第11話 神の一撃

 そして翌朝、俺はアーサーとジャンヌ、ゴブリン衆を引き連れて日の出よりも早くに村を出発した。


 それから一週間が過ぎたのだが、俺は未だ深い森のなかを彷徨うように歩いている。


「おいっ! 一体いつになったらゴブリン村に着くんだよ! もう一週間も歩きっぱなしだぞ!」

「何言ってるべ。まだ一週間しか歩いてないだべさ」

「まだ一週間しかだとっ!? もう一週間の間違いだろっ!」

「大森林はとてつもなく広いじょ。中央から東のゴブリン村までは徒歩で一月程じょ。そこからさらに一月半歩けば森を抜けるじょ。ちなみにそこが龍の背骨――闇の魔族たちが支配する魔族街だじょ!」


 嘘だろ……あと三週間も歩くのかよ。

 冗談じゃない。


「近道はないのか?」

「そんなものあるわけねぇべさ」


 ガクッと首が折れた。




「ゔぅっ……くそっ。もう歩けん」


 あれから更に三週間歩き続け、ようやく集落らしい開けた場所が見えてきた。


「あんたっ!?」

「お前っ!」


 集落から一匹のゴブリンが飛び出してきた。

 再会を喜び、ゴブゾウは嫁さんらしきゴブリンと抱き合っている。

 他のゴブリンたちも同様に、家族との再会に喜びを爆発させているが……見分けがつかん。


 かろうじて髪型と黄金のペンダントだけで判別する。

 もしも鶏冠のようなモヒカン頭がなくなったら、もはやゴブゾウすら見分けられない。


「おい、大将! わからなくなるからこれを腹に巻いとけ」

「なんだべこれ?」

「魔法道具四次元腹巻きだ。超レアアイテムだから失くすなよ」


 獣ベストの下に直で腹巻きを巻いたコブゾウは、なんか変態みたいだった。


「一体何の騒ぎだわんッ!」


 騒ぎを聞きつけて、村の奥から体長180近いコボルトが現れた。湾曲した剣を携えている。

 その後ろから、二回りほど小柄なレッサーコボルトたちがぞろぞろ出てくる。(推定160程)


「ん? 貴様はゴブリン村の長――ゴルマと共に中央に向かったゴブゾウではないか。中央は取れたわんか?」

「いや……取れてねぇべさ」

「取れてないのに戻ってきたわんかッ! ゴルマはどこにいるわんかァッ!」


 腹巻きに手を突っ込み、拗ねたようにうつむくゴブゾウ。


「ゴルマは……死んだべ」

「死んだだとッ!?」

「あんたっ……!?」


 ゴルマの死とコボルトの激高に、嫁ゴブリンが不安そうな表情を浮かべる。

 緊張と恐怖は一瞬でその場にいる者たちを支配し、ゴブリン村には暗雲が立ち込める。


「お前がこの村を恐喝している魔族街の使いっ走りか?」

「んん? なんだわんこの人族は? ……まさか!? 貴様ら《闇の女王》を裏切ったわんかッ!」


 威嚇し吠えるコボルトに、ゴブリンたちは沈黙を貫く。

 つまり、それが答えだ。


「俺は人間ではない。ゴッドだ!」

「ゴッド……? 何を意味不明なことを言ってるわんか、こいつ!」


 囲めッ! というコボルトの一声で、レッサーコボルトたちが素早く俺たちを取り囲む。


「アーサーは私の後ろに」

「大丈夫、僕も戦えるよ!」


 聖剣フルンティングを抜くジャンヌ。

 それを横目にアーサーも木剣を抜いた。

 こうなったらやるしかないと、ゴブリンたちも覚悟を決めて石斧や石槍を構える。


 ――が、

 

