第36話 覚醒! 反重力魔術 5月下旬
休日が終わり、日常開始。20万も貰ったし。貰ったのは10万ストーン2個。慣れていないので、どれがどれだか分からなくなる。
俺は朝からいつものお店に。朝食、ひげ剃り、歯磨き、朝風呂が同時に消化できる素敵なお店。
「いらっしゃいませぇ。あら、タビラさん。今日もいつものコースでいいですか?」
「お願いします」
朝食の後、背もたれが低い椅子に仰向けに座り、施術を受ける。
相変わらず肉付きのいい体で一生懸命仕事してくれる。朝から元気がでるわぁ。
「ここって、お客さん俺しか見たことないんだけど、大丈夫なわけ?」
「お店、まだ始めたばっかりだし、お客さんが少ないのは仕方が無いかな? それに朝のこの時間に1人入ってくれるだけで、結構楽になるのよ?」
俺は、頭部マッサージを受けながらどうでもいい会話をする。こうした時間も人生には必要だ。
・・・・
「できたよ~。行ってらっしゃい!」
「あいよ」
『行ってらっしゃい』、ここ数年、誰からも言われていない言葉だ。
少し切なくなりつつ、仕事場に向かう。
俺の仕事場は、ここから5キロほど離れている工事現場だ。
普通に歩くとそこそこ時間がかかるが、土魔術によるスケート走法を駆使していけば結構時短できる。途中に段差や城門があるので、ずっと滑って行ける訳ではない。
「おはようさん」
「お疲れ様です。小田原さん」
彼は同じ日本人にしてDチームという、元同じチームで頑張っていた仲間だ。働くところが無いというので、俺と一緒にこの職場のお世話になっている。
彼の見た目は、お目々がぱっちりしたスキンヘッドのおじさんで、カラテマンだからかガタイがとてもいい。
俺は、小田原さんと一緒に吸い込まれるように工事現場の入り口に入って行く。
「お疲れッス」
「おはよ。トメ。元気?」
「押忍」
こいつはトメ。俺らの雇い主のディーが”トメ”呼びなので、自分らもトメと呼んでいる。一応、ここの職場の先輩には当たるのだが、多分、年下なのと、態度が下手過ぎて何故かこちらがいつの間にか先輩風を吹かせてしまっている。まあ、そういうキャラというか、持ち味のある人物なのかもしれない。
ただ、トメの見た目は筋肉隆々のマッチョマンで、ヘアースタイルは、ソフトモヒカン。そして、強制労働者の証である、魔術的全身入れ墨が入っている。
さて、今日も解体工事が始まる。
・・・・
最初に魔術兵装の触媒となる植物の茎を選ぶ。
この茎は、その辺に普通に生えている草の茎らしいのだが、装備すると触手を出せるようになる。
装備といっても、その植物の茎を手に持って、”ぬん”と魔力を込めるだけ。するとその茎から触手がぬるぬると出てくるのだ。
で、その触手を使って石積みの石を掴んで、石を外したり、引っ張ったり、引きずったりするのである。その際に、石に反重力魔力をたたき込むと、より少ない力で石を動かすことができる。
この触手を使う理由はいくつかあって、一つは怪我をしにくい。もう一つは、反重力魔術を石にたたき込みやすいのだ。
そんな訳で、ここの労働者はみんな植物の茎を持って、触手を出しながら作業をしている。
そうやって、触手で石を掴んで土魔術士がいる所まで移動させ、その後は彼らが土魔術を使用して石を所定の場所まで動かしていく。
俺と小田原さんとトメは、土魔術の使い手である。
だから、土魔術による移動術(地面の砂に魔術を通して、滑り抵抗;摩擦係数をゼロに近くする術)は、交代交代で行っている。ずっと触手で石を運んでいると、疲れるのだ。
「いよし。今日の作業は先週のやつと同じだ。頑張れよ」
「「「押忍」」」
ここの現場監督はディーという超美肌美少年だ。口は悪ぶっているが、顔がカワイイから、どうにも締まらない。
でも、彼は貴族のお偉いさんで雇い主だから、全面服従だ。というか、金払いもいいし、年齢も35歳らしいし、即断即決のイケメンだから、従うことに抵抗はない。
ディーは朝礼の挨拶を終わると、どこかに行ってしまった。
・・・・
「この焼いた肉おいしい」
「それは養殖ものですから、油が多くて、こういった体が疲れているときには欲しくなりますよね」
