第14話

 留衣はぱちりと目を開いた。

 どことなく体が痺れていて、ぼんやりする。

こしこしと目を擦り、あらためて目を開く。

「お目覚めですかな」

 目の前にリタリストがにこやかに立っていた。

 そこでようやく留衣は自分が椅子に座っていることに気付いた。

 きょろりと見回せば、室内は真っ白な壁と床。

 そしてリタリストの後ろに大きな紫色の石が輝く、おそらく魔道具だろう物が置かれていた。

 大人が両手を広げたくらいの大きさのそれは、鈍い銅色だ。

「ここは……」

「教会ですよ。その最上階の部屋です」

 言われてハッと留衣は警戒心も露わにリタリストを睨みつけた。

「おや、ご機嫌斜めですかな。多少無理矢理つれて来たのは申し訳ありません、娘が先走ってしまった」

「先走ったって」

「ベロニカにフェスペルテを陥落するように命じたら、逆に心を奪われてしまったみたいでね。あの役立たずは」

 にこりと邪気なくリタリストが笑う。

「役立たずって、娘でしょ」

「娘ですが、私の思惑どおりに動かない使えない駒ですよ。あなたには時間をかけて穏便に来てもらうようにしたのに」

 リタリストの言葉に留衣は鼻白んだ。

「私達は神の教えに従って善良な協力をお願いしたいというのにね」

「協力って、私にしてほしいって言ったこと?」

「ええ、そうです。あなたにしか出来ません」

「それが終われば帰してくれるのよね」

 留衣が訪ねたが、リタリストは答えずに笑みを深くしただけだった。

 その顔に胸騒ぎがする。

「こちらをご覧ください」

 手で示したのは、部屋に唯一ある大きな魔道具だ。

「これは何十年も前に発掘された教会の至宝です」

 どう見てもただの石のついた置物に見えるそれを、留衣は訝気に見つめた。

「これは強大な魔力にも耐えられる魔道具でしてね。その膨大な魔力を制御して大魔法すら使える。そう、あなたを呼んだようにね」

 ぴくりと留衣のまつ毛が震えた。

「私をここに連れてきて、何をさせたいの」

「なあに簡単なことですよ。これにあるだけの魔力を注いでもらいたいのです」

 眉根を寄せて留衣はリタリストを見やった。

 あるだけということはつまり。

「私に死ねってこと?」

「あなたが我々の聖女になっていただけるのならば、そんなことはしません」

 暗に協力しなければ殺すということだろうか。

 ぶるりと留衣の背筋が震えた。

「私は聖女なんて柄じゃない」

「あなたはただ御旗としてシンボルになっていただければいいのですよ。そしてあなたの膨大な魔力を提供していただければ」

「それで何をする気なの?あんまりいい事じゃなさそうだけど」

「なに、騎士団を排除するだけですよ。兵器となった魔道具を使ってね」

 ますます留衣の眉根が寄った。

「騎士団は悪です。そして我々は善だ。しかし騎士団の力は絶大でしてね、攻撃でもされようものなら我々は武力では敵わない。やつらはチョロチョロと嗅ぎまわるので鬱陶しいことこのうえないのに」

 あまりにも勝手な言い草だった。

「嗅ぎまわれるってことは悪い事してるからじゃないの。教会は攻撃魔法は悪だって言ってるのに、使える人間がいたじゃない。それも躊躇なく人に攻撃できる人間が」

 トゥーイが助けに来たときにおかしいと思ったのだ。

 彼らは攻撃することになんのとまどいもなかった。

「手厳しいですな。しかしそれは必要悪というものです。騎士団とは違う」

「馬鹿馬鹿しい、帰る」

 さっと立ち上がった留衣に、リタリストは右手の人差し指を向けた。

 その刹那、ピュンとカマイタチのような風が留衣の右側を吹き抜ける。

 ついでパサリと風の通った場所にあった髪が切り落とされて、長いそれが床へと散らばった。

 動けずその場に固まった留衣に、リタリストは人差し指につけている指輪を撫でる。

 それには水色の石が嵌め込まれていた。

「強引なやり方はあまり好ましくはないのですがね」

 コツコツと目の前までリタリストが歩いてくるのに、留衣は怯えた表情を浮かべた。

 けれど、気丈に両手を握りしめる。

「トゥーイさんの迷惑になるようなことは、しない」

 言い切ると、リタリストが片目を眇めた。

 そして面白くなさそうに、ぐいと留衣の首に下げられているペンダントを引っ張った。

 自然と首が反れ、顔が上がる。

「忌々しいのはあの男だ。奴がいるせいで騎士団に手が出せないうえに、前回は失敗に終わった」

「前回って……」

 至近距離にある男の顔を見上げれば、彼はたのしそうにニタリと笑った。

「君の祖母らしいね。彼女をこの世界に呼んだのも我々だ。まあ、魔力は平凡で使えない人間だったが」

 パンッと乾いた音が響いた。

 留衣が思い切りリタリストの頬を叩いたのだ。

「さいってい!」

 吐き捨てると、ネックレスをぐいと乱暴に引っ張られて鎖が切れた。

 リタリストがそれを床に叩きつけ、踏みにじる。

 パキンと音を立てて、それは砕けた。

「優しくしていれば、つけあがるなよ。こちらに来るときにフェスペルテの魔力の大きさに引っ張られたようだが、本来はここで私に使われるために呼んだのだからな」

「勝手なこと言わないで、あんたになんか協力しない」

 ぐっと目に力を込めて睨みつけた。

 こんな男の言いなりになんてなりたくない。

「いいのか、帰れなくても」

 愉快そうに笑った男に、留衣は不敵に笑ってみせた。

 意地でも弱いところなんて見せるかと、自分を鼓舞する。

「あんたなんか信用できない」

 強気に見せる留衣に、リタリストが舌打ちをした。

「来い!」

 リタリストが、留衣の長く残っているほうの髪を乱暴に引っ張った。

 痛い離してともがく留衣のことなど気にせず、ぐいぐいと魔道具の傍まで引っ張っていき。

 そして今度は頭を掴まれ、魔道具の紫の石部分に顔を押し付けられた。

「さあ、魔力を注ぎ込め!」

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