第26話 日本人大移動 異世界11日目 5月中旬
早朝、俺はいつものトイレで用を足した後、便器に向けて手を合わせていた。
(お世話になりました)
ここにはさすがにもう戻ってこないだろう。おそらく、これが今生の別れだ。
こいつのおかげで、俺は命拾いした。あそこでぶちまけていたら、俺の社会的命は死んでいた。
ここに来て、かれこれ10日と1日。腸過敏、ほとんど治ったかも。今は仕事をしていないから収まっているだけで、再発の危険はあるけど。
(ありがとう)
もう一度、感謝を念じて部屋に戻る。
・・・・
家族で全ての荷物を抱え、ぞろぞろと兵舎横の馬場に集合する。
途中で木ノ葉ちゃんと小田原さんに合流。
小田原さんとは、サイレンで一緒に仕事探しをすることになっている。
「はぁ~い。騎乗トカゲを選んでください。体格に合うヤツを選ぶように!」
はい、どうどうどう。俺は、中くらいのトカゲをゲット。朝のトカゲはひんやりしてて気持ちがいい。
息子と木ノ葉ちゃんは小さめのヤツだ。
ちびっこ2人は昨日買ったメット、膝当て、肘当てを身に着けている。
俺は、蛇皮の編み上げブーツ、騎乗用のズボン(お尻と内股に厚めの皮が張ってある)、黒白ギザギザ模様の薄手のマント(これも何かの皮)、手袋に鍔広のハットにサングラスを装着。
スパァァン!
いい音が鳴った。音源は俺のケツだ。
騎乗トカゲに麻袋入りの荷物を取り付けていると、後ろからお尻を思いっきりぶったたかれた。不意打ちだ。障壁出なかった。実は少しだけ自動で出るようになったのに。悔しい。
でも痛くはない。なぜならば、ズボンのお尻の部分には、分厚い皮が張ってあるから。
うぉ!?っと思って振り向く。
叩いた犯人は流線型の動きで地面をさぁっと滑り、俺の前でくるっと回って制止。
「ほい。姉への手紙じゃ。よいか? 姉の名前はティラネディーアじゃ。屋敷に行くより、工事現場を直接訪ねた方が話は早いと思う。ところで、すごいマントをしておるのぉ。まあ、達者でな・・・・でわの」
姉が工事現場の監督をしているガイアだ。
約束通り、手紙を書いて持ってきてくれた。感謝だ。
ガイアの格好。今日は、騎乗ズボンの他に鎧パーツが昨日より多い。腕とか肩とか肘とか、それから頭にハチガネみたいなものも。靴はブーツ。
昨日の話通り、この輸送隊に参加するのだろう。忙しいのか、すぐに去って行くようだ。『でわの』のあたりで少し優しい表情をされた。
「達者でな。死ぬなよ」
「おぬし・・・・同時に複数の女を口説くと、嫌われるぞ?」
ガイアは、そう言って、去っていった。
片手を上げて『分かった』というジェスチャーをしながら。ローラースケートのような動きで。
あの土魔術走法、上手になったんだな。わずか1日で。
でも、言っている意味は分からなかった。
受け取った手紙は折りたたんで封筒に入れてあり、開け口の部分に封がしてあった。これって、封の部分が取れたら無効だよなぁ。慎重にたすき掛けのポシェットに。手紙とは別に1枚のメモもあった。住所が書かれているようだ。文字はまだ少ししか読めないが、なんとかなるだろう。
何故かポケェーとしてしまった。10日間の王城生活もこれで最後。短かったけど、色々あった。濃い時間のせいで、日本が遠い国のようになってしまった。
周りを見渡してみる。
結構、ヘルメット(頭部の防具)を被っている人がいる。
大人はサングラス率が高い。
宰相そのほかのラメヒー国関係者が見送りに来ている。
何かとてつもなく大きな荷物を持ち出している集団がいる。イネコおばあさんだ。何入れてんだよ、それ。おばあちゃん組は荷馬車(竜車?)に乗って移動するみたいだ。
指示が飛ぶ。
「ひとまず、王都の城門外に移動してもら~う! そこでもう一度集合だ! トカゲを受け取った者から出発! 時間は限られているぞ! 動け!動け!動け!」