「え?これ養殖ものなの?」
「ええ。うちは、水産や畜産も強いですから。穀物と肉の生産量はとても高いんですよ? 輸出もしていますし」
「ああ、それは授業で習ったかも。食べ物があることはいいことだ」
「ほんとにな。うまいし」
「そういえばさ、この工事って、どういう工事なんだ?わざわざ地下に埋まっている石を掘り起こして、どこかに使っているのか?」
俺、小田原さん、トメの3人は、他の労働者と一緒に昼の弁当を食べながら駄弁っていた。
ちなみに、ここの弁当は、500ストーンまでは補助がでるので、今は700ストーンくらいの幕の内弁当みたいなヤツを食べている。
「ああ、この石はサイレンの外側にある5m級石壁の改良工事に使われているんですよ。ここサイレンは、人口がとても多くて、今も増え続けていますから、土地が足りないんです。ですから、街を外側に広げる工事をしているんです」
「ふ~ん。城壁に使う石が足りないと?」
「そういうことですね。このサイレンの街の石積みは、10m級と5m級の2つがあるんです。居住地は、サイレンの法律で10m級の壁で囲まれた中にしか築けないんですよ。5m級の壁は、居住区の外側にあって、その内側では農業とか畜産とかが行われています」
「なるほど、今回の工事は、今は農業や畜産しかできない区画に、人が住めるようにしたい、ってことなんだな」
「それで合っています。ただ、その分、農業の生産力が落ちますので、そこの区画の外に、5m級の壁を造って、農地を広げる工事が同時に行われています」
「なるほどねぇ。俺もこの国の歯車の一つになったのかぁ」
「ははは。ラメヒーの人間としては、それは歓迎したいと思っていますよ。あなた方はとても真面目に労働していらっしゃっています。それは賞賛されることですよ」
トメが強制労働者とは思えない発言をする。この男、犯罪者で筋肉隆々のモヒカンだが、以外とインテリなのかもしれない。
「俺は歯車はむないって話をしてたんだけどよって、まあいっか。午後の仕事も頑張るかぁ。歩合制の収入も馬鹿に出来ないし。とりあえず、時間まで寝るわ」
「はいはい」
・・・・
昼からも石積みの解体工事。俺はかなり深くなった穴を見下ろす。ここまで来ると、人が下に降りて石を上まで運んでくるより、穴の上から吊り上げた方が早いし安全だ。これまでは土魔術を使ってベルトコンベアの要領で上げていたが、そろそろ角度的に限界ではないだろうか。
と、言うわけで、俺は穴の上から触手を降ろして、下の方にある石を掴んで吊り上げ始める。
植物の茎に魔力を通す。にゅるんと触手が出る。俺のお気に入りは、1本ものの触手だ。ばさぁと出るタイプより、制御が正確で力が強いのだ。
玉掛けが甘いと石を下に落下させてしまう恐れはあるが、今は下に人はいないし、吊り上げる物は石なので、それを落下させたところで被害は微々たるものだ。
俺は、そう思うことにし、さくさくと吊り上げ工法で仕事を進めていく。
今日の報酬の方は、初回とかわらず、1.2万だった。まあ、最初がお情けだったので、今が普通の評価なのかもしれない。
まだ、働き出して6営業日くらい? これから上手になればもう少し上がるに違いない。
ちなみに、ここでの報酬は、税引き後らしい。というか、この工事は国家事業だから、もともと税金はかからないとか。なので、貰えるお金は全て収入になる。
・・・・
・・・・
数日経った。
「ちぃ~す」「押忍」「押忍!」
俺も大分、この筋肉集団に馴染んできた。
今日も朝のルーティンをこなしたあと、職場にやってきて、仲間達と挨拶を交わす。
ディーの挨拶やらなんやらはポケェと過ごした後、いつもの解体工事に取りかかる。
ふん! 触手を出して石を掴む。
しかし、今日の茎は少し魔力の伝導性が違ったのか変な形の触手となる。
注意不足だったのかも知れない。
触手の力が足りず、石の重さに引っ張られて体が崖下に落ちそうになる。
あ、やべぇ! そう思っても、思考と体の反応は必ずしも同じでは無い。
腸過敏持ちだった俺は、それが身にしみて分かっていた。
「くっ」
落ちる!
