同志が出来て少し嬉しい。
「加藤さん、必ずパテント含めてちゃんとしますから。安心してください」とは高遠さん。
ぶっちゃけ、加藤さんが日本の企業を辞めてしまったのは、異世界にずっと居るつもりだからだろう。
でも、すごい発明をしたのだ。そういう人には、いい事があるべきだと思うのだ。
「そうですよ、加藤さん。あなたは凄いことをしたんですから」
「ええはい。多比良さん。そう言っていただけるのは嬉しいのですが、結局数値的な根拠等を示して、書類的にパテントを取っていないのです。この技術、あちらに持っていくとあっという間に私の居場所なんてなくなりそうで」と、加藤さんが言った。少し不安気味だ。
加藤さんもいろんな悩みがあるのだろう。だが、それは過小評価だと思う。なぜならば、加藤さんにはバックがいるのだから。
「加藤さん、技術だけではないんです。きっとあなたの人柄があったから、ラメヒー王国でもマ国でもやって行けてるんです。大丈夫ですよ」
「はあ、多比良さんにそう言っていただけると嬉しいです」
実際、マ国には人の心を読む人達がごろごろいるわけで、特にイセのお眼鏡にかなうような人は、恐らく全幅の信頼が置かれるはずなのだ。能力が多少劣っていても、それは大きなアドバンテージだ。
「多比良さんもああ言っています。大丈夫ですよ」と、高遠さんが言った。
「カトウに何かあれば、マ国が黙っていません」と、随行しているマ国の魔道具士が言った。彼が険しい顔をしてそう言い切る。俺の感覚は正しいのだろうと思った。
「俺もそう思います。自信を持ってください」と、ダメ押ししておく。
「分りました。私も安心しました。では、行きましょう。済みません、何だか私が駄々をこねたみたいで」と、加藤さん。
と、いうわけで、皆で俺の『パラレル・ゲート』に入る。
今回は、大物を運ぶので、俺のゲートの出番なのである。
通常のアナザルームやアイテムボックスは、異世界に行くと使えない。
厳密に言うと、第1世界で格納したものは、第2世界では取り出せないのだ。
逆に第2世界で格納した物体は、第1世界では取り出せない。
なので、それらに格納している物を第2世界に運ぶためには、一旦第1世界で取り出して運ぶ必要があるが、『パラレル・ゲート』の途中のアナザルームで取り出してもOKだ。
なお、今回のハイブリッド兵器の研究、イセに相談した結果、魔道飛行機の研究はしてよいということになった。ただし、秘密厳守で、マ国と『ラボ』で開発した現行バージョンにフィードバックすることを期待するとのことだ。バージョンアップが成功すれば、ラメヒー王国にもその改良版を輸出することになるので、回り回ってラメヒー王国のためにもなる。
・・・・
<<三角重工 航空研究所>>
ゲートを出ると、そこはとても広いガレージだった。
ゲート役の小田原さんと、そこにぞろぞろと沢山の人達がいた。
その後、三角関係者に次々と挨拶をされるが、覚えきれない。俺は、今名刺も何もないし、肩書きも微妙なので、挨拶も『多比良です』くらいしか言うことがない。
貰った名詞を見ると、三角重工の社長さんから兵器部の部長さん、技術部のだれだれさん。それに三角自動車の社長さんに技術部長さん、三角航空、三角造船、科学、金融、銀行・・・
まあ、多すぎてよく分からない。
さらにここには、加藤さんの古巣の本多バイクさんも来ていた。本多バイクの親会社は、自動車も航空機も造るような大手メーカーだ。
加藤さんと何か話をしているが、よく聞き取れなかった。
俺も気を使ってあげたかったが、彼らも談笑しているし、マ国の魔道具士も一緒だし大丈夫だろう。
どうでもいいが、今日の俺と加藤さんの服装は、マ国の正装である。だぼっとしたズボンにブーツ。上はシャツに道着っぽい服だ。これも、政治的な意味があるのだろう。
ひとしきり挨拶が終わると、高遠さんが話始める。
「今回は、多比良さんと加藤さんをお迎えして、魔道飛行機と反重力ベアリング、それから反重力モーターを研究目的で貸与していただけることになりました」と高遠さんが言って、俺に目配せをする。
