第177話 教頭、日本に帰還す 9月中旬
<<日本 多比良邸>>
あっさりと日本に着く。真新しさはない。まあ、これまで散々来ていたから。
「では、僕はマ国に戻る」
魔王は早速帰るらしい。研究がしたくて仕方がないのだろう。
「了解。お疲れ様。ナナセはあのままでいいのか?」
「よい。僕といつでも連絡が取れる魔道具を渡してある。あいつはそのままラメヒー王国大使館職員として赴任する」
魔王は首だけこちらに向ける。
「そっか」
あの大使館にメンバー追加か。
魔王はそのままマ国の『パラレル・ゲート』で帰ってしまった。
・・・・
我が麗しのマイホームに、ぽつんと1人残る。
何故だか、とても嫌な予感がする。背中がぞわぞわするのだ。
バリア全開・・・
「だぁ~れだ」
「うひゃぁあああ!」
突然目の前が真っ暗になり、首元に息を吹きかけられる。
「一つ屋根の下ですね。します?」
後ろから逃げられないように腕を回され、首筋に顔を
「おひゃあああ」
そして、お尻をなで回される。
「私に空間バリアは無意味です。今日のお尻もなかなかでした」
そう言って、やっと解放してくれた。
「はあ、はあ、はあ」
出た。妖怪。いや、幽霊の類いだと思う。
「うん。あなたは驚かせ甲斐がありますね。それに引き換え桜子さんときたらもう。反応鈍いんですから」
真後ろから抱きついてきたこの人は、長い黒髪ですらりとしたスタイルの女性。ただ、前髪を顔の前に垂らしているのではっきり言って怖い。
「あ、あの、ユーレイさん?」
「そうです。
ユーレイさんはおいでおいでポーズを取る。よく知っているものだ。確かホラー映画とかが大好きなんだとか。
「ちょっと人聞きの悪い表現ですね」
「いえいえ。では、ゲート・キーを貸してくださいな」
計画では、この人にゲート・キーを預けて、『パラレル・ゲート』の出入り口を前田さんの家に移してもらう予定である。
「ああ、はい」
しかし、本当に調子が狂う人だ。
「ここからなら、30分くらいですね。アナザルームで待っていてください」
ユーレイさんは髪を手ぐしで直しながら、ゲート・キーを受け取る。
お顔は結構可愛いんだけどねぇ。目がとても大きくて口が小さくて。
「じゃあ、任せましたよ。ここの家の鍵もちゃんと掛けておいてくださいね」
「はぁ~い」
ユーレイさんは、家の扉を開けずにすぅっと家から出て行った。本当に幽霊みたいな人だ。幽霊を見たことは無いんだけど。
・・・
<<サイレン 冒険者ギルド ギルドマスター室>>
とりあえず、ナナセをアナザルームに残したままサイレンに戻って来た。
「お、戻って来たか」
「はい。『パラレル・ゲート』の創造は完了しました。後は、日本側のゲートの位置を前田さん宅に移す作業を行っています。後30分くらい掛かるそうです。その間に、アナザルームにゲート・キーパーが滞在できるよう準備をしましょう」
「了解」
・・・
ぞろぞろと『パラレル・ゲート』のアナザルームに入る。
「ここが『パラレル・ゲート』なのか。殺風景だな」
「ディー。ここは、願望が反映されるように創っていないからな。家具や調度品を置いたら幾分マシになると思うけど」
糸目もきょろきょろと不思議そうにアナザルームを眺めている。
「私はマ国から机や椅子を持ってきております。自前のアナザルームがありますので、そこから取り出します」と、マ国のゲート・キーパーさん。
「ああ、私がお手伝いしますよ」
マ国のゲート・キーパーと高遠さんがせっせっと家具を運び込み始める。
「私のはアイテムボックスなの。少し不便なのよね。狭いし」
ラメヒー王国側のゲート・キーパーはアイテムボックスから椅子や小さな机を引っ張り出す。
アイテムボックスは少し狭いのだ。腕を差し込む事しかできないし。
俺も最初、バイクの格納とかに使っていたけど、今ではアナザルームを創って艦載機のガレージとして使っている。