我々は、トカゲに騎乗し、スッタスッタと馬場から王都城門前に向けて移動を開始した。
息子も嫁も木ノ葉ちゃんも無事に付いてきている。順調な出だしだ。
・・・・
「クラス順に4列縦隊だ。急げ!」
今日は移動の本番。集団行動だ。この辺は、何回か訓練したのだ。
練習通り、多比良家+木ノ葉ちゃんの4騎で並ぶ。
トカゲ達は優秀で、思い通りに動いてくれる。1頭欲しくなる。
日本人達が続々と集まってくる。
日本人達の周りには、我々を守るように騎馬隊(騎竜隊?)が囲む。
実は、行軍演習は2度ほど行った。
集合して王都の周りをぐるぐる回っただけだけど。
その時は結構ぐだぐだな奴らがいたが、さすがに今日の本番はきびきびしている。
先生達が点呼を掛けている。
「今日の移動は、事前に知らせた通り、約45分走り15分の小休憩を挟む。12時には1時間の大休憩を取る。隊列からはずれるな! 時間的に余裕を見ているとはいえ、時間は有限だ。日が落ちたら、城壁の外は危ない。順番は1年1組から、最後は3年3組だ。移動砦が先導し、我らはその後に続く。このクラスは私が先導するので、付いてこい!」
強面の大きな男性兵士が声を張り上げる。
俺ら4人(多比良家3人+木ノ葉ちゃん)は、実は最前列なので、至近距離だ。
この騎乗トカゲ、距離100キロの移動くらいなら、時速15キロくらいで走り続けることが可能だ。
このことは、45分の連続走行で11キロくらい進み、1時間に1回の15分休憩と1時間の大休憩を挟んでも、10時間くらいの移動時間で100キロの距離を走破できる、ということになる。
作戦は、7時に出発して17時到着の予定、今の日の入りが19時前だから、余裕は2時間弱ということになる。ちなみに今はまだ6時45分くらいだ。
子供の体力で10時間は大変だろう。必ず落伍者は出る。そういった人達のために、空にした荷竜車が用意されている。
それから、移動や休憩は子供のクラス単位(大人を入れて約67名)で行う予定だ。
先頭には、王国の移動砦(!)が配置され、その後ろに若い順で続く。
なんでも、恐竜は先頭の集団より、中盤以降の集団を襲うことが多いらしい。安全な先頭集団に1年生を配置したということだ。
待つこと数分。王国自慢の移動砦が出現。
移動砦。こいつも実は講義で習ってはいたが、見るのは初めてだ。『反重力』魔術の粋を集めて造られた軍事兵器であるらしい。
反重力があるならば、何でこの国のあらゆる所に浮遊物体が浮いていないかというと、とても量産できるものではないとのこと。ちなみにこの移動砦、反重力といっても地上数mくらいの所で浮いているだけだ。
移動砦は、縦幅50m、横幅25m、高さ20mくらいの大きさで、なんというか長靴のような形をしている。表面は石積み模様をしていた。本当に石積みではないと思いたいが。
地上数mの浮遊とはいえ、そんな巨大なものが滑らかに動いているのを見ると、ここは異世界なんだなぁという気になる。
ちなみに『ゴゴゴゴゴ』とかいう音はしない。『ピュォォォー』という風切り音が聞こえる。
その移動砦が徐々に近づいてくる。
歓声が起きる。
日本人だけで無く、ラメヒー王国側の兵士も声を上げている。俺も歓声を上げたくなった。これはかっこいい。まさに陸上戦艦。
その時、城壁の上から音楽が流れてきた。
楽隊がいるようだ。我々を鼓舞するようなアップテンポの曲が聞こえる。
俺も気分が高まる。軍隊に楽隊がいる意味が解った。こういった演出って必要だ。
「出発! 移動をぉ~開始せよぉ!」
隊長が、先頭の俺らに目を合わせて伝えてくる。
俺は、隣の子供達に気を遣いながらトカゲに出発の合図を送る。
時計を見ると7:00ぴったりだった。
・・・・
走る走る。顔や体に風を受けてひたすら走る。
時速15キロと言えば、フルマラソンを3時間弱で走破出来るくらい?
