第47話 囲まれた夜
「眩しっ!?」
息つく間もなく、来た方角とは反対の鉄扉をくぐり抜ける。
照りつける陽射しに目がくらみ、わたしは目を細めた。
どうやらわたしたちを乗せた荷馬車は、龍の背骨と呼ばれる鉱山帯、その内側を突っ切る形で反対側に出たらしい。
「すげぇ、向こう側とはまるで違うや。こりゃジャングルだぜぇ兄ちゃん!」
「ジャングル?」
わたしたちの視界を埋め尽くすのは、鬱蒼とお生い茂る木々や草花。
両脚のない男の子は、はじめて目にする大森林に息を飲んでいた。
ガウェインがジャングルとはなんだと聞いてきたので、わたしは見たままを彼に説明した。
「戦場にいた頃、聞いたことがある。遥か西の地に《約束の大森林》と呼ばれる地があると」
「約束の……大森林?」
「魔族や魔物が覇権を争う樹海。そこに足を踏み入れた者は誰一人として生きて帰ってこない。そのあまりの危険度から、冒険者協会では超危険地帯と認定されている。探索許可が許されているのはBクラス以上から」
「それがここ……?」
「恐らく、伝説のゴブリンロードがいるとするなら、
――ヒヒーン!!
「なに!?」
すると今度は何処からともなく馬の嘶きが響いてくる。一体何処から聞こえてくるのだろうと視線を彷徨わせていると、
「姉ちゃん、
男の子が空を指差した。
蒼穹を駆ける
「樹海を飛んで進む気か」
ガウェインは音と気配で状況を理解していた。
「さあ皆さん、あちらの荷馬車に移動です。ここから数日ほどは空の旅となります」
隷属紋によって従うしかないわたしたちは、言われるがまま空飛ぶ荷馬車へと移動する。
「う、うわぁ!? 本当に飛んだや!」
翼を広げた二頭の
「ヒャぁッ!?」
内臓がふわっと持ち上がる奇妙な感覚に、喉の奥から間の抜けた声が漏れてしまう。
「す、すごい……」
わたしは生まれてはじめて空を飛ぶという、摩訶不思議な感覚を味わっている。
吹きつける風に煽られながらも、鉄格子の向こう側に広がる絶景に、ただただ圧倒されていた。
「……きれい」
自分が奴隷であるということも、これから怪物の餌になりに行くことも忘れ、わたしはこの光景に感動していた。
瞼を閉じて自分が鳥になったと想像する。
大嫌いだった青空に翼を広げ、どこまでも自由に羽ばたく。
思案しただけで胸にぐっと来るものがある。
「ガウェイン、すごいよ!」
この感動を誰かと共有したい。
そう思って身体ごと、彼に振り返ったのだけど、
「……ガウェイン?」
彼は隅っこの方でガタガタと震えて丸くなっている。
「……ひょっとして、怖いの?」
「ここここ怖い!? バ、バカを言うなッ! オ、オレは戦士だ! 怖いものなどない!」
ガウェインはそういうけれど、少し馬車が揺れるたびに「ひぃっ!?」だの、「いぎゃぁっ!?」だの、頭を抱えて一人わめき散らかしている。
「あれ、絶対に高所恐怖症だぜ」
「……うん。だろうね」
わたしと男の子のコソコソ話が聞こえてしまったのか、ガウェインが可哀想なほど震えた声で反論する。
「ししし仕方ないだろ! にににんげんは飛ぶように出来ていないっ!」
「兄ちゃん化物とは戦えるのに、なんで空が怖いんだよ」
「ばっ、化物には抗う術がある! だが、そそそらには、おっ、堕ちたらどうすることもできないじゃないかッ!」
「ようは、怖いんだろ?」
「ここ怖くなどないっ!」
「その格好で言われても説得力ねぇよ」
雨の日、雷を怖がっていた弟のようで、なんだかガウェインを可愛く思ってしまう。そんなことを本人に云えば怒られてしまうので、口にすることはない。
「あっ! 風が止んじゃったや。どうなってんだ?」
「たぶん、そういう魔法が馬車に施されているんだと思うよ」
「なんでそんなことするんだ?」
「ずっと風に吹きつけられていたら凍えてしまうからじゃない?」
わたしも詳しくは知らないけど、雨風を遮断する魔法は存在する。
風が止んだということは、そういうことなんだと思う。
それから
何度目かの夜、荷馬車は開けた地に降り立った。そこは不格好な木造家屋(?)が建ち並ぶ場所だ。
獣が食べ散らかしたような骨が散乱しているところを見るに、ここは魔物の集落だったのだろう。
が、今は誰も棲んでいないようだ。
「ん――」
そう思ったのだけど、
「何か、いる」
地上に降り立ち、高所恐怖症から解放されたガウェインが周囲に神経を研ぎ澄ませている。
「できるだけ中央に、すぐに格子から離れろッ――!」
槍の一突きのような鋭い声が、わたしたちの身体に突き刺さる。
「……ッ」
ガウェインの指示に従い、わたしは病に動けない子供たちの服をくわえ、真ん中に移動させる。
「おいらも手伝うよ!」
両脚のない男の子は片腕で床に伏せる子供たちを掴むと、もう片方の手で地面を這った。
こんなことさえ、わたしたちは満足にできない。
「おい、商人! 死にたくなければすぐに出せッ!」
御者台を下り、掻き集めた木材で火を焚べる男に向かって、ガウェインは怒鳴るように叫んだ。
「どうかしましたか?」
狐顔の男は中腰のまま、上半身をひねってこちらに振り返る。
「囲まれている、魔物だッ! 火なんて焚いている場合かッ! すぐに出せッ!」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
ガウェインの必死の警告も、呑気な男には届かない。
「本格的に……まずいっ」
切羽詰まったガウェインの声が夜に響く。
わたしは祈るような気持ちで周囲に目を向けた。
「―――!?」
闇の中で血に飢えた赤い眼が蠢いている。
わたしたちを乗せた荷馬車は、すでにゴブリンの群れに包囲されていたのだ。
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