第12話 もっともっと痩せなきゃ
そして今日も夕飯をいつものように抜く。
いつも通り学校から帰ってきて自室へ行こうとした晶子に母親が話しかけてきた。
「晶子、ちょっと最近痩せすぎなんじゃない?もうずっと夕飯食べてないし、お昼も野菜だけのお弁当で本当に足りるの?」
母親が最近の娘の様子のことで探りを入れてきたきたのだ。
晶子の今の身体は二学期の始業式の時よりもますます過度な食事制限によるダイエットで身体測定の日よりも体重が減っていた。
それでもまだまだファッションモデルやアイドルほども痩せていない、と晶子は思い込んでいたのである。
「モデルや女優ってこのくらい痩せてるし。うちの学校、もっと痩せてる子いるんだよ」
身体を見て心配する母親にそう反論した。
「あなたがそんなに痩せることないじゃない。体が大事なのよ。あなたはそんな人たちと違うんだしちゃんと食べなきゃいけないんじゃない」
「いいの! 私は痩せて綺麗になりたいんだから!」
そう言い放ち、逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
「お母さんはわかってない。世の中痩せてないと女性に価値なんてないんだから」
母親の言葉は一切聞き入れるつもりはなかった。
せっかく順調にダイエットが進んでいるのにここでやめてたまるか、と晶子はとにかく減量をすることにこだわったのだ。
晶子は朝と夜の入浴後に欠かさず体重計に乗る。
朝は起きたばかりで先日のものが消化されているので体重の数値が減っていることが多い。
その反面夜は一日の終わりなので増えていることが多い。
晶子はもはや夜も減っていなくてはいけないと思うようになった。
「私はもっと痩せるんだ……! 痩せて綺麗になるんだ」
晶子は空腹との戦いでも負けない意思を強く持っていた。
昨晩の晶子の考えに反するように翌日の食卓には晶子の大好物ばかりが並んだ。
「おかえり晶子」
母親は次々とできる料理をテーブルに運んでいた。
ハンバーグにエビフライ、ピラフなど晶子の大好物ばかりだった。
「晶子、お腹すいてるでしょう?今日は晶子の好物たっくさん作ったのよ」
ちっとも食事を食べようとしない晶子に、晶子の大好物だらけの食卓にして食欲を誘い、食べてもらおうという母親の作戦だ。
食事をとらない娘を心配して母親なりの愛情と心配からの献立なのである。
晶子はお腹が空いていて、本当は食べたくて仕方がなかったがどれも高カロリーなので晶子は意地でも口にしたくなかった。
「いい、今日も食べないから」
ホカホカの湯気が立ち上る、出来立ての料理を横にして相変わらず食べないの一てんぱりだった。
「ちょっとは食べなきゃ」
どうしても食べさせようとする母親がうっとうしく感じた。
晶子にとっては少しでも油断すると体重が増えてしまうので食べたくないのに、それを理解していないことにもイラついた。
本当はお腹がすいていて食べたいが体重が増えたらまた戻ってしまう、そのことが恐怖だからだ。
「ねえ、晶子、美味しいわよ。食べましょうよ」
その気も知らず我慢しているのにしつこく食べるように促す母親にいい加減耐えられなかった。
「いらないって言ってるでしょ! なんで食べさせようとするの!? もうほっといてよ!」
晶子は苛立ちのままに大声で怒鳴ってしまった。
今までいくら腹が立っていてもほとんどキレたりすることのない温厚な性格だった娘の豹変に母親は驚いたのか先ほどまでしつこく「食べなさい」といっていたのに急にだまりこんだ。
「ご、ごめんなさい。でも、お母さん、晶子のことが心配で……」
突然怒り出した娘に母は弱弱しく謝罪した。
晶子は娘のことを想うというのであれば食べさせないでほしい、とそう思った。
もしもここで体重が戻ればせっかくできた友人達も離れていって再び一学期のような誰の目にも入らない寂しい自分に戻るかもしれないという恐怖があったので晶子もこれだけは譲れなかった。
「もういいよ。あたし、これからも夕飯食べないから。お弁当も今まで通りにするから」
そう言うと晶子は逃げるように自分の部屋へとかけこんだ。
部屋のドアを閉めると、その場に座り込んだ。
今まで親にむかって大声を上げるなんてしたこともないのに、怒鳴ってしまったことが申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
自分を心配する母親の気持ちは理解できないわけではないがこれだけは譲れない、とばかりに食べるわけにはいかなかった。
晶子の腹が鳴った。
数か月の空腹状態に先ほどごちそうを目の前にして、やはり体は正直に反応していたのだ。「痩せなきゃいけないんだから……」
思春期ゆえの母親への反発心もあってか晶子はこの日を境にますます食べなくなった。
朝は新陳代謝を上げ、脂肪を燃焼させる効果のあるという生姜が入った紅茶のみを飲む。
熱々の紅茶にすりおろした生姜を入れれば辛くて熱い紅茶は身体を温めるので本当に効果がある気がした。
生姜は苦手ですりおろした生姜など辛くて好きではなかった。
しかしこれも痩せる為だと我慢して毎朝それを飲む。
弁当を毎朝作るのすらもだんだん面倒になり調理の手間のないバナナを丸ごと一本持って行ってバナナ一本のみの昼食で済ます。
そして夜は食べない。
栄養不足で脳にエネルギーがいかなくて勉強ができなくなると困るので栄養は食事で摂るのはなくビタミンなどの栄養剤を飲むようにした。
お腹が空いたらひたすら水を大量に飲んでごまかす。
やはりそれでもエネルギー不足なのか勉強に身が入らなくなってきた。
しかしその苦悩のダイエットのかいあって体重は四十三キロにまで落とすことができた。
これであの静子よりも軽い体重だ、とその勝ち誇った気持ちだけが今の晶子を満たしていた。
体重が減れば減る程、以前の自分とは違う自分になれたという気がしてまるで生まれ変わったかのように今の自分はいけてると思えた。
痩せれば痩せるほど、贅肉を捨てて引き締まった体になり、ますます女子高生らしいスタイルになる。
もはや中学時代にバスケ部で痩せていた時よりも身長は伸びてる分、体重は減ってあの頃よりもスマートなのである。
今までの太っていた自分とは違う、生まれ変わったのだと。
授業中も、自宅での宿題や勉強中にもお腹が空いてたまらない。
常に空腹をひきずり、しかし体重が増えることが怖くて何も食べられない。
そんな生活を過ごして三週間が経過する頃、またもや小テストの点数が下がってきた。
もはや脳がエネルギー不足を訴えて集中力も暗記力も低下していて勉強ができないのだ。
暗記することもできず、授業中も耳に内容が入らずぼーっとして過ごすことが多くなってきた。
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