第31話 異世界工務店開店 5月下旬

「では、行ってきます」


俺は、朝5時頃に家を出た。


今日は、朝6時に『異世界工務店』の豆枝氏の家の前に集合だ。

それまでに朝の準備を済ませなくてはいけない。

家を出ると一直線に朝食のお店に入る。ここ、実は昨日見つけて利用したのだ。


我が家の朝は、息子は学園の学食を利用するし、親の方はバラバラで適当に済ますことになった。


昨日のこと、俺は、朝食屋を探すべく朝の街をうろうろ。ふと、ショートパンツ姿のむっちり美人に目を引かれたのだ。


朝っぱらからはみケツを見せながら歩くとはけしからん。と思い、なんとなく行き先を目で追っていたら、食事処らしき看板のお店に入って行ったのだ。


ここおいしいのだろうか? とお店の前で看板を物色。そうしたら、先ほどのはみケツむっちり美人がお店の中から出てきた。


「あの、うちになにかご用でしょうか」


「いや、この町は初めてなんですが、朝ご飯のお店を探していまして」


「あ、そうだったんですね。うちも朝食やってますよ? ご飯はパンとかサラダがメインですけど、ひげ剃り歯磨き、洗浄魔術のサービスも受けられますよ」


「はい。入ります」


俺はカルチャーショックを受けた。朝食の店は日本でも普通にあるが、朝からひげを剃ってくれるお店はないのではなかろうか。

この世界のひげ剃りは、謎の動物の歯を使い、自分で剃るのが普通だ。慣れていないと怪我をするし、俺は未だにうまく剃れない。なので、いつも無精ひげっぽくなってしまうのだ。

それから、夜は結構汗を掻くので、本当は朝風呂に入りたいが、宿に風呂なんて付いていない(この世界は魔術で体を洗う習慣があるので、家にお風呂なんかないし、公衆浴場なんかもない)。洗浄魔術は特訓中だが、制御が難しく、未だにまともな洗浄ができない。

いつもは、水魔術士が洗浄魔術を掛けてくれるお店があるので、夜はそこを利用している。ちなみに色々なコースがあるが、俺は普通コースしか頼んだことはない。女性用の髪に優しいコースなどがあるようだ。


話を戻すと、朝のルーティンのほとんど全てを、この一つのお店で済ますことができるのだ。


しかも、姿形がけしからんお姉さんの施術により。

自然と期待してしまう。ラッキースケベというやつを。


「いらっしゃいませ。ここ始めたばかりなんですよ。まだお客さん少なくって。助かります」


「この辺って、こういうお店多いんですか? 朝食以外の朝の準備を手伝ってくれるっていうか」


「そうねぇ~。全部やってるのは珍しいかもね。無いことはないけど。それで、今日はどうする? 今は他のお客さんいないから、何でもできるわよ?」


~朝メニュー~

・朝食(ハムパン、サラダ、ドリンク付き) 500ストーン

・歯磨き 500ストーン

・体洗浄(水魔術仕上げ) 500ストーン

・ひげ剃り(手剃り魔術仕上げ) 1000ストーン

・頭部洗浄(手洗い&水魔術仕上げ) 1000ストーン

・頭部洗浄(水魔術のみ) 500ストーン

・術後の肩、頭部マッサージ 500ストーン


はほう。すごく嬉しいサービスだ。内容的にもいかがわしいお店では無いようだし。

お姉さんは、身長160cmくらいの美人。お尻にばかり目が行っていたが、実は巨乳だ。上にはTシャツっぽい服を着ている。


「朝だと魔術仕上げがメインになりますけど、うちは歯磨きと、おひげの手剃りを売りにしているので、お勧めです」



「ふむ。全部お願いします」


「ありがとうございます。頭部洗浄はどちらになさいますか?」


「手洗い&水魔術仕上げの方でお願いします」


「はぁ~い。朝食を先にされててください。その間に準備しますね~」


・・・・


「では、ここに仰向けで寝てください」


俺は朝食を速効で平らげると、くの字に折れている椅子に仰向けで寝かされた。


「まずは歯から磨いて行きますね。お口を開けてください。うわ! なんですかこの黒いの」


「いや、ごめんなさい。それ、虫歯の治療跡です。私、生物魔術による歯の治療ができないとこから来まして。今は痛くはありませんので、気にせずお願いします」


「そうだったんですね。虫歯の治療が受けられないとか、かわいそうに。では、始めますね」


ごしごししゃかしゃか。きゅきゅ。

お姉さんが細い木の棒を口の中にいれ、磨いていく。なんと、魔術を使っている。細い棒を触媒として魔力でブラシを出している。歯間部分にも魔力を入れて綺麗にこさぎ取ってくれている。


