第126話 糸目の女性 8月下旬

「やっと帰って来たぁ~~」


「か、帰って来た・・・」


「前田さん大丈夫ですか?」


「ダイジョウブ・・・」


彼は、ノルンという痴女に寝込みを襲われた。挙げ句、そうろうを暴露され、さらに、それが憧れの耳が長い種族の可能性がある、ということでメンタルがズタズタになっている。今日は早めに休んで奥さんに甘えるべきだ。


「移動時間、ぶっ続けで2時間と30分。飛ばしたなぁ・・・」


「すみません。自分が不甲斐ないばかりに」


「いいんですよ。俺なんて、嫌がってないって怒られたんだから。まったく理不尽なヤツです」


「済みません。護衛として付いておきながら、気付かず・・・」


俺たち5人は、朝お土産屋が開くと同時に買い物をし、逃げるようにバルバロ辺境伯領を出発した。今はまだ朝の11時くらい。そう考えるとバルバロも結構近い。


とりあえず、今は、サイレンのバルバロ邸の庭に着陸したところだ。


「俺は今日は帰ります。じゃあ」


前田さんはフラフラとした足取りで帰って行く。


彼と俺の会話は、未だに敬語でいいか、ため口でいいのかを探り合うような不思議な感じなのだが、今日の彼は完全に敬語モードだ。


「私とヒューイは移動砦の方に行ってきますね」


「了解、うちらはバルバロ邸に行ってお土産でも渡そか」


フェイさんとヒューイとは別行動。

で、高速輸送艇はアイテムボックスに仕舞い、ツツと一緒に勝手知ったるバルバロ邸に向かう。


・・・


「あ、綾子さん。ただいま。ん、だれかお客さん?」


この屋敷は土足厳禁であるため、玄関に靴が置いてあると来客が分る。


「いらっしゃい、多比良さん。もう帰って来たのね。お客さんが来てるわよ」


綾子さんが出迎えてくれる。


「お客さんって、俺に?」


「そうみたい。朝から志郎くんと加奈子ちゃん3人で話をしていたから、知り合いだと思ったけど?」


「志郎と? 誰だろ。いや、見たことあるなぁ。あの人」


そこにいたのは糸目の女性。始めてラメヒー王国に来た時、授業して貰った人だ。


その後も会った気がする。王城で。確か、王宮魔導師の次席さん?

その次席さんが、縁側に座り、ポケェとお茶を飲みながら枯山水を眺めている。


「・・・あ」


宴会場に入ると、向こうが俺に気付いた。


「あの、いつぞやは、その・・・」


どう声を掛けていいのか分からない。


実は毎日色々あって、糸目先生のことは記憶の奥底に仕舞っていた。

そういえば、イセの体に入っていた時に、ここの話をしたような気もする。


「悪人ではなさそうですね。少し離れたところにいますね」


ツツが気を利かせ、小声で伝えてくる。ツツは空気に徹するために、少し離れる時があるのだ。


「イセ様の情報通り、ここにおられましたね。少し、話があるのですが、よろしいでしょうか」


話ってなんだろ。俺のスカウトとか?


「話くらいならいいんですけど、面倒事は嫌ですよ。俺、国に雇われるとか、軍に入るとかも嫌ですし」


とりあえず、言われそうなことに対してけん制しておく。


「いえ、そんなんじゃないんです。これは私の個人的なけじめ。私は、王宮魔導師を、辞めてきました」


「はい? そうですか・・・なんでそんなことを?」


俺は糸目先生の隣に座って枯山水の庭を一緒に眺める。そこにウサギのオキがトッタトッタと走ってきて、俺の股間にダイブする。


「そのウサギ、よく懐いているんですね・・・」


「そうですね。かわいいでしょう?」


「あの。お願いがるのです。もう一度、もう一度あなたの魔力判定を、させていただけませんか?」


「ええつと、アレって、魔術訓練とかをした後だと、正確に計れないって聞いたんですけど?」


本当は、俺の色見の儀式を秘密にしたいだけなんだけど。というか、王城の仕事を辞めたフリーの女性に、なぜ俺の魔力判定を見せないといけないのか。この女性はどこかずれているような気がする。


