第6話 鍛冶師

「また随分とボロい工房だな」


 裏手の工房に回った俺は、懐かしい鉄の匂いを感じながら工房聖地に足を踏み入れた。


「父から子へ、代々受継がれてきた工房ですから」


 アーサーが鎧戸を開けるとたちまち明るくなり、暗かった室内の全貌があらわになる。

 沢山の鉄器が壁に吊るされている。鎚や鋏など、鍛冶師にとっての必需品がとにかく一杯。俺にとっても慣れ親しんだ道具ばかりだ。


 奥には大きな炉があって、側には鋳鋼製の台がある。

 金床は蹄鉄用のものを使っているのか。

 一般的に鍛冶屋は蹄鉄は作らない。それは蹄鉄専門の蹄鉄屋の仕事だからだ。


 だが、蹄鉄用の金床が金属を曲げるのに最適の形をしていることも事実。

 平らな面もあるし、金属を曲げるのに適した突起もある。鉄と鋼を打ち延ばすのにちょうどいい台となる。また、必要に応じて金型を入れて使えるように、穴が開いているものも便利だ。


 随所にこの工房を使っていた鍛冶師の人柄がにじみ出ている。


「お前の父は良い鍛冶師だったのだろうな」

「はい! 父は間違いなく世界一の鍛冶師でしたよ!」


 どこか懐かしき憧憬に目を細めるアーサーは、はにかむように室内を見渡す。

 お前は打たないのか? との問いかけには、少しうつむいて黙り込んだ。


「僕には父のような才能はありませんから……」


 壁にかけられた数々の鉄器に触れながら、アーサーは消え入りそうな声で言った。


 それは少し妙だなと思ったが、俺はあえて何も言わなかった。代わりにジャンヌが口を開く。


「そのようなことはない! アーサーが昔作ってくれたフライパンはすごく良かったぞ」

「あれ……フライパンじゃなくてロングソードだよ」


 ギョッと目を見開くジャンヌ。

 やってしまったと顔に書いてある。

 こいつは実にわかりやすい性格をしているな。


「……め、目玉焼きも焼けるロングソードなんて洒落ているではないかっ!」


 それはいくらなんでも無理があるだろ。

 フォロー下手くそかっ!


「天使ちゃんもそう思うだろ?」

「ミカエルとお呼びください」

「よし。なら、ミカエルもそう思うだろ? 思うよな? 頼むから思うって言ってくれッ!」


 その圧やめろ。

 俺のミカエルたそがめっちゃ困っているではないか。


「え、ええ。フライパンソードなんて画期的なものは聞いたこともありません! クッキーを焼くのにちょうどいいかもしれません……ね」

「間違いない!」


 ミカエルたそは優しすぎる! マジ天使!

 つーかジャンヌよ、お前はもう喋るな。

 ほら、見ろ!