それを合図とし、俺はファイターとマルチロールを、マ国の魔道具士は反重力バイクなどを、『パラレル・ゲート』のアナザルームから運び込む。
反重力モーターについては、これまで発電機のパーツを購入して反重力発電機を造っていたが、魔道具そのものを貸与するのは今回が初めてだ。
・・・
「おお・・これが魔道飛行機・・・下部に付いている楕円球体が反重力発生装置ですか・・・」
「車輪のベアリングが磁石のように反発し合って摩擦が生まれないのですな。それの応用でモーターも出来ると。凄い。これが異世界の技術か・・」
皆さっそく異世界のマシンに見入っている。
加藤さんが説明を始めている。どうやら、反重力魔力が供給出来る魔道具も渡すようだ。『魔王の魔道具』ではなさそうだけど。
だが、俺たちは異世界自慢に来たのではない。
俺は、高遠さんに目配せする。俺と目が合った高遠さんは、首肯してくれた。
「ああ、皆さん。今日からこのサンプルを貸与受けるわけですが、目的は技術のフィードバックです。もちろん、トップシークレットです。当面の目標は、3月のスタンピード向けの魔道飛行機の改良と量産です」
「高遠くん。分っている。いや、世界で初めてこの技術に触れる名誉を与えてくれたことに感謝だ。約束は必ず守る。反重力技術も、もちろん全面バックアップだ。言うまでも無い」と、高そうなスーツを着た紳士が言った。
この人は社長さんだったと思う。会社のガバナンスは、結局社長命令が絶大な影響力を持つ。
この場にトップが出てきてそう言ったことは、彼らなりの誠意なんだろう。
「多比良さん、加藤さん、私も約束する。絶対にあなた方や異世界を裏切らない。信頼して欲しい」と、高遠さんが俺たちの目を交互に見て言った。知り合いにそんな目をして言われると、信頼するしかないだろう。
もしもの時があっても、マ国の諜報部隊ならなんとかしそうだけど。
その後は、それぞれの機体の説明を行っていく。
ただ、マ国の魔道具士が、最後に気になる相談を持ちかけていた。
「これが魔道通信機です。魔道通信は、魔力を宿していれば、意思が通じますので言葉の壁がほぼ無くなります。ですが、通信距離が短かいですし、画像の転送が出来ません。電子製品を使ってハイブリッドなものを作りたい」
だそうだ。
ううむ。それはかなりチート道具なのでは? と思ってしまった。要は翻訳機能付きの通信機だ。
俺も欲しいな魔道通信機。でも、サイズが電子レンジくらいの大きさだ。携帯はできないだろうが、艦載機や軽空母には付ける事が出来るだろう。技術の進歩が待たれるところだ。というか、今のでいいから欲しい。
ただ、この世界の通信機はとてもレアで高価なそうなのだ。
通信機の最大到達距離は約100キロで、街がおおよそ100キロ毎なのはそういう理由があると、昔誰かが言っていた。短距離タイプもあるが、軍用しか無いとのことで、俺はまだその道具は持っていない。
また、レーダーの類いも基本は無いと聞いた。ただ、魔王が古城の時に、グ国人限定の探索魔術を使用していたから、造れないことは無いのだろう。
まあ、今日のメインは別にあるので、ここはスルーかな。
・・・・
続いて三角造船所に移動する。巨大ガレージから車で30分くらいの位置だった。一応、加藤さんもマ国の魔道具士も付いてきている。もちろん、高遠さんも一緒に移動する。
「お疲れ様です。工場長の○○です」「設計室の○○です」
ここでも自己紹介を受けるが覚えきれない。まあ、重要な人は自然と覚えるだろう。
「多比良さん。浮遊空母なんだが、やはり造船部門と組むのがいいと思うんだ」とは高遠さん。
「そうですよね。ある程度大きくないと、飛行甲板の意味がないですから。造船技術がぴったりだと思います」
「そう言ってくださると嬉しいです。さて、こちらをご覧ください」そう言って、三角造船の技術部長さんがプロジェクターに投影したPPTで説明を始める。
・・・・
「・・・と、言うわけで、我が社は戦時中より正規空母の建造に携わっております。自衛隊の○○にも参画しており、この技術があればきっと浮遊空母の建造も可能となることでしょう」
技術部長さんはドヤ顔で締めくくる。
ううむ。凄いのだろうけど、それは一体何時完成するんだ?
