第68話 飛行実験と魔術スケート 7月上旬
今日は朝からバルバロ家に来ていた。バルバロ家とは、実はお隣さんだったので、歩いて1~2分である。
このバルバロ家の邸宅には、巨大な庭があった。最初は荒野と思っていたが、どうやら庭だったらしい。
その巨大な庭には、グランドや野球場その他が建設中である。
さて、俺はここの巨大な庭を反重力魔術の離発着場に使いたい。それから、温泉アナザールームに行くときの安全な部屋をゲットしたい。
と、言うわけで、ここの家主であるモルディに、面会を申し込みに来たのだ。
「面会? 今からじゃだめか?」
ここの主であるモルディベート自身がいきなり対応してくれた。子爵家のトメの所でさえ、アポ無しは駄目だったのに。
「今からでいいのかよ」
「いいぞ。どうせ、お茶やお菓子の類いも出せないからな。うちは貧乏なんだ」
「ああ、そんなのはいいよ。逆にうちから何か出したいくらいだ。子供達の面倒を見てくれているのだろう?」
「ああ、お前の息子もよく遊びに来てるらしいな。まあ、他の子供達は、うちでアルバイトして貰っているからな。御飯もおいしいし、助かっているよ」
そう言いながら、モルディは宴会場に案内してくれる。
「応接室はあるのだが、家具や調度品がなくてな。今は物置だ。話はここでいいか? まあ、ここの畳というやつは、私は好きだぞ。実家にも似たようなものがあるし」
「もちろん。俺も畳派だ」
なにせ、願望を反映させるアナザルームの入って一番目が畳部屋なのだ。
「そうか。婿にするのを逃したのが悔やまれるな。ははは。それで? 話とは何だ?」
「となりの敷地を離発着場にしたい。それと適当な部屋を貸して欲しい」
「と、いうと?」
「となりに競技場ができるだろ? 適当な場所を俺の反重力魔術の離発着場に使わせて欲しい」
「なんだそんなことか。お前にならいいぞ。モンスターや恐竜に間違われるような行為はするなよ? それから風呂場は覗くなよ。聞いたぞ? うちの寄子のお尻を叩いたんだって?」
「あいつは超強力な砲撃系の魔術を使った。俺が避けてたら、下手したらここは今も廃墟のままだ」
「何だって? あいつは小さいときからそそっかしいんだ。あそこの一族はみんな戦闘狂だからな」
「・・・まあ、迷惑はかからないように使わせてもらう。それから、部屋だけど。競技場にいろんな施設が建つだろ? 観覧席とか。その一室を貸してくれ。所有したいわけじゃ無い。単に部屋が欲しいだけ」
「なんだ? 自慰部屋でも欲しいのか? 私の弟も、相部屋時代はいつも夜どこかに行っていたよ。帰ってきた時の臭いで分かるからな。あれは」
「・・・まあ、似たようなもんだ」
「しょうが無いやつだなぁ。いいぞ。小さくてもいいんだろ? 自慰なら。女を連れ込むわけではないんだろ?」
「ああ、女は連れ込まない」
「工務店の人に相談して造ってもらうか。換気出来る造りじゃないといけないからな。使い終わったらちゃんと換気しろ。取れなくなるからなあの臭いは。後、使わせるだけだからな」
「ああ、ちゃんとする」
「話はそんなところか?」
「ああ、話は以上だけど、モルディ、お前、その腕時計はどうしたんだ?」
少し気になることを聞いてみた。モルディの腕には腕時計がはめられていたのだ。
「ああコレか? いいだろう。お前のをみて欲しくなってな。時計を携帯できるのがいいな」
「日本人が売りさばいたやつだな。少し見せてみろ。粗悪品が混じってるからな」
「な!? これは100万ストーンもしたんだぞ? 相当な奮発だ」
モルディの腕を取って、時計を調べてみる。少なくとも太陽電池式じゃない。
「100万かぁ。本来、腕時計の無い世界での腕時計の価値は、そのくらいするのかも。けどなぁこの手のタイプは何時止るか分らからん。コレクターでないなら、返品した方がいいと思うぞ? それか転売するか」
「ちょ。本当か? 今から返品できるかな。おい、少し一緒に来てくれないか? 急いで店まで行きたい」
「分かったよ、モルディ、なんやかやと、お前には世話になってるし」
・・・・
その後、お店まで行き、別のに交換してくれた。
モルディには、太陽光パネル付きの物を選んであげた。少し男物っぽかったけど、丈夫さが売りの時計。というか、結構出回っているようだ。腕時計。
・・・・
思わぬ時間を食った。
今日は、ディーを探してマントと書類をゲットして、城壁工事の現場監督を探して、書類を渡して、石切場にいるトメに会いに行って、巨大石を何個か運んでと思いのほか忙しい。
それから、小田原さんが石切場に居た。あの工事の後、トメの所にお世話になっているらしい。彼のこと、忘れてた。ごめん。
あっという間に昼過ぎ、15時くらいになってしまった。
「・・・今から何しよう」
やりたいことは沢山あるが、時間が中途半端。
よし、今日は飛行実験しよう。
俺は今まで反重力魔術で飛ぶ際には、車で飛ばすくらいの速度くらいしか出してこなかった。
多分、最大時速100キロ。今日は速度に挑戦してみる。
ここから王城までは100キロのはずだ。到達した時間を計れば速度の目安になる。
いつもの早さで飛んでも往復2時間くらいだ。日が暮れる前には帰ってこれる。あの1日かけた移動が懐かしい。
反重力全開!
