第3話 保証と補償

「と、いうことです。理解されましたか、お兄様」


 なにが理解されましたかだ!

 ふざけやがって!

 こんなものは陰謀ではないか。


 アテナの話を聞いた俺は怒りで身が震えていた。それを抑えるために拳に力を込める。


 妹の話をかいつまんで説明すると、神の宴の席でトリートーンがゴッドゲームを申し込んだ相手は、やはりアテナ本人だった。

 それがなぜか、トリートーンのゴッドゲームの相手が俺に変わった。


 理由は至極単純なものだった。


 トリートーンの領土と俺の領土は国は違うがお隣同士。互いに国境沿いに面している。

 というのも、トリートーンの領土は海底にあるのだ。


 さらにアテナが支配する領土の一つに、俺の領土と隣り合わせの領地が存在する。

 隣国へと領土拡大を目論むトリートーンは、足がかりに港町を求めた。

 なにを隠そう、トリートーンが欲した港町こそが俺の領土である。


 隣国の神だったトリートーンはゼウスこちら側の情勢に疎かった。

 そこで彼は知り合いの神に南東の領主は誰か、、、、、、、、尋ねた。


 大雑把に南東の領主を尋ねられたそいつは、「ああ、たぶんアテナじゃねぇ?」と吐かしたという。


 大雑把に南東の領主は誰かと尋ねれば、大半の神はアテナだと口にするだろう。


 しかしだ!

 アテナの領地面積からしたら豆粒のように見えるかもしれんが、そこにはたしかに俺の領地があり、こともあろうにトリートーンが欲していたのは俺の領土。


 互いに何処を賭けるか話し合いを行っていた時、ようやく二人は認識の違いに気がついた。


 結局その場では保留となったらしいのだが、後日あちらさんに言いがかりをつけられることとなる。


 アテナに騙されたと。


 ゴッドゲームは天界ではなく、人間の世界を舞台にして行ういくさだ。

 各神の信者たちと協力して行う国盗り合戦。

 下界においての神たちの拠点地は、天界にある各自の領地面積と同等である。


 つまり、トリートーンが欲していた領地は俺の領地で、バカ強いアテナと戦う必要などなかった――にも関わらず、アテナはトリートーンの領土を奪うために俺の領地を自分の領地と偽り、ゴッドゲームをさせようとした。


 ――というのが、トリートーン側が考えたシナリオ。

 当然そんなものは事実無根の言いがかりなのだが、傍から見ればたしかにそう見えてしまう。


 この場合どちらが真実を述べているかは重要ではなく、どちらの主張がより真実味をおびているかが重要なのだ。


 東の国ゼウスが神々の掟を破ったとなれば、他国は必ずそこにつけ込む。

 そうなれば最悪、他国VS東の国という戦争に発展しかねない。


 そうなればもう、終末の日ラグナロクは避けられないだろう。

 これにはさすがのアテナも困ったらしく、相談してはならぬ相手に相談した。


 そう、俺を目の敵にする親父様に……。


 話を聞いたゼウスは迷わずこう言ったそうだ。

 ウゥルカーヌスにゴッドゲームをやらせろと。


 そもそもトリートーンはアテナではなく、楽して勝てる俺と戦いたいのだ。

 だが、直接俺にゴッドゲームを申し込んだところで確実に断られる。


 そこで、今回流れてしまったゴッドゲームの話を利用することを思いついた。

 強制的に俺が戦わざるを得ない状況を作り出すことを。


 元々俺のことが心底嫌いだった親父は、小さな土地と引き換えにことが収まるなら安いものだと考えているのだろう。

 なんなら俺を始末するのに丁度いいと……。


「くっ……」


 怒りを込めて強い眼差しを向けるも、神座の老人は何食わぬ顔でこちらを見下ろしていた。


「父上! これはいくらなんでも横暴ではありませ――」

「――反論は認めぬ!」

「そんなっ!?」

「貴様は一度として自国のために剣を取ったことがあるか?」

「…………」


 そのことに関しては反論するつもりはないが、そもそもくそ狭い領土でどうやって戦えというのだ。


 小さな村が大きな街に、あるいは一国と戦争して勝てると思うか? 誰に聞いても鼻で嗤われるに決まっている。

 バカを言うなと。


「貴様は腐っても神であり、神とは天使国民や人々をより良い暮らしに導く存在でなければならん。そのために領地を広げ、国土を広げる義務がある。その義務を怠っていたのは貴様ではないのか。そのことを棚に上げ、我に異議を唱えるかッ!」

「お言葉を返すようですが、わたくしに戦えるだけの領地をお与えになられなかったのは父上ではございませんかっ! それを今更ッ……いくらなんでもあんまりではありませんかっ!」

「ええい黙れ黙れ黙れッ―――! 貴様に国を、天使国民や人々を想う気持ちがあったのならば、たとえ少ない戦力であったとしても剣を取っているはずであろう。少なくとも我なら孤軍奮闘、貴様と違い一人でも戦っていたであろう」

「…………っ」


 悔しいが……なにも言い返せなかった。

 領民たちに苦しい生活を余儀なくさせていたことも、こんなダメな神を信仰してくれる下界の人々からも目をそらし、保身に走っていたことも事実だった。


 俺は……すべてを失うのが怖かったんだ。


「お兄様、お父様の仰る通りです」


 お前がそれを言うのかよと、女神スマイルを向けてくる妹を恨めしげにねめつける。


「お兄様が神である以上、ゴッドゲームは避けられない運命さだめなのです」


 それにと、アテナは続ける。


「わたくしも、ただトリートーンの条件をすべて受け入れたわけではありません」

「……と、いうと?」

「領地面積に関わらず、お兄様こちらが全領土を賭けるのですから、トリートーンにも同条件でゴッドゲームを受けるよう言ってやったのです!」

「…………」

「よいですかお兄様! 仮に、万が一、もしもっ! お兄様がトリートーンに勝利することがあれば、東の国わたくしたちは広大な深海領土と捕虜国民を手に入れることになるのです! トリートーンは米粒みたいな領地と、広大な領地を賭けて戦うことを許諾したのです! これはローリスクハイリターン破格の条件なのです!」


