第26話 商談

「ど、どうも、はじめましてっ! あっ、痛ッ――」


 アマンダとムフフな一時を過ごした俺が一階に戻って来ると、羽根つき帽子に緑のマントを羽織った青年が駆け寄ってくる。

 椅子に脛をぶつけて転げ回っている。

 鈍臭いやつだ。


「お、お待ち下さいウゥルさん! うわあっ――」


 ドタバタゴンッ!


 恐ろしいくらいに鈍臭い男は、なにもないところで蹴躓いてすっ転んだ。

 何をやっとんのだ、こいつは。


「わ、わたしはカインと申します! しょ、商人です!」

「……」


 こんなとろくさそうな商人と取引したがるバカはいないだろ。第一、すでに交渉相手なら決めている。

 そうだろと、店の奥にいるバリエナに視線を送ると、彼女は穏やかに微笑んだ。

 まるでその商人が彼だとでもいう風に……。


「――え!? うそだろ……」


 商人は、カインは身をひねって奥のカウンターに腰掛けるバリエナにへこへこ頭を下げていた。

 これが……腕利きの、信用できる商人?

 うそくせぇー! ってのが俺のカインに対する第一印象である。


「神様、オラ眠くなってきたべさ」

「わても」

「小生も」


 やることやったら即爆睡。嫌われるぞ。

 と思ったが、ゴブゾウには今夜も闘技場で頑張ってもらわねばならんので、先に宿に戻って寝ておくように伝える。


 それから俺は席につき、カインと商談するために向かい合った。


 俺がカインに出した条件は一つ。

 俺を一番の取引相手、お得意様とすること。

 この条件に対し、とろくさかった狐顔の男がなるほどと首肯。


「つまり、今回のコンドームはきっかけに過ぎないと、そういうことでしょうか?」

「バリエナから聞いてるかもしれんが、俺は《約束の大森林》の中央にある村からきた」

「本当にそんなところに村なんてあるんですか?」


 いまいち信じられないといった様子のカインに、俺はある! 力強く断言する。事実、俺を奉る国はそこにあるのだ。


「とある事情で人間の、少数民族が隠れ住んでいたのだ」

「なるほど。たしかに隠れ住むにはもってこいですね。しかし、長年隠れ住んでいたにも関わらず、どうして今になって表立った行動を?」

「んっなものは決まってる」

「と、いいますと?」

「金が欲しいから、それ意外になんかあるのか?」


 キョトンとした顔で俺を見つめるカインだったが、次の瞬間には腹抱えて、テーブルをバシバシ叩きながら大爆笑。


「いや、たしかに、ほんと、それ以外に理由なんてありませんよね――ぷっ」


 何がそんなにおかしいのだ。

 なんだが腹立たしいやつだな。


「でも、そうですね。コンドーム以外にも、今後ともお付き合いとなると、何か名産品でもあるんですか?」

「今はない」

「今は?」

「人手が確保できれば、いずれはコンドームなんか目ではない商品が取引できるようになるだろうな」


 なるほどと考え込むカインが、探るような視線を向けてくる。


「その、具体的に、わたしに何をしろと?」

「一つは食糧などを中央の村まで届けてほしい」

「つまりウゥルさんの村まで行商に――そういうことでしょうか?」

「ああ」


 これにはカインの顔があっという間に曇ってしまった。

 無理もない。

 魔族街ワンダーランドから俺の村までは徒歩で二月半ほどかかる。

 荷馬車で、それも足場の悪い獣道を、となれば渋りたくもなる。


「ちなみに、他にも?」

「今言ったように人がほしい。知っての通り大森林ここには魔族や魔物しかいない。しかし、俺たちの村はあくまで人間の村だ―――」


 もちろんこれからだって、きたるトリートーンとの戦いに備えて魔物や魔族をできるだけ勧誘していくつもりだ。

 だが、ゆくゆくは大国として他国との国交なども視野に入れたい。


 その時、国民の99%が魔物や魔族となれば、それはもはや人間の国とは認められないだろう。

 従って、俺は人間がほしいのだ。


「たしかに過去に遊牧民などを別の土地に誘導し、その国の活性化に成功した商人の話も聞きます――が、さすがに魔物たちの巣窟である大森林となると、話は別です。移り住みたいと申し出る者がいるとするならば、それはきっとお尋ね者くらいですよ」

「そんなことはないだろ」

「いえいえ、さすがに無理ですよ」

「お前たちは龍の背骨ここを越えた地から、人間を売りに来ているのではないか」

「………」


 俺は何もちゃんとした人間を連れてこいと言っているわけではない。犯罪者はたしかにいらんが、奴隷は別だ。


「うーん、たしかにあちらからこちらに奴隷を運ぶことは可能です」

「何か問題でもあるのか?」

「大きい声では言えませんが、ここだけの話、ワンダーランドに売られる奴隷は選別された奴隷なんです」


 つまり、人間側は夜の妖精王ティターニアに納める奴隷は活きが良いのを見繕い。それ以外は働き手になりにくい子供や、身体に欠損がある者、あるいは病に伏せっている者が大半だという。


 言い方が悪くなるが、ゴミを売りつけているのだとカインは言った。


「なぜ、そのことを俺に?」

「ウゥルさんが仰ったんじゃないですか、自分を一番に扱えと」

「………」


 カウンターに腰掛けるバリエナに視線を移せば、妖しく微笑んでいた。

 彼女の目利きは間違っていなかったというわけだ。


「ちなみに聞くけど、そんなの売れるのか?」

「正直、二束三文ですかね。五体満足の子供ならともかく、手足のない人間や、死にかけの奴隷なんてさすがに誰も買いたがらないですから。ほとんどの場合、人肉としてたたき売りですよ」

「つまり安いのだな!」

「そりゃ、まぁ……食肉用として売られるわけですから」

「では、俺がすべて買う!」

「……は?」


 目が点となるカイン。


「あの、わたしの話聞いてました?」

「安いのだろ?」

「いえ、ですが、使いものにならない上、すぐに死にますよ!」

「問題ない」

「ちなみに不味いですよ? 病に侵されている者は感染症などがあるから食べれませんし。そうでない者も、魔物たちは豚や牛のほうが美味いといいますから」

「バカたれッ! 食うわけないだろ――!」


 苦笑するカインが、恐る恐る聞いてくる。


「本当にいいんですか?」

「しつこい! 売るのか売らないのかどっちなんだ!」

「いえ、もちろん売らせて頂きます!」



 この日、俺たちの商談は朝まで続いた。

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