「はい、一度うがいしてくださ~い」


つばが溜まって不快になると、すぐにうがい休憩をしてくれる。


そして、奥歯の方の施術に夢中になると、おっぱいが顔に接近するのだ。女性特有のいい匂いがする。そして、たまにほっぺやおでこに重量物があたる。なにが、とは言わない。

歯磨きもうまいし、距離感も抜群。


「はい、次はひげ剃りです。そのままで結構です。お口を閉じてください」


そのままひげ剃り開始だ。さっきの小さい棒は、ゴミ箱に捨ててしまった。どうやら使い捨てらしい。

口を閉じると、ひげ剃り開始。お姉さんは、なんと手で直接剃っている。ローションを顔中に塗りたくられ、両手で顔をなでなでされながら、手から何やら魔術でひげ剃りカッターみたいなのを出して、じょりじょりと剃られていく。


「眉毛繋がっていますが、少し整えましょうか?」


「ふぁい」


言葉にならない言葉がでた。一応、理解されたらしく、眉毛を整えられていく。


「次は頭ですね」


くの字に折れた椅子を下げて、ネックレストを取り外すと、洗面台みたいなところに頭を乗せられる。

美容院みたいな感じ? 床屋さんはうつ伏せだし。


顔の上に布を置かれて視界を塞がれる。

その状態で頭に何かを付けられ、両腕でわしゃわしゃされる。

おおぉ~上手だ。気持ちいい。頭はその後水魔術で綺麗に水分を切られる。


「次に体を洗いますね」


おおおおお~~~~~

相変わらず服を来たままだが、水温が人肌くらいで気持ちいい。


いつもの洗浄魔術と違って、結構、水の振動がきめ細かい。

体の洗浄魔術のやり方は、ピンキリと聞いていたが、この人は結構レベルが高いのでは無いだろうか。

何というか、雑では無いのだ。皮を剝かれてキュポンとされるような雑さはない。丁寧に優しく剥いてくれた。


温泉によくある泡風呂に浸かっているようだ。洗われながらとてもリラックスできた。寝汗のべたつきも取れたし最高だ。


「は~い。最後はマッサージしていきますね。お客さん他に居ないし長めにしますね~。お時間大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


お姉さんは、しっかり、丁寧に肩と頭部マッサージをしてくれた。

朝からとてもリラックス&リフレッシュできた。

これで4000ストーン(≒4000円)。安い!


俺は、常連になることを誓ってお店を出た。

ついでにトイレも借りた。掃除が行き届いたトイレだった。


ふぅ~~。


今日も同じコースを堪能。

まあ、御貴族さまに会うし、髭とか体臭とかには気を使わないとね。

自分に言い訳して豆枝氏のアパート前に。時間は、ぴったり朝の6時だ。


「揃っていますか? では、行きましょう」


『異世界工務店』一行は、ぞろぞろと強制労労働署に向けて歩き出した。


・・・・


入り口の異様な雰囲気と『サイレン強制労働署 タマクロー本部』の看板をスルーして、俺たちはずかずかと事務所の中に入っていく。何人かはこの不穏な文字列にぎょっとしていたが、大半は文字が読めなかったようだ。


昨日、話は通していたので、中にはすんなり通してくれた。


「おう! よく着たな」


昨日と全く変わらない超絶美少年がそこにいた。


「ディー様。日本人技術者集団を連れてき来ました」


「ご苦労」


朝からリラックスしすぎて、接し方を忘れてしまいそうになる。しかし、目の前の美少年は高位のお貴族様だ。


「それで、そいつらが日本人技術者集団か?」


「オス!」


「いや、朝からそれはいいから。あれは工事現場だけの話だから。常時そのテンションは疲れるから。マジ頼む」


「わかりました。彼らが日本人技術者集団。『異世界工務店』といいます。材料制作から加工、施工までなんでも出来る集団です。何かできる仕事があれば、なんなりと」


「う~ん。その『工務店』という技術者集団がピントこないんだがなぁ~。ここでは、専門技術者が細かく別れてて、何をするにも手配や監督が面倒くさいしな。貴族の利権の縦割りの部分もあって、面倒でしかたがないんだ。それからタビラ。まだ言葉が堅い」


俺は、後ろの豆枝氏に少しだけ確認をする。


「豆枝さん、うちらはトータルパッケージってことでOK」


「大概のことは出来るとは思いますが、その、貴族様の縦割りの部分はよく分かりません」


「いよし。わかった。おい。ベガス」


「はい」


「うちの屋敷に、ほれ。放置してる離れがあっただろう。庭師用の一軒家が。あれはまだそのままか?」


「はい。そのままでございます。基礎は丈夫に作っておりますが、上物は手入れもしておらず、人が住める状態ではないと思います」


「よし、お前達。その離れの修繕を依頼する。委託費は、そうだな、タビラの紹介でもあるし、情けをかけよう。仕上がりがどうなろうが、10万ストーンやろう。前金だ。気に入れば相応の追加費用を支払おう。気に入らなければ更地にするだけだしな」


「おいおい。細かな仕様とかどうするんだよ。ここでは貴族のルールで勝手に作ってはいけないものとかあるんだろ? それから納期とかよ」


「仕様の全てはお前達に任せる。それから、貴族のルール? この街でな、タマクロー家の名において、”オレの家”を修繕するのだ。今回はそんなものは何も考えなくてよい。時間は、今日から3日やる。3日後のオレの仕事帰り。23時くらいか? それまでにお前達の満足いく家を造ってみせよ」


