第76話 実験の顛末と不倫の境界 7月上旬

「は!?」


起きた。多分、夜だ。


「あ、あ~~あ~~」


声が出る。


起きようとすると、重みを感じる。ん? 俺の左腕を絡めてザギさんが寝てる。


目の下にはおっぱい。俺の体、まだイセのままだ。


「あ、起きられました? 大丈夫だったでしょうか。イセ様は大丈夫っておっしゃいましたが」


「ザギさん。多分大丈夫。痛てて。体のいたる所がヒリヒリするぅ。あいつ何回も噛みついて」


「温泉で綺麗にして、魔術で治療しましょう」


「ああ、それは後でお願いするとして、あの後どうなったんだ? イセはどこに行った?」


ザギさんは、愛おしそうに俺に覆い被さって、頬ずりする。

普段の彼女からは信じられない行動だ。


「イセ様は、お仕事に。戻って来るまでは自由にしていてよいと」


「そうか。大変な目にあった。しかし、イセも色々な業を抱えていそうだなぁ。大丈夫なのか、あいつ」


「ふふ。大丈夫ですよ。イセ様は強いお方です。そして、貴方がイセ様を頼って仲間になってくれましたから、もう大丈夫」


「そんなもんかなぁ。記憶がおぼろげなんだけど、ザギさんもイセにやられてた気がしたけど、大丈夫なわけ?」


「え? 何がですか?」


「何がって・・・」


「ん~。処女を捧げたこととかですか?」


おふう。重い。イセのやつ、あいつ何てことを。


「いいんです。タビラさん、いえ、おじさん? 少し、私の話をしていいですか?」


・・・・


寝物語りで、ザギさんのお話を聞いた。


「私、平民の子だったんです。戦争孤児。極貧で。でも、国の生活保護のおかげで食事と勉強の機会は奪われずに済みました」


ザギさんは、10歳の時に両親を失い戦争孤児に。それから国の施設に入り生活。中学生の時に、魔王に就任した当時20歳のイセに憧れて必死に勉強。18歳の時に、念願叶ってイセの給仕係の一人に就職する。

イセは、30歳くらいのときに魔王を引退するが、本人はそのままイセの給仕係を希望。ラメヒー王国に大使として就任したイセを追いかけて、押しかけ給仕に。今に至る。


「本当はですね。給仕って、途中、結婚してお暇を貰ったり、お手つきになって愛人になったりするのが普通なんです。結婚相手は、お仕えしているご主人様に選んでいただくことが多いですね。私生活を知る人物が敵対勢力にお嫁に行くわけにはいきませんから」


ザギさんは、語りながら、イセの肌を愛おしそうに撫でる。少しくすぐったいが我慢。


「でも、イセ様は女性です。離婚した一人身の女性が、給仕に男性を紹介するのも変でしょう? それに、イセ様、多分、私の気持ちに気付いていたと思うんです。だから、無理に男性を紹介することもなさらなかった」


「ザギさんの気持ち? イセが好きだということ?」


「そうです。もう、ぞっこんです。性的な意味でも。他の道は考えられません。ですが、イセ様にそのような性癖はありません。それは分かっていた事なんですが」


ザギさんは、色々なところをなでなでしながら話を続ける。


「ふふ。それでですね。気付けば私も28歳。処女で30歳を迎えるところでした」


「ザギさんは、女性が好きというわけではなく?」


「私はイセ様が好きなのです。性別は関係ありません。ですから、今回のことは、とても嬉しいんです。やっと、やっとイセ様のお手つきになれた」


「水を差すようだけど、アレは俺の体だと思うけど」


「へ? それが何か? おじさんは、イセ様のやんごとなきお方。で、あるならば、私もおじさんに全てを捧げますとも。それに、あの時、おじさんのに、イセ様のが、その」


「イセ好きを拗らせてるなぁ。俺、というか、あの体はおっさんだぞ? いいのかよ。そんな簡単に」


「それに、ですね。おじさんの魔力はとても魅力的なんですよ? 世の女性が放って置かないと思いますけど」


「ん? 俺はモテた事がほぼ無いけど。嫁とは勢いだったし、今はもう、何年も口きいて貰えないし」


「それは、異世界とこちらとの感覚の違いかもしれませんね。そちらには魔力はないのでしょう?」


「あっちに魔力は無いね。そうか。俺、こっちじゃモテモテなのか」


そういえば、ちびっ子にはもてた。ガイア、元気かな。いや、あいつ25歳だった。まともな告白なんて生まれて始めてだったかも。


「そうですよ。だから、私は今幸せなんです。多分、考えられる限り最高の状態です。愛するイセ様のお手つきを頂戴し、30歳前に処女を奪っていただき。それが、信じられないくらい優秀な男性で、かつ、イセ様と関係があるというか、ほぼ本人というか。で、イセ様の中のおじさんは、なんでもさせてくれる。もう信じられない」


そういうと、ザギさんは、谷間に顔を埋めてしまった。しばらく出てきそうにない。サービスでザギさんを軽く抱きしめておく。


今は、深夜2時を回っていた。体が入れ替わったのがお昼前だったから、12時間以上経っていた。で、イセは外出していて不在。ホントに元気だなぁ、あいつ。


仕方がないので、ザギさんと温泉タイム。


ザギさんに体を洗われ、イセに噛みつかれて歯形が付いた部分を魔術で治して貰う。温泉の中でザギさんが我慢できずに体を求めてくる。いいのだろうか。まあ、いいのだろう。これは、不倫ではないはずだ。


ザギさん、泣いて喜んでた。


寝室に戻ってからもずっと一緒。朝まで。中身はおっさんだけど、本人は気にしていないようだ。


・・・・


「ちょっと、私、仕事してきますね」


朝、ザギさんが、ベッドからのそのそと起きて部屋を出て行く。


ぬくもりが無くなると少し寂しい。空はまだ暗い。日が昇るまでぼーと過ごす。


・・・・


こんこん!