その瞬間、俺は反射的に触手を使って体の落下を抑えにかかる。
全力で触手を上にそそり立たせようと魔力を送る。
しかし、時間が足らずに落ちる落ちる。怖い、くそ、ああっ。
「はぁ!」
魔力を、手に持った植物の茎にたたき込む。
「くぅ」 落下速度が落ちて、体が浮遊感に包まれる。
一応、バリア展開はしていたので、墜落しても怪我をすることは無かったと思いたい。だが、何とか触手の力で地面との激突は耐えた。
「大丈夫ですかー」
どうやら、急に姿が見えなくなってしまった俺を心配してくた人がいたようだ。
女性の強制労働者だ。彼女も筋肉隆々だ。大柄な女性だが、結構かわいい顔をしている。確か、クリスと呼ばれていた女性だ。
心配して、わざわざ俺が落ちた穴の下まで降りてきてくれた。
・・・・
<<穴の底>>
「ふむふむ」
今、俺の体は、”ふよふよ”と宙に浮いている状態になっていた。
触手を地面から離しても体が浮いている。触手で耐えたのは勘違いだったようだ。
「それって、反重力魔術ですよね。自分の体に反重力がかかってますね」
「・・・いつもは石にかけてるヤツを自分の体にかけてしまったということかな?」
「多分、そうだと思います。生物に反重力魔術をかけるのは非常に難しいですが、自分で自分の体にかけれる人はたまにいるんですよ。城壁工事では非常に重宝されます」
「ほんと? 給料あがるかな」
「上手になればかなり作業効率は上がると思いますよ? でも結構制御が難しいらしいです」
「そっか、重宝される位だから誰でもはできないんだろうね。頑張って練習します」
「お~~い。大丈夫かぁ?」
トメも来てくれた。
「大丈夫だぁ! すぐ戻る」
俺は反重力魔術で穴から脱出する。
『とう!』と叫びたくなった。
「おお。タビラさん飛べたんですか? クレーン役が出来ますよ。貴重なんですよ。工事現場の反重力魔術使いは」
先ほどの女性、クリスの情報は正しかったらしい。城壁工事は高所作業が多いだろうし、クレーンが役に立つというのは容易に想像できる。
「クレーン役か。それを練習してみよう」
・・・・
クレーン役は結構難しい。
まず、反重力魔術を自分と石に、同時かつ別々に掛けないといけない。別々の制御で。
要領は、自分の体を空に固定しつつ、触手で地上の石を掴み、石を軽くして引き上げる。のだが、その時に体がぶれたり石にかけた反重力魔術を切らしてしまうと、石の重さが体にかかる。まず、腕にかかり、引っ張られて肩にかかり、腰にかかる。肩の脱臼やヘルニアの危険がある。
あと、触手の質も重要だ。絶妙な伸縮性のあるものが望ましいのだ。伸び過ぎると扱いずらいし、全く伸びないとショックを吸収しきれずに、体の負担が甚大になる。
こういったことは反復練習しかない。俺は空からひたすら石を引き上げ、そのまま土魔術士エリアに移動するという作業を繰り返した。
・・・・
「おい、タビラよ。ちょっと来い」
「押忍」
ディーに呼び出された。
給料アップかな? 意気揚々とディーの後ろを飛んだまま付いていく。
ディーが現場事務所に入ったので、俺も続く。
事務所の中にはトメもいた。
なんの話だろうか。
「さて、話の前にまずは、椅子にかけてくれ」
かしこまってどうしたんだろうか。椅子に座って話を待つ。