 アーサーが泣きそうになっているではないか。



「何か打つんでしたら、この父のハンマーを……」


 なんとか持ち直したアーサーが、ツーログに掛かっていたハンマーを差し出してくれる。

 差し出されたハンマーに視線を落とし、次いで少年の顔をのぞき込む。


「有り難い申し出だが、辞めておこう」

「えっ!? どうしてです?」

「耳を傾けるとな、時折ハンマーの声が聞こえてくる」

「ハンマー……の?」

「うむ。そいつが求めているのは俺ではないということだ」

「でも、ハンマーも無しに打てるんですか?」


 怪訝に眉を寄せるアーサー。

 俺は羽織コートの内側から鉄製の手袋ヤールングレイプルを取り出し、装着。

 それからもう一度羽織コートの内に手を入れ、巨大なハンマーを取り出す。


「そんな巨大ハンマーどこにしまっていたんですかっ!?」

「あのティーセットといい、ウゥルカーヌスもミカエルも一体何処から取り出しているのだ!?」

「気にするな、神の御業だ」

「気にしないでください、天使乙女の秘密です♪」

「気になります!」

「気になるわ!」


 神器ミョルニル。

 かつて北の神、戦神トールに依頼されて創ったハンマーなのだが、もう要らなくなったからと、一方的にキャンセルされてしまった悲しい神器。


 捨てるにも捨てきれず、こうして自分で使うことにしたというわけだ。


「それ一つで打つんですか?」

「ああ、俺はこれ一つで十分だ」


 通常は三種類のハンマーを使うのだが、ミョルニルは一つで三種の役割を果たす。


 俺はアーサーの横を通り過ぎ、ジャンヌへと向かい合う。

 彼女が腰に提げた木剣に視線を落とす。


「ん……どうかしたか?」

「その木剣は随分と使い込まれているようだな」

「ああ、そうだな。長い間これで修行してきたからな。この通り私の体の一部と化している」

「鉄の剣は持たないのか?」

「うーん。試したことあるのだがな、なぜかしっくり来ぬのだ」

「……だろうな」

「ん?」


 俺はまじまじとジャンヌを見やる。服の上からでも程よく引き締まった筋肉が付いていることが窺える。

 鉄の剣が重くて振れない――ということではなさそうだ。

 ではなぜ、彼女が鉄の剣を苦手とするのか。

 なぜ、しっくり来ないのか。


 答えは一つだ。


「ジャンヌだったな。お前身長とスリーサイズは?」

「165だが? スリーサイズは上から84-58-79」

「なるほど。ちなみにカップ数はいくつだ?」

「たしかEだったはずだが……。それがなにか関係あるのか?」


 剣士にしてはあまりに小柄で中々の巨乳。

 一般的な長剣は身長175前後の男性をイメージして作られている。剣の全長は80〜90センチほどがほとんどで、中には1メートルを超えるものもある。


 ゆえに彼女のような低身長では、基本的に長剣は扱わない。

 かといって短剣では短すぎる。そのため長年使ってきた木剣との違いに違和感を覚えるのだろう。

 それが未だにジャンヌが木剣を手放せぬ理由だ。


「お前が鉄の剣を苦手としているのは、単に自分の体格に合っていないからだ。ならば俺がお前に合った、お前だけの剣を打ってやろう」

「いいのかっ!?」


 もちろんだと頷く。


「まずは寸法を測らせてもらう」

「ああ、もちろん構わな―――って!?」


 もみもみ。

 むにむに。

 う〜ん……さすがEカップ! 柔らかい!! それにこのハリと弾力、もぉ〜〜最高っ!!!


