第16話 異世界講義 多比良vsイネコ ねっとりランスの脅威 異世界9日目 5月中旬

数日飛んで異世界9日目の朝がきた。


明日の10日目は、朝礼の後にお買い物をする予定。

これまで、トカゲ騎乗訓練で王都の周りをみんなでぐるぐる回ったことはあった。しかし、城下町に出るのは始めて。

支度金が出るらしく、みんなで旅の準備や生活用品を購入する予定に。

夜は国が壮行会をしてくれる。お酒も出るようだ。


つまり、Dチームでの訓練はこれが最後日。

古都サイレンに着いたら、中学生は学園入学。大人達は仕事。Dチームはばらばらになってしまう。


正直、少し寂しい。


・・・・


恒例の座学。子供達と一緒に授業を受ける。


いつもの糸目の女性が壇上に上がる。


「は~い。今日の講義は、モンスターに対抗するための組織や、兵種について概要を説明します。まずは、そもそもスタンピードとは何か、からですね」


この世界特有のキーワード『スタンピード』。これが結構謎だ。


「この世界のモンスターは、スタンピードを起こします。その頻度は一年に一回。発生場所はほぼランダムですが、スタンピード発生の半年前、すなわち9月に前兆が現れます。この前兆のときに現われるのが『転移門』です。そして、毎年3月上旬から中期にかけて、この転移門から現われたモンスターが、近くの人類拠点に向けて一斉攻撃をかけてきます。スタンピードの規模は毎年変わりますが、1カ所あたり概ね数万体程度です。あ、今の数値は空母型の羽虫は除きます。世界各地に散らばる人類は、このスタンピード戦に備えるため、魔道戦力の育成を国家戦略の柱としています。我が国の場合、その戦力の一つに、『ハンターズギルド』があります」


でたな、ギルド!


「ハンターズギルドの最大目的は、スタンピードの発生地点に出現する転移門の早期発見です。転移門は、必ず人間の都市周辺に出現します。概ね、都市の城壁から100km以内といったところです。この転移門は9月中に出現しますが、これをいち早く発見すれば準備期間を長く取ることが出来ますので、有利にスタンピード防衛戦を行うことができます。転移門の周りに砦を築いたり、近くの都市の城壁を強化したり、といった具合です。なので、このハンターズギルドは半国営です。国の特命を受けて転移門を探し、その後はそれを監視をするための組織が本来のハンターズギルドと覚えていてください。しかし、それだと年の大半は遊んでしまうので、転移門を見つけて監視を置いた後は野良のモンスター狩りを行います。このモンスター狩りは、魔石目当ての狩りだったり、討伐依頼を受注して行ったりしています。このギルドは、基本的に兵士の訓練を受けなければ就くことができませんが、皆さんも手続きを踏めば入隊可能なはずですよ? 興味のある方は、ギルドに問い会わせれば、詳しい情報が入手可能です」


ラノベでいう冒険者ギルド? いや、違う気もする。


「次に兵種ですね。兵種には、大きく魔道兵、魔術障壁兵、その他随伴隊に分けられます。魔道兵はさらに分類され、メインは攻撃魔術を打つ上級魔道兵となります。攻撃力の高さから上級の中に上位のエース級、最高ランクの英雄級というランクも存在します。対スタンピード戦闘の最重要部隊であり、花形です。ちなみに、上級魔道兵はモテるんですよ~? だって、入手した魔石の権利が多めに振り分けられるからです。だから、彼らはお金持ちですね。それから、攻撃魔術士達のサポートを行う一般魔道兵がいます。一般魔道兵の役割は、攻撃魔術士に魔力を供給したり、肉薄してきたモンスターを魔道障壁で守るという役割があります。次に随伴隊ですが、この隊は主に補給などが任務ですが、この中から抜刀隊が組織されます。抜刀隊は、肉薄してきたモンスターを魔力兵装で切り伏せたり、広域攻撃魔術で吹き飛んだ死にかけのモンスターに止めを刺したり、魔石を集めたりと、戦場を縦横無尽に駆け回って活躍します」