ここはサイレンの北の端の石切場。王都は西。
ある程度上昇すると、王都に続く道が見えてくる。
城外の道路は未舗装だが、度重なる人の通行により、上空からはその『通った跡』がくっきりと確認できる。
俺はいつもの速度の倍くらいで道沿いを飛ぶ。
反重力は、術を使った時の姿勢そのままの状態で浮き上がる。その後、スピードを出すともろに風を受け、進み辛い。
なので、前面にバリアを張る。そのうち、飛ぶのに適したバリアの形も研究したい。
立った姿勢のままのおっさんが、もの凄いスピードで空を駆け抜ける。
他人が見たらシュールだろう。
そのうち、長時間の移動が楽になるよう、飛ぶ時用の座椅子とかを作りたい。
しばらくすると、地平の先に自然物ではない何かが見えてくる。多分、王都だ。
さらにしばらく飛ぶと、街の形がはっきりと分かってきた。間違い無く王都。
う~ん。30分経ってないくらいかな? もう少し速度は上げれるので、帰りはそれでいこう。
ん!?
何かが急速接近してくる!?
王都からもの凄いスピードで近づいてくるナニカがいる。
やばい! やばいやばいやばい。
軍事施設からの遊撃魔術? 何だ?
このルートは激突する。緊張しながら飛行ルートを変更。が、向こうもルートを変えてこちらに近づいてくる。まさかのホーミング?
あれ? どこかで見たフォルム・・・
あれはイセのジーさん。形相が鬼のようだと思った。
・・・・
「この、馬鹿!」
全力で怒った顔をする。この鬼は表情豊かだ。
それから、いつものあの軍服みたいな格好の理由が理解できた。飛ぶからスカートや脱げやすい靴は履かないわけね。
「王城に高高度で急速接近してくるやつがあるか! 敵襲と思われるぞ!」
「はい、申し分けありません」
俺はイセに飛行高度を下げられ、人目に付かないところで説教を受けていた。
「恐竜や魔物には飛ぶやつらもおる。防空警戒に敵認定されたら遊撃魔術で攻撃されるぞ? お主なら死にはしないだろうが、防衛隊は大迷惑じゃ!」
「はい、ごめんなさい」
「それに、派手にやり過ぎると王都周辺が飛行禁止になるじゃろうが。わしらが不便になるぞ? ルールを守って、わきまえよ!」
「はい。その通りです」
イセさんが、言うには、
・都市への高速接近はだめ。高高度などの未確認状態での接近もだめ。
・出来れば防衛隊に顔を売っておくとトラブルはない。
・街中の飛行も要注意。軍事施設や刑務所などの一部施設の上空は飛行禁止。
・他人の敷地内の低空飛行は禁止。
・都市によっては都市内の飛行が全面禁止なところもある。
・王都は無理言って、飛行を認めさせている。
なのだそうな。
今後は迷惑をかけない飛行ルートや高度を考えなければ。
イセは、言うだけ言って、それから例の専門家はまだ来ていない旨を伝え、俺を放置して飛び去った。
まあ、こんなこともあるよね。
帰りは気を付けよう。
道中は、虫や鳥のいない位の低空で飛び進め、都市の近くでは速度を落としてさらに低空で進む。
そして、衛兵や監視員に挨拶してから城壁付近で一旦上昇、目立たない大きさになったところで、都市上空を進む。
王都からサイレンの城壁までおよそ30分。平均時速200キロは出てる計算になる。
野球場上空にさしかかる。
ん?