精神論では3月には間に合わない。いや、魔石ハントのためには、1日でも早く竣工させたいと考えている。俺は別に完璧な物を求めているわけではないのだ。
トップの理想論と現場の認識がかけ離れている気がする。
「あの、少し質問よろしいでしょうか」と、俺が質問する。
「はいどうぞ」
「あの写真のフロートを使用するのはどうでしょうか」
俺は、壁に貼ってあるフェリーが泊まっている写真を指さす。
いわゆる浮桟橋と言うやつだ。
「は、はあ、ポンツーンでしょうか」
「そうです。魔道艦載機は、垂直離発着が可能です。なので、空を浮遊して移動できる平場が欲しいだけなんです。今は完璧なものは必要ありません」
「多比良さん、まさか、ポンツーンに反重力発生装置を付けるだけをイメージしてる?」とは高遠さん。
「いや、しかし、空母は艦載機を統括する高度なシステム、通信やレーダー、艦載機の整備やパイロットのの居住空間も兼ね備えている必要があります」とは、三角の人。
理想は解る。解るのだが、そうではないのだ。今は、電子機器など全くついていない状態で魔石ハントできているのだ。しかも、3月のスタンピードの仮想敵はモンスターであり、作戦範囲は半径100キロ程度なのだ。
この辺りの要求性能は、事前に伝えはしたんだけど・・・
「いや、私の説明が不足していたのかもしれません。今必要なのは、いちいち遠くの地上の拠点に戻らなくても、空中で魔力や砲弾を補給できるという機能だけでいいんです。後は休憩目的とトイレくらいでしょうか。3月にそんな高度な物は間に合わないでしょう。本当の意味でのエアークラフトキャリア機能だけがあればいいんです。もちろん、簡単な通信設備も必要とは思いますが。そういった周辺機器は外付けでいいですし、次のステップだと思います」
ぶっちゃけ通信装置に関しては、発電機と無線機を外付けするだけでもいいのだ。
作戦エリアはそんなに広く無いし。半径100キロ圏内くらいの限定された空間なのだから。
「は、はあ・・・」
「高度な魔道空母は、3月以降で考えて貰えれば」と、もう一度言う。
「わ、わかりました。直ぐにポンツーンの資料を持って参ります」
・・・・
具体的な会議が始まる。実は俺の前職は土木設計技師だったりするのだ。全くの素人というわけではない。
「可能性があるとしたら、
この構造は、100mくらいの長細い浮体を築造することができる。
「なるほど。既存技術の応用ですね。納期的に、一から設計するわけにはいきませんから、今の設計法の中で想定して設計荷重を与えるしかありませんね」
「はい。実戦配備なさる目標期間はどれだけでしょうか」
「そうですね。設計0.5ヶ月。施工1.5ヶ月、いや出来れば1.0ヶ月ではどうでしょう」と、言ってみる。かなりむちゃな工程だ。
「ふむ。ならば、今施工中の80m×15mを流用してはいかがでしょうか。これなら2基分を転用できます。なあに、違約金が発生するかもしれませんが、お金で解決することです。大したことはありません。魔道飛行機は軽いので、大した設計変更も不要でしょう」と、三角造船の人が言った。
おお、無茶な要求に対し、逃げずに折り返してきた。会社の本気度が窺える。
「反重力発生装置は、かなり繊細な調整が利きますから、浮遊時にも極端な荷重は掛からないと思います」とは加藤さん。
「ですが、これだけ長細いと航行中に負荷が掛かるのではないでしょうか。それから速度を出すとかなり傾きも生まれます。それをどれだけ許容するかですね」とはマ国の魔道具士。
「なるほど。お金に糸目を付けないのであれば、PC鋼線を大口径にして、鋼殻の支柱を増やして太くして・・・」