「カテジナーテよ。ここのアナザルームは今後とも使用される。不足分があれば随時運び込もう」
「分かりましたわ。お父様」
そうこうしているうちに、
「お、移設が完了したんだと思います。どうします? 最初は俺も一緒に行きますけど」
「そうね。教頭先生。よろしくて? これがうまくいけば、あなたはきっと英雄よ。国民栄誉賞も夢ではないわ。だって、日本人600人、誰1人欠けていないじゃない。子供達の教育を受けさせる権利も守った。あなたの功績よ」
「あ、ああ」
「これをあなたに預けるわ。スマホが皆のボイスや写真、動画が入っているやつね。パスはここに書いたから、覚えたら捨てなさい。それから子供達の作文。で、これが外務省事務次官宛ての紹介状。こっちが、私のお父様。徳済会病院の会長宛の紹介状と私からの手紙。こちらが、三角重工への書状、これが棚中学校宛てね。最初は外務省からよ? 分かった?」
徳済さんが教頭に鞄を預ける。カジュアルな第2世界の鞄だ。
「あ、ああ。歩いて駅まで行って、新幹線で移動して。東京なら私も何度も言ってるから、大丈夫だ。東京駅で丸の内線に乗って霞ヶ関だな」
「東京に着くのは遅くなるから、今日はどこかに泊って明日の朝から霞ヶ関に行きなさい。それからスマホで電話を掛けてはだめ。お金を下ろしてもだめ。ホテルに泊るときは念を入れて偽名。ここに皆から集めた100万がある。これだけあれば、何とでもなるはずよ」
「まあまあ、徳済さん。最悪途中で警察に見つかってもさ、別に悪いことしようとしているわけじゃないんだし。気楽にいったら?」
前田さんが突っ込む。
「う、まあそうね。分かった? 教頭先生。これは誰でも出来る簡単なお使い。気楽にね」
「分かってる。分かってるさ」
「よし、じゃあ、行きましょうか」 徳済さんがこちらに向き直る。
「俺の方も問題ない。サイレンの方は任せてくれ」
そう言う高遠さんは、サイレン側のゲート・キーパーだ。
俺、徳済さん、教頭、前田さんの4人が扉を前にする。
「世紀の瞬間ね。私も行きたいなぁ」
糸目が本心からの声を出す。
「もう少ししたら、もっと気軽に行けるようになるさ、糸目」
そして、4人は『パラレル・ゲート』の扉に入っていく。
「ああ、歴史的瞬間。感動だわ」
糸目の呟きが聞こえた気がした。
一瞬、意識が暗転し、直ぐに目の前に光が戻る。
・・・・
<<パラレル・ゲート出口 前田邸>>
「ぎゃひゃああああ」「うわぁああ!」「キャァアアアア!」
「こ、これは・・・」
パソコンテーブルの上には、女の人の生首が乗っていた。
目がカッと開かれており、かなり気持ち悪い。ただ、この人の顔には見覚えがある。
「あの、ユーレイさん?」
「ちっ。多比良さんが来ましたか」
ユーレイさんがテーブルからズルリと出てきて、トカゲのように這いつくばる。
俺が同席していてよかったぁ~。この歴史的瞬間に何やってくれてんのと言いたい。
「こんなこともあろうかとですね。いや、”アレ”の準備もありますし」
「まあ、3人分いい悲鳴が聞けたんでよしとしましょう。アレってアレですね」
「あ、あの、多比良さん?」
前田さんと教頭は地面にへたり込んでいる。徳済さんはぼ~っと突っ立っている。
「みなさん、この人はユーレイさん。マ国の人で、人を驚かせるのが生きがいなんだって」
「んふふふ。よろしくね」
ユーレイさんは、気が抜けている教頭の体やほっぺをベタベタと触る。
「そ、そう。仲間なのね。びっくりしたわ」
「そです。仲間です仲間」
ユーレイさんが、地面を這いつくばりながら俺の体をよじ登る感じで立ち上がる。動きがいちいち気持ち悪い。
「じゃあ、教頭先生はそろそろご出発を」
「教頭先生?」
「あ、ああ。死ぬかと思いました」
教頭は、ふらふらしながらもちゃんと歩き出していった。
「教頭先生、大丈夫? ちょっと、私は玄関まで送って行くわね」
