月雫の砂時計
倉谷みこと
第1話 森の中
「……ここ、どこ?」
気がつくと、フランチェスカは見知らぬ森の中にいた。
周囲を見回してみても、視界に映るのはうっそうと茂る木々だけ。動物などの気配はなく、静寂が辺りを支配していた。この状況に心細さを感じ、自然と呼吸が浅くなる。
「落ち着け……落ち着くんだ、私」
そう自分に言い聞かせて、数回深呼吸をしてみる。ざわざわとしていた心の奥が、ほんの少し和らいだ気がした。
「えっと……さっきまでは、自分の部屋にいたはず。で、気がついたら知らない森にいるわけだから……」
状況を整理するようにつぶやきながら、記憶をたどっていく。
今日はフランチェスカの十五歳の誕生日で、家族がささやかながら祝ってくれた。夕飯には彼女の好きな料理が並んでいた。それだけでもうれしいのに、街で一番高いと有名なケーキ店のホールケーキまで用意してくれていた。
料理もケーキも、本当に美味しかった。食事が終わり、ゆっくりと食後のカフェオレを味わっていると、家族がそれぞれきれいにラッピングされた箱を持ってきた。フランチェスカ宛てのプレゼントらしい。
母親からは可愛らしいレースのフリルがついた洋服を、父親からはたれ耳のうさぎのぬいぐるみを、祖母からはきれいな砂時計のペンダントをもらった。
「フランチェスカ、よくお聞き。このペンダントを絶対に手放すんじゃないよ。これには魔法がかかってるんだ。どんなことがあっても、絶対にお前を守ってくれるからね」
と、祖母が真剣な表情でそう言った。
けれど、フランチェスカはその言葉の意味について深く考えることはなかった。魔法なんておまじない程度のものだと、心のどこかで思っていたのかもしれない。
自分の部屋に戻ったフランチェスカは、寝る準備を済ませてペンダントを月明かりにかざした。ちょうど、窓から満月の光が差し込んでいたのだ。
砂時計を逆さにすると、琥珀色の砂が月光を浴びて輝きながら、さらさらと下に落ちていく。
きれいだなと思いながら落ち続ける砂を眺めていると、砂時計の台座にはめこまれた乳白色の宝石が光りだした。
「え? 何!?」
戸惑うフランチェスカをよそにその光は輝きを増して――。
気がつくと、この森にいたというわけである。
「あれが原因かあ……。って、ペンダントは!?」
ペンダントを持っていないことに気づいたフランチェスカは、慌ててそれを探す。周囲に落ちていないか目をこらしても、服のポケットを探っても見つけられない。
(まさか、失くした!?)
もらった瞬間に一目ぼれした物だっただけに、ショックは大きく焦燥感がつのる。
(どうしよう……。手放すなって言われてたのに)
祖母の言葉を思い出し、涙で視界がにじむ。鳴りを潜めていた心細さが、首をもたげて忍び寄ってくる。
見つからなかったらどうしようとうつむいた時、視界の端に小さな光が見えた。首に何かをかけている?
デコルテに手を当てると、硬い物に触れた。何だろうと確認すると、必死に探していた砂時計のペンダントだった。
「なんだ、こんなとこにあったんだ」
心底安心して、ため息とともにつぶやいた。
そのとたん、フランチェスカはその場にぺたんと座り込んでしまった。どうやら、思っていた以上に力が抜けてしまったらしい。
「あはは。灯台下暗しって、このことね。でも、いつの間に首にかけたんだろ?」
涙を拭いながら、ふと湧いた疑問を口にする。けれど、答えが出ることはなかった。
まあいいやと考えることをやめて、すっくと立ち上がる。ここがどこだとしても、森から出なければどうしようもできない。
「とりあえず、出口がどの方角にあるかだけど……」
そうつぶやいて、もう一度周囲を見回してみる。
相変わらず、木々が静かに佇んでいるけれど、よく見ると山吹色の木漏れ日が森の中を照らしていた。
その光景に、やっぱり自分の知らない場所なのだと改めて思う。もし、自宅の近くだとしたら、今は真夜中のはずだからだ。
近くにあった細い木の棒を拾い上げて、フランチェスカは少し考えてから右側へと歩きだした。特に根拠があるわけではない。ただ、なんとなくで決めた。
棒で木々を叩きながら進んでいく。野生動物に遭遇しないようにというのもあるけれど、心細さを少しでも紛らわせたかったのだ。
代わり映えしない景色に飽きてきた頃、突然、前からガサガサという音が聞こえた。
「――っ!?」
声にならない悲鳴をあげ、その場で硬直する。心臓が飛び出るかと思うほど跳ね、呼吸が浅く速くなる。
恐怖に抗いながらフランチェスカは、胸の前で棒を両手で持ち身構えた。
草をかき分ける音が、だんだん近づいてくる。先ほどまでフランチェスカが音を立てて歩いていたのだから、野生動物ではないはずだ。だとしたら、いったい何だろうと疑問に思い、とたんに悪寒が背中を伝うほどに怖くなる。
「だ……誰!?」
フランチェスカは意を決して、すぐ近くまで迫った音の主に声をかける。思っていた以上に声は震えていた。けれど、それを気にしているほど、心に余裕はなかった。
「やっぱり、誰かいたーーーっ!」
彼女の問いに答える代わりに、そう声をあげて音の主が姿を現す。
その人物は、背丈がフランチェスカとあまり変わらない少女だった。おそらく同年代だろうと思しき彼女は、人形のようにかわいらしい顔立ちをしている。白いワンピースと淡いピンク色のケープがとても似合っていた。
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