下っ端は消耗が大きそう。ま、俺には関係ないか。


「・・・では、授業はこれで最後です」


次の実技講習は、トカゲ騎乗を選び、4人で馬場をぐるぐる回った。

明後日は、これで100キロを走破する必要がある。


・・・・

<<四阿のある訓練場 午後からの実地訓練>>


野球少年の投げた土塊が俺に向かって飛んで出来る。

相変わらずの剛速球、シュルシュルシュルと音をたて、吸い込まれるように自分に向かってくる。


「う、あっぶ」 ドッコオオオオオオン


避けた! と思ったはずのボールが俺の真横で爆発する。


衝撃で横に吹き飛ばされる。バリアのおかげで怪我は無い。でも音が大きかったから鼓膜が痛い。


俺は着地と同時にダッシュ。ラグビーのように斜めに走る。ランダム軌道で狙いを付けさせない。


「取ったぁ!」


俺は少年の後頭部に思いっきりフックを放つ。が、それは少年の魔術障壁に止められる。


「ま、参りました」


野球少年こと、高遠武くんが降参。


「いやいや。武くん。避けたと思ったのに爆発とは。あれ、どうやって?」


「あれは、着弾のタイミングを予想して、爆発するようにしてたんです」


「時限式か! 相当、自分のピッチングが分かってないとできない芸当じゃない? すごい」


とりあえず褒めておく。武くん嬉しそう。


俺らDチームは、結局最終日まで教導官が付くことは無かった。

だから、適当に好き勝手やってる。


今日のDチームの訓練方針は、1対1。


他の人は、空手の乱取り中。イネコおばあさんは、四阿で休憩中だ。


次の俺の相手は綾子さん。

彼女は一児の母。若くして子供ができたはいいが、旦那と別れてシングルマザーに。目つきと言葉使いが悪いので、元ヤンキーではないかと踏んでいる。

だけど、綾子さんは何故か俺に対してフレンドリーだ。


お互い十分距離を取ったところで、試合開始。

綾子さんは、ただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くする。


一方の俺は、攻撃手段が肉弾戦のみ。だから肉薄一択。

俺は綾子さんに向けて先制ダッシュを仕掛ける。


綾子さんは大きく振りかぶって、土塊を投げる。


「しっねぇぇぇ~~!」


死ねっつた? 死ねって言ったよね! くっそ、こいつは絶対おっぱい触る。どさくさに紛れて触る。綾子さんのバリアは少し柔い。殴ってぶち破ってやる。


シュシュシュシュというボールの風切り音が聞こえる。

こんな球、どうとでもなる。球速は、高遠くんより遅い。


余裕で避ける。

しかし、弾道が不自然に曲がる。カーブかよ! いや、カーブどころでは無い。これはまるでホーミング!


曲がった玉を必死で避ける。

が、もう一発来た!

まずい! このコースは当たる。かくなる上は。

前方のバリアを3重から5重にして、そのまま突撃!!


ドコォ!


鈍い音がして土塊が砕ける。こちらもバリア1枚が割れた。すごい貫通力だ。


「ハァァ・・ゴラァ!」


肉薄に成功! 綾子さんはしゃがんでしまっている。

下方への攻撃に変更! 綾子さんに手刀を振り下ろす。

バチィ! もの凄い音がして障壁で防がれる。これで俺が勝ちのはず。


「セィ!」


だが、綾子さんはハイキックを繰り出してくる。俺の延髄を狙ったかなりえげつない蹴り技だ。

こ、この女ぁ、肉薄したら俺の勝ちのはずなのに。ルール無視して反撃してくる。


「ドッセイ!」


俺は抜き手で綾子さんのバリアに手を突っ込む。障壁は、最初は柔らかく、徐々に弾力を帯びてきて途中で止められる。

そのまま障壁を掴んでみる。あ、掴める。手に魔力を集中させる。

もう片方の腕も抜き手の横に差し込む。障壁を引き裂くイメージで思いっきり、左右に引きちぎる。


バチバチバチバチ 障壁が音を立てながら割れていく。


「ひゃ? 割れんの? コレ。え? ちょっ!? タンマタンマタンマタンマ」


綾子さんは背中を見せて縮こまった。


パン! 空気が震える。障壁が割れた!?


「おりゃぁ」


気合いを入れて触ってみる。後ろから鷲づかみ。むにぃ・・・あ、触れた。


「き! このっ!」


きゃあと叫ぶか、怒るかと思った。でも、綾子さんは胸を押さえて目で抗議するだけだった。


「・・・」


「・・・」


数秒見つめ会う。その間、俺の手はおっぱいを・・・


「いや、なんかごめん」


鷲づかみにしていた手を相手の腕とおっぱいの間からゆっくり引き出す。


「ま、まあ、バリアあるはずだしね。事故よね事故。でも、手つきがいやらしかったけど?」


「いや、バリア割ったし、触ってみようと思ったら触れた」


「わ、わざと触ったの?」


「触ったけど、いや、勢いというか、触れるとは思ってなかったけど、いや、なんかごめん」


「まあ、いいか。このくらいで騒ぐ年頃でもないしね。私の、もうしぼんじゃってるし。触っても嬉しくないでしょ?」


「いや、そんなことなかった。ちゃんとむにっとした」


「うはっ!」


綾子さんにちょっとウケた。

しかし、横にいた晶が信じられないモノを見たような目をしていた。


・・・


いや、一旦、四阿に戻ろうとしたら、イネコおばあちゃんがいない。

また、広場の中央にいるし・・・

今日もやるようだ。


・・・


「う、わぁあああああ」


四方八方から炎、水、風、雷の蛇がのたうち回る。

どこに逃げても逃げ場は無い。

イネコおばあさんは車椅子に座ったまま、両腕を少し上げて手を右へ左へ動かしている。あれで蛇を操っているらしい。


俺は一番弱い風の蛇にバリア全開で突撃し、突破を図る。

火は熱い、水は質量があって突破できない。雷はつぎはぎバリアでは完全に防げずに感電するのだ。


「うぉぉぉぉぉぉ」走れ!走れ!うなれ、おれの筋肉!