「おい、3日とかマジかよ。大丈夫? え?」


俺は『異世界工務店』職員達の表情を見て絶句した。この目はまずい。


この目は、あの目だ。昔、エロ本を買って家に帰るときの目。いや違う。エロ本でなくてプラモデルだろうか。

とにかく『はやく造らせろ』と言っている目だ。造りたかったものを変な貴族的ルールでダメと言われてムカついてたところに”何も考えなくてよい”と言われ、それを即座に”何をしてもよい”と脳内変換しているものと思われる。おそらく、日本人的拡大解釈、すなわち魔改造する気まんまんの顔だ。


ん? いや、待て、まさか、あの人は確かバイクメーカーの人だ。その人が完全に破顔している。まさか。いや、そんな・・・この依頼は家の修繕のはずだ。

下手に魔術で体が若返って活性化しているのだ。オヤジ達20人の技術者集団を舐めてはいけない。いや、女性もいるんだけど。


「それでOKのようだ。だが、ディー。後悔するなよ?」


俺は彼らの代わりに返事をしておいた。一応、どんなものが出来ても後悔しないよう釘を刺しておいた。日本人、魔改造好きだからなぁ。どんな仕上がりになるのか俺でも想像つかない。きっと斜め上を行ってくれるはずだ。


「ベガス。日本人達を屋敷に案内せよ。屋敷への入場許可などは俺の名前で許可書を出せ。それから、タビラ、今から話がある。ここに残れ」


俺たちはここで解散したのだった。


その後、ディーに説教された。どうも、ガイアとディーを脳内変換してしまい、ガイアと接する感じになっていたようだ。超美少年に怒られてもいまいち実感が湧かない。


それにしてもこの美少年。即断即決のイケメンだ。


その後、俺は昨日の仕事場に移動し、せっせと植物の茎を使った触手術を駆使しつつ、石積みの解体工事を進めていった。


この触手は結構使える。触媒となる茎は、そこら辺の普通の植物。そのうち、マイ触手茎を手に入れたい。この触手、植物の茎の長さや太さ、くびれ方で、微妙に触手の出来に違いが出る。色々な茎を試して、自分好みの触手を探すつもり。


ちなみに、今日の報酬も昨日と同じ1.2万ストーン。


・・・・


今日は、食事処で待ち合わせではなく、一旦、アパートに戻ってきた。


ここのアパートは、国の補助によりただで借りているもので、玄関から入って6畳くらいのリビングと4.5畳くらいの小部屋が2つ、それにトイレが付いている。もちろん水洗だ。風呂と炊事場はない。

リビングでくつろいでいると、嫁が息子より先に帰ってきた。


「お疲れ様。3000円、ここに置いておいた」


ストーンは、感覚的に円とほとんど同じくらいの価値があるため、ついつい、ストーンのことを”円”と言ってしまう。


「・・・」


嫁は黙ってお金を受け取ると、自分の部屋に入ってしまった。嫁は2つある4.5畳の部屋のうちの1つを自室にしている、もう一つの4.5畳は息子に譲ったから、俺は個室無しで、寝るときはリビングだ。


「ただいま~」


息子が帰ってきた。

この世界の学校は、教科書がほぼない。紙が結構高価であるし、印刷技術も無いためだ。そのため、学校帰りでもほぼ手ぶらである。

たまに書類が配られることはあるので、鞄は持たせている。


「おかえり。今日は何もなかったのか?」


「うん。部活とかまだ決めてないし。でも、今日は話とかしてて遅くなった」


「そうか、話は飯屋でしようか。お母ちゃんを呼んできな。出かけるぞ」


・・・・


この街には飯屋がとにかく多い。お金をケチろうと思えば屋台という手もある。しかし、うちは共働。経済力はあるし、体は疲れている。なので、椅子のある食事処を利用することに。


今日は、シーフードが食べられるお店。


「それで、シラバスは提出したのか? お前は、木ノ葉ちゃんとか晶とかと一緒に行動するんだろ?」


「シラバス出したよ? 一緒に授業受けたいって人とかから声をかけられた」


「ふ~ん。その人と一緒に決めたのか?」


「うん。夏に合宿があるやつとか入れた」


「ほう。楽しそうだな。そういうの、どんどん行きなさい」


俺は、魚の塩焼きとサラダをつつきながら話を聞く。


「今日ね。ドリルの人と会った」


「何? ドリル?」


「お父さんロマンって言ってたじゃん」


「ん? ああ? なんだっけ? ドリルって色々あるだろ」


「色々あるんだ」


「そうだぞ」


「友達が出来た」


「そうかー。よかったなー」


俺はワインをぐびりと飲み干して、未だに論理的でない日本語を駆使する息子を少し心配した。

中学生になるというのに少しコミュ障ではないのだろうか。あ、俺もコミュ障だった。


俺は、息子との会話を楽しみつつシーフードに舌鼓を打った。

これで一人1000円くらいは安い。

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