「そうなんですけどね。私、この装置がどうも信用できなくって。以前から疑問だったんです。ですが、これが規則だからって・・・でも、食い下がったら、国から疎まれてしまって、それで・・・」


「・・・この数値、高かったらそれなりに強いらしいですが、低くても弱いとは限らないって話を聞きました。しかも、『強い』の定義があくまでスタンピード討伐戦に限定されているような気も」


少し、この女性に同情してしまった。思わず、イセ達に聞いた話をしてしまう。


「・・・他には、何かお聞きになられて?」


「聞いたといいますか、魔術、いや、魔術戦闘って数値に表れない部分も大きいですよね。これが間違いとは言いませんが、絶対ではないといいますか」


「やはり、あなたは、別で判定をされたのですね・・・その結果を教えていただく訳には?」


正直、少しウザくなってきた。


何故、俺がこの人に自分の大事な秘密を教えないといけないのか。

俺は、初対面の場合、フリーの人間よりも組織の人間の方を信用してしまうたちだ。組織で縛られている方が利害関係が分かりやすいし、組織に適用されるルールがあるからだ。軍隊だったら軍法があるように、王宮魔導師だったらその中で何らかの秘密保持義務があるはずなのだ。

あの元近衛4人組だって、親兄弟の手前、約束事は守ろうとするだろう。だが、フリーということは、純粋に個人の信頼関係に頼るしかない。さて、俺と目の前の女性は信頼関係が築けているか、そうは言い難いはずだ。


「魔力判定の結果はとてもデリケートなものです。下手をすると自分の生残に直結する。で? あなたをどのように信用しろと?」


「・・・そう、なのですか。仕方が無いです・・・」


多分、この糸目の女性は世間知らずのお嬢様。周りの誰もが自分に都合がいいように出来ていると考えてはいないだろうか。悪気はなさそうなのが救いだけど。


俺はオキをなでなでしながら枯山水を眺める。あ!? 川をイメージしている白い石の中にイキがいる。あいつ、あんなところでまったりしてる。隠れているつもりなんだろうな、あれ。でも、かわいい。


「はい、終わりました。やはり、あなたはDランクの土魔術士なんかじゃない。反重力、いや、それだけではありません。空間・・・これは持って帰らないと。そして、この黒いつぶつぶは一体・・・」


「・・・は? お・・・まえ・・・なあ・・・」


いや、悪気はなさそうと感じたが、あれは間違いだった。


「あ、ごめんなさい。デリケートみたいなので、勝手に計らせていただきました」


「おい・・・それ、捨て、てくれませんかね」


「は? もう覚えましたから無駄です。じゃ、ごきげんよう。帰って論文書かなきゃ」


「待て、お前、一体何者なんだ? 何が目的だ・・・」


俺が混乱してきた。


「私は私の興味に忠実なだけです。あ、わたしライン伯爵家の者ですから、手を出したら大変なことになりますよ?」


「な・・・」


糸目の女性は、荷物を持って、さっさと立ち去ろうとする。

いやいや、しかし、俺の魔力判定結果なんて、どの程度の秘密事項なのかは分からない。しかし、こいつをこのままにしてはいけない気がする。どうすれば・・・。


「おい。待て・・・」


「嫌です」


糸目の女性はすたすたと玄関から出て行こうとする。いや、どうすればいいんだ? これ、ツツも判断しかねているみたいだ。珍しくあたふたしている。

ツツは本来、護衛の広域魔術障壁要員。双角族として少しは相手の精神や思考を読み取れるけど、万能というわけではない。


「ん? タビラ殿、どうしたんだ?」


糸目と玄関との間に、モルディ登場。


「あ、モルディ。こいつは俺の情報仕入れて何かやる気だ。足止めを・・」


「ああん? バルバロの田舎娘が何用なのよ。下がりなさい」


「ん? 何だ? こいつはお前の客人だと思って通したんだが」


「いや、客かもしれないけど、個人情報保護法違反者」


そんな法律あるのか知らないけど。


「うっさいわねぇ。マ国のお気に入りかどうか知らないけど、あんまり調子に乗らないでね。おとなしく、私の論文のネタになってくれればいいのよ。この醜男が!」


な、ひ、ひどい。イケメンで無いのは認めるけど。それから糸目が時々開いてて怖い。


「邪魔よ!」 バチィ!


