第41話 ガウェインと死の商人
見渡す限り穂麦が広がる長閑な村の一角に、荷馬車は止まった。
向かいにはこちらと同様、鉄格子が取り付けられたご立派な荷馬車が止まっていた。
「おいおい、マジでこれ全部引き取るってのか?」
「ええ、ええ。嘘なんてつきませんよ」
「買い手が見つかるまでの維持費だけでも馬鹿にならねぇですぜ、旦那?」
「もちろん、分かっています。その代わり、安くしてくださいよー」
「死にかけのもいるけど……いいのかい?」
「ええ、全部です! 全部買いです!」
檻の中から悪魔たちの会話に耳を澄ませる。
どうやら新たな買い手が見つかったらしい。
今度の奴隷商人は、気障ったらしい羽根つき帽子にマントを羽織った狐顔の男。見るからに胡散臭そうな男だ。
「アネモネ……。どんなやつだ?」
耳元で心地良い低音ボイスの落ち着き払った声が鳴る。わたしより3歳年上の男の子、ガウェイン。少し癖毛な、白銅色の髪が特徴。
幼い頃から少年兵として、戦場で剣を振るっていたガウェインは、剣士としての誇り、右腕を失っただけではなく、両目は光を失っていた。彼は、若くして盲目となった。
「う……んと、歳は若いかな。でも、すごく胡散臭そうな顔してるわ。すっごくヘラヘラしてるし」
「……昔、戦場にいる頃聞いたことがある」
「聞いたって……なにを?」
「オレたちのような使いものにならなくなった奴隷を買いたたき、魔族に売り飛ばす死の商人の話……」
「死の、商人……」
その話ならわたしも少しだけど、前の豚の屋敷にいた頃に耳にしたことがある。
なんでもずっと西にある龍の背骨と云われる鉱山地帯に、恐ろしい魔族が棲みついているという。彼らは人間の頭にかじりつき、骨をしゃぶる。
その地に連れて行かれた奴隷は、誰一人として帰ってこないという。
「……あれが、あいつがそうだって言いたいの?」
「恐らく……」
わたしたちは化物たちの餌として安値で買いたたかれ、生きた食糧として運ばれる。本当に踏んだり蹴ったりの人生だ。
「うわぁ!? これは、すごい臭いですね」
「えれぇ遠くから運んできたからな。ほら、ここらには旦那みてぇなえげつないのがゴミを買い取ってくれるって聞いたからさ。まさか全部まとめて買い取ってくれるとは思わなかったがな。――アハハハ」
癇に障る笑い声に、肩のあたりから失った両腕の付け根がキリキリとうずく。
何がそんなに面白いんだ、この欲にまみれたゴミ虫は。
わたしたちを値踏みする男の眼が、不快だった。
こんなことを言えばガウェインに怒られるかもしれないが、この時ばかりは、このクソ野郎たちの顔を見なくてすむガウェインが羨ましい。
「両腕を失った少女に、片腕に失明……。おまけに病死寸前の子供たち、か。本当に……これでいいんですかね?」
「おいおい、買ってくれるって言ったじゃねぇかよ! そりゃねぇぜ!」
「あーいえいえ、こっちの話ですよ」
どうやら商談が成立したらしい。
狐顔の男は慣れたようすで手際よく隷属魔法の移行を行い。わたしたちに自分の荷馬車に、檻の中に移動するように命令した。
「そこの背の高い、筋肉質の君。盲目のあなたですよ」
「……オレに、何か用か?」
狐顔の男は突然ガウェインを呼び止めた。不気味に微笑む男が左甲を高らかに掲げる。
「令呪をもって命令します。今すぐに袖口に隠したモノを捨ててください」
男の甲がまばゆい光を放てば、「あ゛あ゛ぁ」ガウェインの背中が太陽のように輝きはじめる。それと同時に両膝をついたガウェインの顔は、湯気が立たんばかりに汗まみれとなっていく。
「ガウェイン!?」
わたしは急いでガウェインに駆け寄った。
「――ストップ! 君は檻に入るんだ!」
「待って、ガウェインは何もっ――」
「いいから入るんだ!」
「――ゔぅッ!?」
背中が焼けるように熱い。まるで背中をベーコンみたいに火で炙られているようだ。
「よせっ、アネモネに……貴様ッ――!」
苦痛に顔を歪めたガウェインが、袖口から鉄の破片を取り出し男に襲いかかる。
――が、
「動くなァッ―――!!」
狐顔の男の一言に逆らえず、ガウェインは転倒するようにその場に膝をついた。手からこぼれ落ちた鉄片が太陽の光を反射して、キラリと光る。
「気をつけてくだせぇよ、旦那。そいつは今は利腕を失った上に盲目ですが、元は十年間戦場を生き抜いた伝説の少年兵です。油断してると頸動脈に噛みついてきますぜぇ」
「……そういうことは、先に教えておいてくださいよ。さすがのわたしも少しびっくりしたじゃないですか」
狐顔の男はガウェインが落とした鉄片を拾い上げ、「器用ですね」言って懐にしまった。
不思議なことに、わたしもガウェインにもお咎めはなかった。
狐顔の男はただ、わたしたちに檻に入るよういうに言うだけだった。
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