しかし、風の蛇にぶち当たる。体がふわっと宙に浮いて、地面を蹴れなくなる。


「げ!?」


俺は、とっさにバリアを一枚その場に固定し、それを蹴って風の蛇を逃れる。

咄嗟にやったけど、これは空中戦も結構いけるのでは?


今だ! 突撃! 土魔術を使って肉薄する。


しかし、イネコおばあさんの車椅子がいつの間にか消えている。

探すとかなり遠くまで移動していたようだ。

あれは土魔術による車椅子操作だ! 車輪の回りの土が盛り上がっている。


取り残された俺に4匹の蛇が襲いかかる。

今度は火の蛇を突破だ。今の状態では熱いためバリアの枚数を増やす。 


すると、イネコおばあさんは”すっく”と立ち上がる。


は? 立てんの?


イネコおばあさんは、両方の手で、ぞうきんを絞るような動作をする。

すると、4匹の蛇が絡み合いながら俺を包囲し、締め上げる。

俺は、感電しながら、水没しながら、熱い思いをしながら、浮き上げられる恐怖に耐えながら必死でバリアを全力展開させる。逃げ足は感電でまともに動かない。


イネコおばあさんが、右足を一歩後ろに下げ、右腕を天に掲げる。

一瞬で大きな炎の槍が出現する。

 

おいおいおいおい。冗談じゃないぞこのBBA。


イネコおばあさんは、つぶらな瞳のまま、投擲のポーズに入る。


一方の俺は何もできない。バリアを信じて耐える。


イネコおばあさんが槍を投擲! まっすぐ飛んでバリアに着弾!


「あっちぃ! ぎゃぁぁぁああああああ!」


バリバリバリバリバリバリバリバリ・・・・・・・・・・・・

ボォ、ボォオオオ、パチィ、パチィ・・・・・・・・・・・・

あの槍、普通じゃ無い。ねっとりとした質量を帯びている。ねっとりしたものがバリアに覆い被さる。熱と感電で気が遠くなる。

どういうつもりだこのBBA。ぼけてて加減が効いていないのか?


意識が遠のく。

だが、まだだ、まだやらせはせん! バリアを出しながらしゃがみ込む。ふと、足下にねっとりが付いていないエリアを発見!!


一か八かだ! 展開中のバリアを全てその場に残し、穴から脱出を図る。地面を土魔術で動かす。


「どおぉぉりゃぁ!」


蛇とねっとりマグマから脱出する。土魔術を使い、咄嗟に地表をベルトコンベヤのように動かして体を高速で移動させる。

安全圏まで離れると感電も熱もなくなったため、いつものごとく土魔術を利用した走法でBBA向けて走り出す。


「ちぇすとぉー」


BBAの背後を取り、手刀をたたきつける。しかし、BBAの凝り固まったガチガチの魔術障壁に止められる。


イネコおばあさんは、のたうつ魔術の蛇を消して両腕を上げた。


勝った!? 勝ったのか? 俺の勝利だ!


・・・・


「しかし、あんたって、タフねー」


「いや、なんだか最近、体の調子が良くて。俺もこんなに動けるなんて」


「あ、私も体の調子がいい」


ようやく四阿に戻り、俺、綾子さん、晶の三名で駄弁っていた。


野球少年とスキンヘッドはキャッチボールしている。

イネコおばあさんも四阿にいるが、つぶらな瞳でなにを考えているかわからない。


しかし、さっきのねっとりしたランスは脅威だった。


「最初は、寝酒していないだけと思ってた。でも、魔術のせいかも」


「あ、分かる! なんか若返ってる気がすんのよね。お肌とかつやはりがいいし」


綾子さんは腕とかほほを、自分でなでなでする。


「綾子さんは、生物魔術が適性だっけ? ひょっとして、生物魔術で若返ってる?」


「魔術って、実は美容に良かったりして。美容は冗談でも、体が動くのは本当。私、回し蹴りとかしたことなかったのに、結構様になってたでしょ?」


「俺も以前は足遅かったし。しかも、最近運動不足だったけど、体がよく動く」


「私って、足遅い人に負けたんだ。肌とか体の動きとか、私はあまり感じないかな?」


晶は自分の足や腕を撫でながら率直な感想を述べる。


「まだ、若いから。おじさん、おばさんとは違うのかもねー」


なんて駄弁っていると、不思議な集団が現われた。


「あの~。多比良さん。この度はありがとうございます」


「「「「ありがとうございます~~~」」」」


いきなり女性の集団からお礼を言われた。


最初に声をかけてきた人は、1年1組の担任の先生だ。

問題はこの集団。中学生が15人くらいいる。


全員、上は体操服の上から皮鎧っぽいモノを装備している。

下は、スパッツ、靴下、運動シューズだから、なんか変な格好だ。


後ろの方に、我が嫁がいる。

弓道部関係? だよなぁ・・・


「今回は、私たちのまとになっていただけると言うことで、お礼申します」


「・・・まと?」


嫌な予感しかしない。

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