徳済さんは、教頭を歩かせながら、頑張ってね、とか、あなたならできる、とか励ましている。
まあ、任せておいて大丈夫だろう。
・・・
「さて、教頭先生も出発したことですし、パソコンの準備をしましょう」
「あ、ああ、マジでビビったぜ。俺の家に生首があるんだからな。もう色々ぶっ飛んだ」
前田さんが手を震わせながらパソコンの電源を入れる。
「よし、電気は止められていないな。ええつと、何でしたっけ?」
「『萌え萌えネットワーク対戦、艦隊娘プロジェクト』です」
ユーレイさんが少し恥ずかしいタイトルを告げる。
前田さんはかちゃかちゃとキーワード検索してログイン。
「ええつと。これ?」
「そです。鯖は6でお願いします。あ、オープニングと練習モードは飛ばしてOKです。次に10連ガチャですね」
「ぽちっと・・・」
エフェクトが流れ、10枚のカードが配られる。
カードに描かれたキャラクターが、1枚1枚画面に表示される。どれもこれも美少女だ。
「あ、光りました。これは高レアが来るやつです」
パソコン画面に、キラキラした特別なエフェクトに包まれた美少女が映し出される。
「おお、コレは戦艦三笠です。激レアです。良かったですね」
「あんたら、遊んでるんじゃないでしょうね」
ガチャに一喜一憂していたら、徳済さんが戻って来た。
「いやいや徳済さん。説明したでしょ。このゲームのチャット機能使ってやり取りするって」
「そうだけどね。ゲームなんでしょ?」
「ゲームだけど、携帯使わないんだからしょうがないかなって」
「次に、クラン『魔道大帝国』を選んで加入申請してください。アイコンはここです」
ユーレイさんは、流暢な日本語で前田さんにゲームの案内をする。
「ほいほい、ぽちっと・・・」
「はい・・・加入申請届きました。承認っと。ようこそ、クラン『魔道大帝国』へ。今イベント中なんで、後でボスに艦隊を派遣しておいてください。初心者でも結構な戦力になりますから」
「あんた達ねぇ・・・あ、チャットに出てる。『
このゲームは、画面の下の方にチャット欄がある。ほぼリアルタイムで入力した文字がクラン全員の画面に表示されるのだ。
「そうです。『了解、続報待つ』っと。以外と便利でしょ?」
ユーレイさんは、長い黒髪を掻き分けながら、ドヤ顔だ。
「一応、今回はマ国さんに、KTの監視をお願いしています。監視だけですけどね」
そう。今回、マ国は部外者。なので、依頼も監視のみ。マ国は日本人帰還事業に関しては当事者でもないし、ユーレイさん達は俺の部下でも何でも無いのだ。
お願いという形で、結構使ってしまっているけど。
「なるほど。このゲーム、パソコンでもスマホでも出来るのね。あなたたちがどうやってスマホ入手しているのか謎だけど。聞かないでおくわ。で、前田さんは何やってるのよ」
確かに前田さんが何かやっている。
「ん? 絵でも書こうかと思って」
「そういえば貴方って、イラストレーターだったわよね。そうやって書くのね。iPadよね、これ」
「イラストレーターとは少し違うんだよなぁ。絵師って呼ばれてる人種」
前田さんは、チャット機能付きネトゲをセッティングした後、待ちきれないという様子で、絵を描き始めてしまった。
俺はその道はよく知らないけど、最初から紙ではなく、デジタル機材で書くようだ。
「・・・水彩画みたいなタッチなのね」「背景とかはね。人物は後で線を入れ直す」「これ、向こうのみんな?」「そう。流石に600人は無理だけど」「ふぅ~ん」
2人して駄弁り出す。
「じゃあ、私は多比良さんの家に戻りますね。何かありましたらチャットで」
ユーレイさんが去って行く。ゲート・キーは前田さんに預けている。
「じゃあ、俺も一旦サイレンに戻ろうかな」
ここで一旦解散。
さて、賽は投げられた。日本人帰還事業の始まりだ。
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