「手出しは無用だ」

「え……?」

「ウゥルカーヌス……?」

「神様……?」


 俺はそれを止める。

 皆、驚きを隠せずにいる。


 乱闘になればせっかくのゴブリン働き手が負傷するかもしれない。

 できればそれは避けたい。


 それに今、《闇の女王》なる者と敵対するとなると、正直かなりめんどうだ。

 今回の俺の目的はあくまで神トリートーンに勝つこと。

 であるならば、無駄な争いは極力避けるに越したことはない。


 その為には、《闇の女王》なる者の配下をできるだけ傷つけないようにすることも大事。

 あとで文句言われたくないからな。


「こちらとしては極力無駄な死傷者は出したくない。ここは俺とお前の一騎討ちでケリをつけようではないか。もちろんお前が俺に勝てたらなら、欲しがっていた中央をくれてやる。どうだ? そちらとしても悪い条件ではないだろ?」

「乗ったわんッ! あとで嘘でしたと謝っても遅いわんよ。死人に口なしだわん」

「言わん、言わん。わんわん」


 なんつって。

 言いながら、俺は大槌ミョルニルを取り出した。


「貴様ッ!? そんな巨大なハンマーをどこから出したわん!」

「細かいことは気にするな。それより勝敗は何をもって決めるとする?」

「何をぬるいことを言ってるわん。そんなもんは貴様が死んだら終わりだわん」

「オッケー。んっじゃ死んだら終わりってことで」


 ゴブゾウに審判を務めてもらい、俺はコボルトと向かい合う。


「お互い準備はいいべか?」

「一瞬で終わらせてやるだわん」

「うむ。いつでもよい」


 アーサーにジャンヌにゴブリン村の連中、それにレッサーコボルトたちが息を飲む。


「いざ尋常に――開始だべッ!」

「――――ッ!」

「………」


 試合開始の合図と共に、タッと地面を蹴りつけ駆け出すコボルト。そのまま地面すれすれまで頭を下げ、超低空姿勢から突っ込んできた。


 直前で視界から消えるように方向転換。

 大きく弧を描くように駆け回る。まるで自分の足の速さを誇示するかのように、コボルトは何周も俺の周りを走っている。


 ギャラリーからは、


「なんだべこの尋常じゃない速さはッ!?」

「速すぎて何も見えないじょ!?」

「いぐら神様でもこれは流石にやべぇんっでぇねぇがッ!?」


 コボルトの足の速さに驚愕の嵐が巻き起こる。

 気を良くしたコボルトの愉快そうな声音が聞こえてくる。


「この瞬速ッ! 貴様如きでは捉えることもできないわんッ!」


 にやり口角をあげたコボルトが、大きく湾曲刀シャムシールを振りかぶった。

 ジグザグ走行で急接近し、眼前で大きく跳んだ。


 俺を脳天から真っ二つにするつもりらしい。


「おいしょっ……と」

「ひゃっはぁッー!! 真っ二つだわんッ―――」


 俺は肩に乗せていた大槌ミョルニルを振り抜いた。


 ぱんっ―――!


 短い破裂音が大気を揺さぶる。

 瞬間――鮮やかな花火が空で散った。


「え……?」

「コボルトはどこに消えたじょ?」

「なんだべ……このぬるぬる?」

「これ……血、でぇねぇがぁ?」


 ゴブリンたちとレッサーコボルトたちの思考が一時停止。

 そして次の瞬間には、


「すっ、すげぇぇえええじょょよよよよよよよよよよよよッ!?」

「ななななななにが起こっただべかぁぁああああああああッ!?!?」

「わわわわわわては夢でもみでるだがぁッ!?」


 慌てふためく魔物たち。

 彼らを傍目にジャンヌは瞠目していた。


「ジャンヌは……何が起こったかわかった?」

「打ったのだ。ウゥルカーヌスはただ、あの大鎚でコボルトを打ったのだ」

「打った……それだけ?」

「ああ、それだけで木っ端微塵に消し飛んでしまった。神とは……化物だな、アーサー」


 フルンティングによる能力向上の結果、彼女だけは俺のハンマーを捉えることができていたようだ。


「さて、レッサーコボルトたちよ。約束通り退いてくれるか?」

「うっ………」


 困惑するレッサーコボルトたちとは対照的に、笑顔があふれだすゴブリンたち。

 その時―――


「待てッ!」

「?」


 なんだ……ってあれはッ!? 

 ダークエルフ!?

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