そう考えると楽勝に感じるが、移動時間が10時間だから、結構体力が必要だろう。
今はまだ『気持ちいい~』と感じる程度だ。
目の前は、1年1組引率役の大柄な男性騎士。
その100mくらい前には巨大な移動砦がピュウピュウと音を立てながら進んでいる。
よく見ると、砦の頂上や窓から外を監視している人たちがいる。
出発からおよそ10分。少し余裕が出てきたので、あたりを見渡してみる。
俺から見て右手側は、見渡す限りひたすら平野だ。サバンナといった感じかな? いるのはライオンの代わりに恐竜だけど。左手側は、しばらく平野だが、少し先には森があり、さらに遠くには山が見える。
俺らの列は、一番右手側に俺、逆サイドに嫁、中央にちびっ子二人の布陣だ。ちなみに1つ後ろの列には小田原さんがいる。
ひたすらスッタスッタと走って行く。このトカゲは本当に優秀だ。鳴かないし臭くないし暴れない。人懐っこい。走り続けても1時間くらいなら水も食料も不要らしい。うん。優秀だ。
俺は一番右手にいるので左手側をチラチラ覗きながら走っている。ちなみに隣は木ノ葉ちゃんだ。
木ノ葉ちゃんとたまに目が合ってしまう。
彼女と出会ってから10日。色々な偶然が重なって隣に居るわけだけど。この子はこの先どうするのだろう。この子も息子と同じ今年13歳のはず。13歳で保護者なし。
うちで面倒みてやるか? ただ、子供一人の生活費と新しい仕事の収入の程度が分からない。本人の意思もある。日本人会の基金やラメヒー王国の支援に期待するしかない。
そんなことを考えながらも、トカゲは進む。
・・・・
ピピ~~~~~!!
「げんそぉ~く! 減速せよぉ! 休憩に入るぞ!」
1回目の休憩。時計は8:00。先頭集団は、他より少し進んだ位置で最初の休憩を取ることになっていた。
体力はまだまだ余裕。だけど、このサイクルをあと8回。ちゃんと休まないと。
休憩時間には人とトカゲの水分補給。トカゲから一旦降りて、リラックスすることも肝心だ。
「木ノ葉ちゃん。大丈夫だった?」
「はい。練習通りやれました。全然疲れていません」
「そうか。あと、コレを残り8回だ。痛いところとか違和感とかない?」
「はい。大丈夫です。鞍も鐙も手綱も、荷物の紐も異常無しです」
「うん」
つい頭をなでそうになる。余所の子なので我慢だ。
・・・
「出発だ! 隊列を組めぇ!」
トカゲから降りて5分くらいで出発の合図だ。短い。でも、まあ、休憩15分とはトータルの時間だ。
到着してからのゴタゴタで5分。再出発の整列に5分。なので、休憩15分で出発しようと思うと休憩時間は5分くらいしかとれない。
少し厳しい気もするが、何せ9サイクルもあるのだ。1回で5分余計に係ると合計45分も遅れが出る。
そんな訳で再び出発!
代わり映えしない風景をスッタスッタと進んでいく。
遠くで恐竜の群れを発見するも、すでに飽きた。人とは慣れるものなのだ。
街道では、1時間に一度くらいは反対側からの荷竜車集団とすれ違う。
すれ違う瞬間は、速度差で結構な迫力を感じてしまう。
御者さんが手を振ってくれた。こちらも手を振り返す。
・・・・
そんなこんなで、2回目以降の移動もつつがなく行われ、そろそろお昼の時間。
「よぉ~し! ここで大休憩だ! 全員道の脇に移動だ!」
ここでようやくお昼ご飯。朝は早かったのでお腹減った~。
「体は大丈夫か?」
息子に問いかける。
「はぁ~もう疲れた。太ももとか足首とかが痛い」
息子はヘルメットと肘当てを外しながら、そう答えた。
俺の内股と足首は全然大丈夫だった。騎乗ズボンと編み上げのブーツは買って正解だったようだ。
ここまでの移動は開始から5時間。
中学1年生に疲れが無いわけがない。自動車の助手席でも、5時間の移動は疲れるだろう。
でも、もう半分は過ぎている。
休憩後の回復に期待だ。
お昼ご飯は焼いた肉とパン。
水筒から注いだ水を飲みつつ、昼飯を流し込む。
わずか5分で食べ終わった。これなら、買い出しの時にちょっとした食料を買っておけばよかった。
出発まで、後40分以上ある。
よし、ストレッチしてから寝るか。
俺は、予備の麻袋を地面に敷いて、軽く足をストレッチ。その後はマントを被り、荷物を枕にして寝ることにした。
・・・・
「ふぁあ」起きた。少し早めだったらしく、ちびっ子二人と嫁はまだ寝てた。麻袋の上で。
俺は先にトイレを済ませ、枕にしていた荷物をトカゲに取り付ける。
その後は、装備のチェック。荷物の紐を補強したりして過ごす。子供らの荷物もチェックしてやる。
そのうち、ごそごそと嫁や子供達も起きてきた。
移動昼の部、開始だ。
・・・・
ね、眠い。すさまじく眠い。
お昼寝したのに、眠い。
代わり映えのしない景色と単調な揺れが眠気を誘う。
トカゲ騎乗が快適な反面、まさか眠くなるとは。
寝たらやばいと理屈では分かっているのに、脳みそが裏切る。
パン。パパパパパン!
