第128話 糸目の女性の顛末 +サイレン領主館にて 8月下旬
<<糸目事件の次の日 バルバロ邸 宴会の間>>
「お疲れ。お!? クリスに糸目ちゃん」
俺がバルバロ邸に付くと、宴会場の隅でクリスと糸目の女性がお茶を飲んでいた。
「誰が糸目ちゃんよ。私はライン伯爵家の者よ。ふん。今に実家から苦情が入るわ。覚えていなさい」
「おいこの糸目。また発動させんぞ。体に巻いた触手をなぁ。それとも何か? 旦那の水魔術の方がいいのか?」
「い、いや、それは、その・・・」
糸目の女性はもじもじして赤面する。何歳なんだろう。この人。
クリス曰く、彼女の体にはすでに特殊な触手が装着済で、少し魔力を流すだけで発動できるようになっているらしい。どういう触手で何が発動するのかは秘密だ。
「さて、今日はこの糸目ちゃんの処遇を決めないとな。今どうなってるんだ?」
「いや、知らないっす。こいつが粗相した後、昨日のうちに姉御が領主に苦情届けを出していたっすけどね」
「そうか。モルディは案外筆まめだな。まあ、こういう事は手続きが大事だよな。で? モルディはどこに行ったんだ?」
「姉御はライン伯爵のサイレン屋敷っすよ。何でも苦情届けを出したらラインからの回答がすぐに来たらしいっすけど、訳が分からなかったので確認しに行くとか」
「ふぅ~ん。あいつも大変だ」
「見てなさい。きっと、実家から呼び出されたのよ。もうすぐ、アンタ達が私に土下座するところが見れるわね」
「まったくこの糸目は。タビラの旦那にしてもらうよ? ユフイン流、若しくはザギィ流を」
「え? 他にも・・・ボソ」
「お前、まさか期待してんじゃないだろうな」
「ば、しないわよ。そんな、あんなこと。あんなにも、その・・・」
糸目の女性は顔を真っ赤にし、さらにもじもじする。本当に何歳なんだろうこの人。
「おお~う、帰ったぞ。お!? タビラ殿も来たか」
駄弁っていたらモルディが帰ってきた。
「あ、姉御、タビラの旦那が来てますよ。で、どうだったんです?」
「それがなぁ。そんなやつ知らないと言い張るんだ」
「はぁ? そんなわけないでしょ。私はライン伯爵家の第一夫人の子なのよ? 栄えある王宮魔導師の次席にまで上り詰めて」
「う~む。王宮魔導師次席なのは嘘ではないようだがな。でも、ライン伯爵の話は本当なんだ。そんなやつ知らないの一点張りでな」
がらがらがら~ 勢いよくバルバロ邸の扉が開けられる。
「お~い。タビラいるかぁ~、あ、ここにいたか。早急に確認したいことがある」
ディーがベガスさん達数人を連れてバルバロ邸に乗り込んできた。
「ディーか。どうしたんだ? そんなに慌てて」
「どうしたって、なんで当時者がそんなにまったりしてるんだ。マ国、というかジマー家の百鬼隊が越境、ライン伯爵家を包囲して抗議活動をしているんだ。イセの考えとか何か知らないか?」
「何だって? 知らないぞ、そもそも百鬼隊とかいうのも」
「我が国とマ国は友好関係を築けていた。今回のこれは殆どそれを一方的にだなぁ」
「え? ラインって、うちの実家? 実家がマ国に攻められてるっていうの?」
糸目の女性が口を挟む。
「いや、攻めているというか、ジマー家の航空部隊がラインの領主館を包囲して、責任者出てこいって叫んでる。ラメヒー王城の方にも抗議が入っているらしい。何でも、グ国内通と超機密事項を入手した疑いがかかっているとかでな」
「へぇ~。糸目ちゃんの実家がマ国の天敵であるグ国と内通してたのか。そりゃ怒るわ。ラインってマ国との貿易で儲けている街だろ? マ国が怒ったらもう終わりだわ」
「え? なんで? なんでよ。うちがグ国と内通なんてあり得ないわ。そんなことしなくても普通にマ国と仲良くしていれば利益が入るんですもの。何かの間違いよ!」
「俺に言われてもなぁ。ところで、その超機密事項とやらは何なんだろうな」
ふとした疑問を口にする。
「それはオレも知らないな。最近変わった事とか無かったか?」
ディーも知らないようだ。
「さあ? この糸目が勝手に俺の魔力を判定して論文書こうとしてたくらいか? それから子供達の研究もするってさ」
「何よ。少しくらいいいじゃ無い。このケチ」
「ん? タビラ、そのことって、誰かに伝えたのか?」
「俺は誰にも言ってないな。だって、情報取られた瞬間に犯人のこいつ捕まえたからな」
「ああ、そのことなら私が領主殿にちゃんとお伝えしたぞ? 客人であるタビラ殿の魔術的情報を無断で計測し、それを持ちだそうとしたと。それに子供達のこともな」
「なに? モルディが? 領主ということは兄上か。兄上がそれを一体どう処理したか、だな」
「私もマ国本国に通報しましたけど」
「ツツ、ところでさ、俺のその辺の情報って超機密事項なのかな」
「十分機密事項と思います。ましてや勝手に。それにお子さんの事は・・・ですね」