「ウッ、ウウウゥルカーヌスよっ! なぜ剣を打つのに胸や尻を揉みしだく必要があるのだっ」

「バカものっ! これは筋力を調べる行為であって、決してスケベ心から行っていることではない! 邪念を持つなっ!」

「そ、そうか。すまない。どうやら私が早とちりしたようだ」

「うむ。分ればよい。それと喜べアーサーよ! この神が保証する、ジャンヌはお椀型の安産タイプだ!」

「「―――!?」」


 真っ赤になってうつむいてしまった。

 さてはこいつ童貞だな。

 王族であるペンドラゴン家を絶やすわけにはいかんのだから、此奴もさっさと種付すればよいものを。

 つーかしてくれなければ俺が安心できない。


「なっ、なにを言っているのだウゥルカーヌスよ! わわわたしとアアアアーサーは別に、その……そ、そのような関係ではないのだっ」

「――そう照れるな。アーサーは鍛冶師スミスでありお前の主君なのだから。知っておいて損はないだろ?」

「てっ、照れてなどおらんっ! それに、なっ、ななななぜ鍛冶師ならば、主君ならばそのような破廉恥な情報を知らねばならんのだ!」

「この村……国には極端に娘が少ない。王族であるアーサーは当然世継ぎを沢山作らねばならないだろ? その点、お前はアーサーの一番の騎士なのだから子を生むのに適任だ」

「なっ、ななななななななにを言っているのだウゥルカーヌスよッ! わわわわわたしは世継ぎなどッ!?」


 こっちも真っ赤っ赤。処女確定だなこりゃ。

 神は皆ビッチが好みだということを人間は知らんのだろうな。

 処女聖女信仰とかマジ古くさくて時代遅れなんだけどな。

 俺が安心するためにも、とっとと子孫をたくさん作ってほしいんだけど……。



 俺は羽織コートを脱ぎ。エプロンを身につけ手拭いを頭に巻いた。

 ふぅーと炉に息を吹きかけ火をつける。吐息を炎に変える、神業。


 ――ガタンッ!


 後ろで鳴った物音に振り返れば、随分と顔色の悪いアーサーがいた。


「どうかしたか?」

「いっ、いえ。大丈夫です!」

「……そうか」


 アーサーの態度が少し気になったが、俺は足もとの道具を操り炉に空気を送りながら、久方ぶりの作業に没頭する。


「この打撃音を聴くのも、なんだか随分久しぶりのような気がするな」

「う、うん」


 感慨深く口にするジャンヌに、アーサーは短く言葉を発してうなずいた。


 熱せられた鉄を金槌ミョルニルで何度も叩いて強度をあげてく。


 用途が異なるハンマーを要する作業も収縮自在、形状変化するミョルニルがあれば滞りなくく行える。


 久しぶりの作業に没頭していると、何処からともなく断末魔の悲鳴が響き渡ってくる。


「「「「!?」」」」


「なんだ今の悲鳴はっ!?」

「村の東側から聞こえてきたようです」

「まさか――!?」

「待て――アーサーッ!?」


 ジャンヌとミカエルを押しのけるように、一目散に工房を飛び出すアーサー。

 すぐに彼の名を叫んであとを追おうとするジャンヌを、俺は呼び止めた。


「なぜ止めるのだ、ウゥルカーヌスよ!」

「村を襲って来ているのはゴブリンの群れを率いるホブゴブリンだ」

「なぜそのようなことがっ―――」

「わかるのかって? そりゃ俺は神だからな」


 ラファエルたちからの報告書にもあった通り、この村は大森林に暮らす魔物とのいざこざを抱えている。


 そのことからもこの騒ぎの原因は想像するに容易かった。が、当然憶測だけで語っているわけではない。


 この村の敷地面積ほどであれば、神眼を通して隅々まで見通すことが可能だ。


「どこに行くきだ」

「ゴブリンの群れが攻めて来ているのだろ! ならば私もすぐに加勢せねばっ!」

「そのような棒切れでか?」

「ゴブリン程度ならば木剣これで何度も倒している! 遅れはとらんっ!」

「だろうな。しかし、ホブゴブリン相手では話が変わってくるんじゃないのか?」

「……っ」


 痛いところを突かれたって顔をしているな。

 天使たちの報告書によると、ジャンヌは過去に森でホブゴブリンと対峙している。

 結果からいうと、彼女は一度ホブゴブリンに敗北し、間一髪のところをアーサーの父に助けられている。


「もう、アーサーの父はいないのだぞ」

「だがっ……私はアーサー・ペンドラゴンの騎士だ! 主君が戦うのならば私も共に戦う!」


 ……愚か者めっ。


「行ってしまいましたが……良いのですか?」

「良くはないが……作業を中断するわけにはいかない。すまんが、フォローを頼めるか?」

「……それは構いませんが。天使であるわたくしが参加しても良いのですか?」

「ダメだろうな。しかし、それは領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームの対戦者、トリートーンが関わっていたらの話だ」

「ああ、なるほど! そういうことでしたら」

「ただし、最小限の手助けだけにしておくように」

「最小限……ですか?」

「うむ。彼らには成長してもらわねばならないからな」

「了解です。すべては神の御心のままに」

「うむ」


 行ったか……。

 俺はこのまま作業を進めつつ、神眼で様子を覗うとしよう。

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