カキーン! 「さっこーい」 バシン! カキーン! 「オーライ、オーライ」
どこかで見て聞いた音が聞こえる。これは野球の練習だ。
しばらく上空で野球練習の観戦をしていると、人々に指を指され始めたので適当な空き地に降りる。
野球場を確認すべくてくてく歩く。
「おじさん、お帰り」
「晶か。ただいま」
体操着姿の晶がお帰りを言ってくれる。地味に嬉しい。
「これは何してるんだ? 競技場はまだ出来ていないはず」
「野球の練習。私とシスちゃんは陸上の練習。野球も練習してるけど」
「シス? ああ、あの子、ん?」
よく見ると晶の後ろに誰か隠れている。
「な? これは見事な」 ツインドリル。
「何よ? 文句あんの?」
先日は風呂上がりでよく分からなかったが、あのシスティーナはツインドリルの持ち主だった。
ちょっときつめの顔立ちだが、運動するためだろうか、スパッツみたいなのをはいてて可愛いらしい。
「いや、こっちの話。部活なのか? これ」
「うん。最初は私たちが体育部を作ったの。体育でやってたようなスポーツを放課後にやって楽しんで。気付いたらこれ」
「大人達もいる。バットにグローブどうしたんだろ」
「作ってもらって。今度試合もするから」
「いつの間にそんな話に」
「おじさんもすれば?」
「球技はいい。陸上の方ならまだ」
「陸上する?」
「陸上といってもスケート的なやつね。あれで猛スピードで駆け抜けてみたい。街中ではできないだろ?」
「何よそれ。スケート?」
「土魔術で滑るんだよ。土の上を」
「土魔術? ふ~ん」
「やってみるか?」
「シスちゃん、土魔術も得意だもんね。すぐ出来るよ。私、適性ないのに出来るし」
「3人いればパシュートできるな」
「あれは6人いないと競技にならないような」
・・・・
俺たちはその足で陸上競技場の方に来ていた。周辺施設はまだ完成していないが、グランド自体は出来ている。
「・・・軽く滑るか。最近、反重力と触手ばかりだったから。走る筋肉が退化してるかも」
「カーブが難しそう」
「どうやんのよ」
「1週目は見学してな。よし、行くか」
シャッ、シャッ、シャッ、シャッ、シャー、シャー、シャー、シャー・・・・・・
おお、楽しい。戦闘中は最初のダッシュしかしないし、街中では危なくて思いっきり飛ばせない。ここでは気持ちよく気兼ねなく飛ばせる。
カーブにさしかかる。スピードを落とす。
げ、やばい。遠心力で曲がれないかも、かといって土魔術を切ると多分、足が引っかかって頭から飛んでいきそう。
咄嗟にしゃがんで減速。
と、内側を晶がすぃ~と抜けていく。結構上手。
シャッ、シャッ、シャッと音を立てて晶を追いかける。
カーブを抜けると晶は前屈み姿勢でスピードに乗り出した。
上手だな。俺もその姿勢を真似して後ろを追いかける。目の前に晶の引き締まったお尻。
カーブが近づく。そっと腰に下げた植物の茎を手に取る。
晶の次にカーブに突入。やはり大回りになるが、触手を地面に少し当てる。
触手と土の摩擦でこれ以上の大回りを防ぐ。だが、グランドに傷を付けてしまった。後で直そう。いや、これは反則かな?
今度のカーブはうまく切り抜けた。
一週回って帰ってきたけど、システィーナがいない。目で探すと、グランドの隅ですっころんでいた。
自分で試してみてカーブで失敗したらしい。なかなか思い切りのある子だ。普通はスピード出すのに躊躇するだろうに。
それから、何周か回った。
「これは下半身に効く」
「そうね、太もももお尻もぱんぱん」
「なかなか楽しいじゃない。足だけで走るよりも速いし」
「こうなると靴の裏に魔術兵装的な触媒付けて、ブレードにしたいよな」
「おじさん作ってみてよ」
「おじさんにまかせなさい」
「ちょっと、何の話よ」
駄弁りながら帰路につく。野球の練習も終わっているようだ。
バルバロ邸に着く。ここで晶とシスティーナとは別れる予定だが、何だか屋敷の様子がおかしい。
何気なしに覗くと、バルバロ邸に日本人達がたむろしている。
「何してんだ? これ」
「お、タビラ殿も利用するのか? 宴会場は19時まで300ストーン、風呂は1000ストーンだぞ。回数券割引もあるぞ?」
そこには腕時計をしたモルディが、入場者からお金を徴収している姿があった。
自宅で商売するのはどうかと思ったけど、屋敷の維持費を考えるといいのかもしれない。
日本人達も集まれる場所ができて嬉しいだろう。
「風呂かぁ。俺も入ろうかな。飯もここで出せばいいいのに」
温泉アナザルームは、まだ入り口を置ける安全な場所がない。ここの風呂にも興味はある。
「夕飯か。料理人が家臣しかいないからなうちは。人様に出せるようなものじゃない」
「雇えよ。これだけ客がいれば儲かるだろ」
よく見たら、宴会場に食べ物を持ち込んで食べてる猛者もいる。
そのうち、本当に宴会を始めそうだ。
「儲かるかなぁ。う~む。誰かいい人知らないか?」
「商工会かどこかに聞いてみようか? 今日は取り合えず、風呂だ風呂」
と、言うわけで、一旦自宅に戻って、バルバロ邸銭湯のお世話になった。息子を連れて。
まだ日が昇っている中での露天風呂。これもなかなかいいものだった。
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