「ごめん、俺が無用心だったか」
最近いろいろあって、情報の整理が付いていない。そろそろ、俺個人ではどうにもならなくなってきた。
「タビラ。ひとまず、ライン伯爵家のサイレン屋敷に寄って、情報を集めてみるか?」
「そうだな。ディーは速報を聞いてここに来たんだよな。事情を知っているわけではなく」
「そうだ。何も知らない。ラインの話を聞いてここにすっ飛んで来た」
「そっか。心配掛けてるな。じゃあ、一緒に行こう」
「分かった。よし、行くぞベガス!」
・・・・
俺、ツツ、糸目とクリス、ディーにベガスさんとその部下達で、ぞろぞろとライン家のサイレン屋敷に行く。
モルディは屋敷を空けるわけにはいかないのでお留守番。目覚ましおじさんは移動砦の訓練だし。
ライン伯爵家のサイレン屋敷に近づくと何だか物々しい雰囲気が。
「あれって近衛兵かな? どこかで見たことがある服装」
「いや、アレは国軍だな。まあ似たようなものだけど。その国軍が一体。あ、兄上がいるな、ちょっと行ってくる。待っててくれ」
屋敷の周りは屈強は兵士に取り囲まれ、その一角に小さなおじさんであるディーの兄、すなわち、サイレンの領主さんがいる。
ディーとベガスさんは領主の元へ、俺たちは待機だ。仕事中にお邪魔するのも気が引けるし。
・・・・
しばらくするとディーが戻ってきた。
大勢の怖そうな人達を連れて。
「話を聞いてきたぞ。ライン伯爵に国家反逆罪の疑いが掛けられている。お前の情報を勝手に抜いた件が発端だそうだ」
「ほう。おい、逃げるなこの糸目。犯人というか、発端はこいつってことか?」
ドサクサに紛れて逃げようとしていた糸目を確保する。
「ああ、タビラの情報を何に使うつもりだったのか聞きたいそうだ。ライン伯爵はこの糸目を直ちに絶縁したそうだが、それでこいつの責任がなくなるワケではないからな。さ、来て貰おうか」
「は? 何? 何を言っているの? 私が絶縁? いや、私はこいつの情報を入手しただけで、何も悪いことはしていないわ」
「さて、その件に関して、動機等々聞かせてもらおうか。元王宮魔導師の次席殿?」
後ろに控えていた強面の兵士さんが詰め寄る。
今、白状したようなものだしな、こいつ。
「え? え?」
と、言うわけで糸目の女性は兵士さんに連行されていった。このあと尋問を受けるのだろう。
ところで、糸目の女性は服の下に例の触手を巻き付けたままだ。
一体、どう申し開きをするのだろう。
この件は、これで幕引きかな?
◇◇◇
<<サイレン、タマクロー領 領主の館>>
「さて、ラインの顛末はどうなった?」
「はい、タビラ殿の情報を抜いたライン伯爵家の娘はあくまで自分の趣味でやったと主張しております。双角族の協力を得て行った尋問ですので、嘘ではないでしょう」
「そうか。しかしながら、その情報が他に流れる危険性もあったことを考えると、逮捕は妥当な判断だったな」
「そうですね。ライン伯爵は無血開城に合意しましたし、組織的犯罪ではないのでしょう。一応、ラメヒー王国直轄部隊もライン伯爵領を一時占領し、内部資料のチェックを開始しております。今の所、グ国との内通はなさそうとのことでした。ですが、貿易での不正が大量に出てきたようです」
「その件に関しては国が別途課徴金納付を命ずるだろう。それから、ライン家はバルバロ家とタビラ殿に慰謝料を払うことになった。当事者である糸目の女性は、記憶封じの措置を施された後に解放されたようだ。だが、実家から絶縁されて何処にも行き場がなく、なんとタビラ殿を頼ったみたいだな。何というかある意味女傑だ」
「そうですか。しかし、この糸目事件はこれ以上は遡れませんでしたね」
「ああ、だが、ヘレナがグ国と繋がっている可能性は未だ捨てきれない。徹底的に追い詰めてやる」
「ヘレナといえば、領主殿。売りに出されていたアブラガエル養殖場の件ですが、実家の者を使って調査させてみましたところ、やっぱり、届け出と実際の養殖場の規模に大きな乖離があったけろ」
「ほう。と、いうと?」
「実際の養殖場の大きさは届け出の10倍以上けろ。これは明らかな脱税行為」
「ふん。新興貴族の考えそうなことだな。よし、追徴課税を命ずるか」
「了解けろ。ですが、もう、競売は終わっているけろ。売却額は、規模が10分の1で評価されているから超お買い得けろ」
「何? ほぼ10分の1の価格でこの資産を入手したラッキーなやつがおるのか。まあ、いい。これまでの追徴課税の計算をしておけ」
「了解けろ。次の持ち主にはちゃんと事情を説明して正規の課税を行うけろ。この事業はタイガ伯爵も協力していた事業けろ。タイガ伯爵にも知らせておくけろ」
「任せた」
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