「タビラよ、お前、反重力魔術が使えるようになったんだってな。実はな、仕事場を移って欲しいんだ。こことは別の城壁の新設工事だ。そこの進捗が芳しくない。そこにクレーンができるお前を投入したいんだ」
「今、サイレンでは街の拡張工事が行われています。高さ5mの城壁を、今の城壁の外側に新しく築いているのです」
「そうだ。今回の工事は、全長6キロ、そのうち2キロの区画を我がタマクロー家が請け負っている。この街の3大貴族は知っているか? うちと、ブレブナー伯爵、ランカスター伯爵だが、その3家で2キロずつを受け持ち、工事を進めている。そこに、タビラとトメを移したい。同じ日本人のオダワラも、本人が希望すれば移してもよいぞ」
「え~っと、職場を移る分にはいいんですがね、何処とか、
「場所は街の第一線城壁のさらに先だからな。ここから結構遠い。移動してもらう時期だが、トメの刑期が明ける10日後だな」
俺はついついトメを見てしまう。わざわざこいつの刑期を待つ必要があるんだろうか。そういえば最初からディーの部下ポジションだった気もするし、何者なんだろうか。
「ん? ああ、トメは、本名、トメーザ・シエンナ、
え? このモヒカン男は貴族なの? 貴族が強制労働させられてんの?
「いや~」トメは恥ずかしそうだ。
「いや、お前何やったんだよ。貴族の嫡男が強制労働って何なんだよ」
「そいつの罪状は不敬罪だ」
「いや~」トメが恥ずかしそうだ。
「いやいやいや。子爵家が不敬罪って、一体何をしたんだよ」
「いや~お恥ずかしい。夜会の帰りに建物と建物の間にですね。いい暗闇があったので、そこで小用を足そうとしたんですよ」
なに? 立ちしょんで不敬罪?
「そこの隙間に運悪く伯爵家のご令嬢がいたらしくてな。飲み過ぎて吐いていたらしい。吐ききったあと、顔を上げると、目の前に男根を握りしめたトメが立っていたわけだ」
「いや~私ももう、出る瞬間でしたから、止められなかったんです」
「なっ!? まさか、ひっかけたのか」
「それで、その伯爵家が怒ってな。婦女暴行罪とわいせつ物陳列罪で訴えたんだ」
あるんだ、わいせつ物陳列罪。
「面目ありません。そこをタマクロー大公に助けていただきまして。婦女暴行罪とわいせつ物陳列罪では罪状があまりにも不名誉ということで、不敬罪として20日間の強制労働の刑にしてくださったんです」
「・・・そうなんだ」
「まあ、何の話だったか、時期的なものは、約10日後、次の次の休み明けと考えていてくれ」
「私は少し家の用事を済ませてからの合流になりますが」
「それとだ、明日、オレはそこの工事現場に行くんだ。お前も同行してみないか? 勤務扱いだから給金は出すぞ」
「下見かぁ。異論はないですね」
「よし、現場はここから15キロくらい先だ。騎乗トカゲで移動するぞ。トカゲはお前の分も用意しておく。明日はここではなくて、強制労働署の方に8時に来てくれ」
「りょ」
「お前って、オレに対する態度がたまに適当だよな。時と場所をわきまえてくれたら、もうオレはいいけどよ。他の貴族にはするなよ?」
明日は、急遽出張になってしまったようだ。
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