「今回は急ごしらえの試作機でしょうから、ある程度試験運用しながら制限速度などを設定していく方針でいいのではないでしょうか。墜落事故に関しては、反重力安全装置がありますので」とは加藤さん。
加藤さんも、本気で俺の提示した納期に間に合うように現実解を提示してくれる。とても助かる。
「ふむ。我々もいきなり本番では無く、実験させていただけるのであれば助かります。多少オーバースペック気味に造っておいて、次に繋げるという方針でよろしいでしょうか」と、三角造船の人が言った。
「それでお願いします。同じタイプを量産するわけでも建造費を無理に抑えたいわけでもありません。訓練帰還をみこして、12月か1月までには空に浮く平場が欲しいだけです。ただ、保管時は海に浮かべることを考えていますので、重量は乾元を確保してください」と、俺が言った。
「ほう。なるほど。反重力発生装置は、魔道飛行機と同じでいいのですか?」
「反重力発生装置は、今のを基準にした方がいいと思います。規格をほぼ統一していますから。出力やバランスに問題が生じるなら、搭載する数を増やせばいいだけなのです」とは加藤さん。やはりついてきて貰ってよかった。
「了解です」と三角造船の人は言った。不安を感じさせないような表情に見える。
こうして、世界初、魔道浮遊空母の建造が現実味を帯びてきた。完成しても、ポンツーンという箱が浮き上がるだけなので、見た目にロマンが足りない可能性があるけど。
・・・
<<三角重工 兵器部>>
最後に、兵器部にお邪魔することに。
イセの要望、ファイターとマルチロールの貸与にGOを出す代わりの要求事項。それは・・・
「これが、87式自走高射機関砲、通称ガンタンクです」と、三角重工の人が言った。
目の前に、履帯を付けた戦車的なモノがいた。
どことなく、人が正座しているような格好をしており、少しコミカルな印象を受ける。
主砲は90口径35ミリ機関砲というものが付いているらしい。命中性と連射性能が凄いのだとか。
ガンタンクの隣に、機関砲の砲身単体のものも置いてある。予備なのだろうか。
「これは、有効射程4キロの対空兵器です。攻略対象は射程1~2キロ程度の飛行物体で、不規則機動が可能と聞いています。予備のリボルバーカノンをお付けしております。本当は船舶搭載用の火砲がよろしいのですが、陸上兵器ですとこれですね。城塞都市防衛用の異世界向けなら、携帯ミサイルよりこちらの方が良いと考えました。特別ですよ?」と、三角の兵器部の人が言って、不適な笑みをみせる。
日本国は武器輸出が禁止されている。よくこんなものを一企業が所有していたものだ。このことは、あまり首を突っ込まないことにした。
「分りました。それでは、エンジニア共々お借りしますね」と、マ国の魔道具士が言った。
「これを持ち帰ればいいんですね」と、俺が一応聞いてみる。
「はい。火薬や燃料の類いは転移コストが重いと聞いています。お気を付けください」と、マ国の魔道具士が言った。
今、イセが欲しがっているのは対空兵器。マ国は、魔道具の貸与の見返りに、対空兵器のサンプルを欲した。その回答が、この目の前のガンタンクだ。もちろんそれだけではなく、火砲の技術情報もある程度渡すらしいけど。
ところで、こいつの機関砲と空間バリア、若しくは魔術障壁は、どちらが勝つのだろうか。今から実験とかするのだろうことは容易に想像できる。
というか、敵に
・・・・
その後、これらの物資の第2世界から第1世界への転移は、無事に終了した。
マ国はこれから、ガンタンクや機関砲の研究に取りかかるらしい。そういえば、機関砲の砲身自体は、以前ラメヒー王国にも納品していると聞いた。
ハイブリッド兵器・・・一体、どんな兵器が出来上がることやら。
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