遠くで爆竹みたいな音が鳴った。
あれは恐竜避けの音の鳴る魔術のはず。騎乗用のトカゲは訓練されているので、爆音では動じない。
眠気が冷めた。定期的に爆音鳴らしてくれないかなぁ。
・・・・
ドゴォーーーーン!!!
いきなりの爆発音!
移動砦から魔術が放たれたようだ。
「ゴブリン3体巨人1体だ! 仕留めたぞ! 騎士隊3名で魔石を回収せよ!」
モンスターが出た。お目にかかる前に、魔術1発で瞬殺だったようだ。
俺、まだモンスターの本物見たこと無いので気になってたんだけど。
イベント発生!? と思ったのに。また単調な時間が始まった。
でも眠気は収まった。
・・・・
ピピ~~~~~!!
「げんそぉ~く! 減速せよぉ! 休憩に入るぞ!」
時間は16時、これで最後の休憩か。
と、前方で何かもめ事が起きている。
「アンタぁ! トイレ行っとらんかったんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ぬっしゃぁぁぁ食らわすぞゴラァァァァ! 脱げ! 脱げぇぇぇぇぇぇ」
バシィ! バシィィ!
「やめてぇ。おかあちゃんやめてぇ」
母親が泣きじゃくる少年に往復ビンタを食らわせ、ズボンを無理矢理脱がす。
「どりゃぁぁぁぁあああ!」
「あ、アーーーーーーーーーーーーー」
アレは水の洗浄魔術! 使い手が日本人にいたのか!
臭い的に、少年はうん○を漏らしていたようだ。
母親に無理矢理ズボンをパンツごと脱がされ、局部を集中的に洗われている。
あれは子供のハート的に大丈夫なのか? 幼稚園児だったらまだしも、彼は中学生だぞ? まあ、母親だからセーフか。
見ない振りをして休憩に入る。サイレンまであと少し。
そして、俺もあの洗浄魔術を練習しよう。そう心に誓ったのだった。
◇◇◇
<<王都城壁上 マ国大使とその部下>>
「イセ様~。日本人達、行っちゃいましたね。王城が静かになっちゃいます」
「ようやくあのサロン室の周りも静かになるのか」
「私の変なおじさんが~楽しみがなくなっちゃいましたぁ~」
「まだ、剣士と自称聖女がおるじゃろ」
「ん~。彼らは爆発力はありましたがぁ、飽きが早いっていいますかぁ。浅いんです」
「何だよ浅いって。お主、剣道始めたらどうだ? ヒマなんだろ? 最近、グィネヴィアの奴らもおとなしいしの」
「剣道って楽しそうなんですが、アレって角が邪魔になるんですよねぇ。私には向きません」
「そうかのぅ。お主、剣道させたら強そうじゃが。400年前の魔王暗殺事件な、あれ、刃物で切られておったんだぞ? 剣道と関係あると思わんか? それと、そういえば、ほれ、あれじゃ。まだ勇者がおるじゃろう?」
「そうでしたねぇ。勇者の力はまだ未知数でした。私の変なおじさんと勇者、どちらが上か勝負ですね。イセ様、勇者との面会はないのですか?」
「お主、面会あんなに嫌っておったのに・・・今の所、面会の予定は無い。ラメヒー王国から謝罪の申し出はあったがの」
「だぁって、彼らがあんなに面白いなんて思わなかったんですよぉ~。謝罪ちゃんと受けてまた連れて行ってくださいよぉ~~。でわでわ、勇者に期待して、ひとまず、変なおじさんとはさよならですねぇ」
「お主、楽しんどるのぉ」
「イセ様もまだお若いんですから、楽しんでいきましょうよぉ。損ですよ!」
マ国の2人は今日もヒマを持て余していた。
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