 満月のような瞳を輝かせた妹が興奮した様子で主張するが、それはあくまで勝てたらの話。御伽話となんら変わらん幻想、夢物語にすぎない。

 ここで大切なことは、奇跡が起きて俺がトリートーンに勝てた時のことではなく、その逆。負けたときの保証と補償をしっかり用意しておくことにある。


「負けたら……負けたらどうする?」

「………勝つことだけを考えるのです!」

「もちろんそれも大切だが、根性論だけではどうにもならんこともある。ならば敗北した時のことを考えておくことも大切だと思わんか?」


 むしろそっちの方が大事だ。

 なんせ命に関わることなのだから。


「……なにが仰りたいのです?」

「俺はやりたくもないゴッドゲームを誰かさんのせいでせにゃならんハメになった」

「うっ……」

「だからこそ、こうなった原因を作ったアテナには最低限の保証と補償をしてほしい!」

「保証と補償……ですか?」

「そうだ、保証と補償だ!」

「わたくしに、どうしろと?」


 困り顔のアテナに、俺はビシッと指を突きつけた。高らかに宣言する。


「万が一俺が負けた際には、お前が領主を務める領土の一部を俺に譲渡する! という内容の保険契約を結んでもらう!」

「――――!?」


 アテナの瞳が驚愕に見開いた。

 まさかの俺の申し出に、神座で偉そうにふんぞり返っていたクソ親父も思わず尻を浮かせてしまう。


「ちょっと待ってください! それはいくらなんでも横暴ではございませんか!」

「なにが横暴なものか。そもそも俺は快諾した覚えのないゴッドゲームを行うのだぞ。どちらが横暴だ!」

「ですからそれは―――」

「ゴッドゲームにおける申請は当人同士によって行うこと! これは神々の盟約書にしっかり記載されている。破れば当然、神審判だ!」


 これは立場の弱い神が、立場の強い神にゴッドゲームを強制させられないようにするためのルールである。

 俺がゴッドゲームを断り続けて来られたのも、この弱者救済処置があったからだ。


「アテナもそれを承認した父上も、果ては俺とのゴッドゲームをこのような形で望んだトリートーン相手さんも、これが神々に知られればただではすまない。違うかッ―――!」


 顔を引きつらせ狼狽、後ずさる妹。

 何か言おうと身を乗り出していた親父も、糞を気張ったような面持ちで座り直す。


 俺は転んでもただでは起きぬぞっ!


 そもそも俺がこれまで一度もゴッドゲームに参加しなかった理由は、単に死にたくないからだ。


 しかし、ゴッドゲームに負けても命の保証があるとしたなら、負けを恐れて尻込みする必要はなくなる。

 たとえ今回のゴッドゲームに負けたとしても、最悪は避けられる。


 あらかじめアテナと領地譲渡契約を結んでおけば、すべてを失ったとしても保険が下りる。新たな領土が手に入れば神の資質を問われることもなく、神審判は行われない。


 臣籍降下は免れないが、その点に関しては長男アレース六女アテナのように主神を目指していないので問題はない。


 弱神と罵られようが、常にギリギリで生き抜いてきた俺を簡単に潰せると思うなよ、クソ親父ッ!


「で、どうする? 決めるのはお前だぞ、アテナ」

「どうするもなにも……その申し出をわたくしが断ればどうするおつもりなのです?」

「当然俺もトリートーンとのゴッドゲームを断らせてもらう」

「正気とは思えません!」

「貴様ッ、自分が何を言っているのかわかっておるのか!」

「ええ」


 勿の論だ。

 俺が断れば逆上したトリートーンが神々に有る事無い事言いふらす。

 それが火種となって終末の日ラグナロクが訪れるだろう。


 だが、それがなんだという。


 この条件をアテナが飲めぬというのであれば、高確率で俺は死ぬではないか。

 ならば今更終末の日ラグナロクを恐れる必要がどこにある。


「そちらの無茶を飲むのですから、こちらのわがままの一つも聞いてもらわねば割に合わないと言っているのです」

「貴様はそれでも神かッ! 国を、天使を、下界で暮らす人々を見捨てると申すかッ!」

「見捨てるわけないだろッ――!」

「!?」


 いかん。

 つい興奮して主神相手に怒鳴ってしまった。

 ブレイク、ブレイクと一つ咳払いをしてから気持ちを落ちつかせる。


「もちろん、できることならすべての者に慈悲を与えたいと考えています。そのすべての中に、自分自身を含めることは間違っているのでしょうか?」

「……そんなものはエゴだ」

「仰る通りです」

「はっ!? 自身のエゴを認めると申すか?」

「ええ、認めますとも。わたくしは卑しい利己主義者なのです。それに比べ、他者を思いやり自分のことなど何一つ顧みない父上やアテナはなんと素晴らしき神なのでしょうか! わたくしのような利己的な考えをお持ちでないのですから、自己犠牲をもってこの場を収めてくれると信じております。

 おお、なんという素晴らしき神の慈悲かっ!」

「「……………」」


 にこっと微笑んだ俺に、父上もアテナも絶句していた。

 後ろ側でポカーンと佇むミカエルたそに、俺は小さく親指を立てた。

 彼女はクスッと笑った。


 こうしてアテナ保険に加入した俺は、人生初となる領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームに参戦することになった。

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