「イセ様? じゃなかった、おじさん? 朝ご飯にしましょう」


「ザギさん。着替えどうすればいいんだろ」


「ああ、そうでした。選んで差し上げますね」


ザギさんに手伝ってもらって、着替えを済ます。胸が苦しい。


そして、角を磨いて貰う。


「お角のお手入れは、いつもはご自分でなさるんです」


・・・・


「さ、出来ました。朝食をいただいてください」


至れり尽くせり。給仕いいな。いやいや、いけない。駄目人間になってしまいそうだ。


朝食をいただいていると、懐かしい顔が帰ってきた。


俺、ケイ助教、そして護衛の2人、それからジニィが部屋に。


「おう! 仕事はだいたい終わったぞ。まだやることがあるがな」


他に何か言うことはないのだろうか。まあ、ここには他人がいるしな。


「イセ、お前、元気だなぁ。俺の体の調子はどうだ?」


「もう、最高でしたぁ~」


ジニィ、お前には聞いていない。というか、イセ、お前、まさかとは思うが。


「ジニィ。お前とはしてないじゃろうが。紛らわしいことを言うでない」


ほっ。被害が広がらなくてよかった。


「うう。お尻が痛い」


ええっと、ヒューイくん? 何の話だ?

よく見ると、元気はつらつなイセとは対象的に、護衛のフェイとヒューイは大分疲れているようだ。多分、別の理由だろう。そうだろうきっと。イセを信じよう。


「よし、状況報告をしよう。ついて参れ」


イセに言われてぞろぞろと部屋を出る。


倉庫っぽい部屋に通される。そには、扉が6枚。扉の上には番号が振ってある。


「ここの扉と向かい側の扉を空間魔術で繋いだ」


「はい。まったく同じタイプの移動装置を3つ設置していただきました。ここで、しばらく実験を行います」


実験は、この移動装置の特徴。転送する際に消費する魔力、それから、この装置の譲渡方法など。


ケイ助教は、これと並行して温泉アナザルームの研究も行う。大忙しだ。


「ひとまず、多比良の魔力で何ができるのか、状況を把握することにした。国には折を見て報告をせねばならぬだろう。それまでは、このことは極秘情報じゃ。よいな」


ふむ。自分の手から離れて少し悔しい思いもあるが、楽と言えば楽でいい。


「そういえば、温泉アナザールームの方は?」


「アレの解明には時間がかかりますね。特にあの温泉の湯。アレには魔力が宿っているようなのですが、あの空間から出したら、たちどころに普通の湯に戻ります。なので、分析にも回せない。ひとまず、慎重に調べていきますよ」


「そうですか」


「よし。それじゃあ、多比良よ」


「おお、そろそろ体を返してくれ。お前の体、力が出ない」


「ほう? わしとは逆じゃの。お主の体、力がみなぎってきよる。滾って滾ってのぅ」


ヤバイ、目つきがいやらしくなっている。


「と、言うわけで、お前の体、夜まで貸してくれ」


「は? いや、人の体も不便だし。返して欲しいんだけど」


ザギさんがとても残念そうな顔をする。何故かジニィは嬉しそう。


「いや、夜まで待て。頼むよ。ちゃんと返す。返すからな? それまでは、わしの体、じっくり楽しんでくれていいからのぅ?」


夜まで、か。


「まあ、たまにはこんな生活もいっか。1日くらいなら」


「よろしい」


「おじさんのいけず~」


「じゃあ、おじさま! 分からないことがあれば、このザギに何でも聞いてください!」


俺は今日の一日、ぼ~と過ごすことになった。


ケイ助教はずっと仕事。フェイとヒューイはイセについてどこかに飛んでいった。


ザギさんに世話を焼かれたり、ジニィと一緒に窓から勇者の逢い引きを覗いたり。スカートをはいてみたり。面会依頼に来たラメヒー王国の若いお兄ちゃんをからかったり。ふりふりのスカート姿で城内をうろうろしたり。トイレの仕方をザギさんからレクチャー受けたり。


何故か少し元気の無いジニィを元気づけたり。こいつは、俺の体の俺が良いみたいなのだ。


「じゃあ、おじさん、今度は私としてくださいね?」


「いや、俺、不倫はしない主義だ」


そういうと、全員が目をまん丸にして絶句。何でだよ。今までのは不倫じゃないはずだ。


・・・・


夜には、ちゃんと体を戻して貰った。


ヘッドバットで。

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