「あ痛てっ、何するんだこの女は」「モルディ大丈夫か?」「いてて、こいつ、雷系か?」


「ふん。田舎娘と黒いつぶつぶ君? あなたたちはせいぜいここで庶民相手に商売でもちまちましていればいいのよ。私は崇高な、そう、魔術の深淵に迫るのよ・・・」


「何だよこいつは・・」「知らんが、やばい気がするぞ? 殴っていいのか?」「いや、お前が殴ったら死ぬだろ」「流石の私でも手加減くらいできるぞ?」


「私がやりましょうか? この人やばそうですね。ギルティということで」


「いや、ツツ、少し待て、悪人では無いんだろ?」


「悪気もなく何でもするタイプですね。多分」


「あははは。私と魔術戦でもしようっていうの? このザコどもが。私は攻撃力最強の雷属性。魔術障壁も破られたことなんて無い! 王宮魔導師の次席を舐めないで! あ、そうそう、貴方の息子さんとカナコは優秀よ? 貴方の次は、あの子達の研究をしようかしら」


少し・・・こいつは、お仕置きが必要なようだな。


「どうするの? 来なさいよ」


「モルディ・・・今から、お前の部屋を貸してくれないだろうか・・・」


「まったくしょうが無いヤツだ。いいぞ。で、何が必要だ?」


「刺身、つま、大葉、菊の花、アワビ、バルバロ酒、バルバロ醤、酢飯、海藻類。後は、そうだな、縦に細長いカニがあったらいいかもしれない」


「・・・あるぞ。大丈夫だ。わさびに腐り豆、その他の料理も準備しておこう」


「何をしゃべっているのよ。来ないの? ふん。この腰抜けどもが」


「ところで、お前は処女か?」


「は? な、なんて失礼な男・・・処女よ。でも、私の名誉の為に言っておくわ。私はモテなかったんじゃない。全部断ってたのよ!」


ドヤ顔か・・・偽証の可能性が高い。


「本当は男なんていくらでもいるの。ま、あなたみたいな顔はお呼びじゃないけど」


・・・多分、効くだろう。


「最後に、俺の情報、捨てる気は無いんだな。子供達に対しても」


「捨てるわけないじゃない。貴方の子供の魔力も異常に優秀。こんなおいしそうなネタ。絶対に研究するわ」


糸目の女性の両腕は、ぱりぱりと帯電している。いつでも雷魔術を放てるのだろう。


「ギルティ・・・」


反重力で超加速。


「は? え?」


後ろから、赤い触手でひと撫で。

こいつの魔術障壁ごとき、これで消失だ。


「ユフイン流シュイン術・・・」


「な、なに? なんなのこれ!?」


糸目の女性は、ぞわぞわと魔術の水に包まれていく。


「間・欠・泉!」


そして、必殺の水魔術を発動。


「げひゃぁあああ~~~~アーーー、アーーー、アーーーーーーー」  ばたん。


「うまく決まったな」


「凄い魔術だな、タビラ殿。で? こいつ、私の部屋に運べばいいんだな?」


「そうだ」


「ふふ、私も参加していいか?」「もちろんだ」「ついでにクリスも呼んでこよう」「いいんじゃないか?」


「くくく、私も久々だ。するんだろう? アレを」「そうだ、モルディ。アレだ」「うふふふふふ」「はははは」


モルディと以心伝心。やっぱり、こいつはいい女だ。

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