20 世界がどうなろうが関係ないけど、栞奈のためだし

「最低限、必要な術法は……」

 少し思案を巡らせる青龍さん。術法を覚える。何も知らない僕に、本当に出来るのだろうか?

「先ほど話した時を操る術法。これは絶対だ。僅かな時間を有効活用しなければいけないからね」

「難しいものなの?」

「それはもう、厳しい修練が必要ですわ。大変な御苦労をなさると存じます」

 苦労? どんな? いや、そんなのは関係ない。栞奈のためだろ? それがどんなに険しい道でも、進むしかないじゃないか!

「それから?」

「あの時、毒を盛られて意識なく、体も動かなくなっているからね。解毒の術も必須だろう」

 なるほど。栞奈が大学で学んだ知識で作ったという。僕に食べさせてくれた……僕を殺すため、チョコに仕込んでいた薬。それを無毒化しなければ、僕は何も出来ない。

「他には?」

「あの橋には監視カメラが設置されている。カメラは橋の上にしかないが、念のため、人の目やカメラから認識されなくなる認識阻害もあった方が良いだろうね」

「そんな術があるんだ」

「光学迷彩って言ってね、耕作様の時代にも米軍などが実戦投入していた技術がある。光の屈折を利用して背景に溶け込み、視認出来なくする。基本原理はそれだ。ヤタガラスの必須技能だよ」

 そうか……諜報工作活動を行う際に、監視カメラに丸映りしていたのでは、すぐに発見されてしまうだろう。

「あと朱雀の得意な……」

「音階。ですわ」

「いつも歌ってくれる、あれ?」

「はい。特殊な音域の声を出すことで、人間の脳を催眠、休止状態にする術法で御座います」

「その上位の術法も、可能ならば覚えて貰いたい」

「上位……難しそう」

「私には使えませんわ。先代の朱雀なら使えましたが……今の耕作様なら、体が覚えていらっしゃいますから、会得出来るかと存じます」

 体が覚えている? 毎日毎晩朱雀が歌ってくれているからか!?


「認識阻害は後回しで構わないから、最低限三つ。これだけは覚えて貰う」

「もう一回聞くけど、僕なんかにも覚えられるんだよね?」

「八咫鏡が間違えるなんて有り得ないさ」

 青龍さんはキッパリと断言した。

「通常、一つの術法を会得するだけで十年の時を要するんだ。よほど才に恵まれた者で五年」

「そんなに?」

「だけど今回、耕作様には半年で覚えて貰う」

「えっ?」

「猶予がない。半年で最低三つだ。出来るかい?」

「……と言われても」

「では質問を変えよう。通常の方法では会得出来ないかも知れない。荒行になる。厳しい修行だ。やれるかい?」

「なんだ、そんな事なら聞くまでもないよ。やる!」

 決めた。いや、他の選択肢なんて最初からなかったんだ。栞奈を助ける。そのためなら、僕は何だってやる。

「世界がどうなろうが関係ないけど、栞奈のためだし。必ず、やり遂げてみせるよ」

「訓練は早速、明日から。それで大丈夫かい?」

「今日からでもいいけど」

「じき日が暮れる。今晩はゆっくり休んで、日の出を待って始めよう」

「分かった」


「最初から、あの映像を見せりゃ済んだだろうが! 回りくどいんだよ!」

「白虎。戻っていたのですね。ですが、この件に関しては青龍が一番詳しいのです。それよりも、白虎の仕事は大丈夫なのでしょうね?」

「ああ! 今日の狩りは終わったぜ! 大漁だ!! 頼まれた鮮魚もあるぜ! ただな、どうも様子がおかしいんだ……朱雀は手が離せねえだろうから、玄武にでも偵察を頼まねえとな!」

「様子がおかしいとは?」

「北東、中城だ! いや中城は大丈夫なんだがな、そこの奴らが騒いでんぜ! 北の奴らと連絡が取れないとか、いつもの品が届かねえってな! オレは難しいことは分からねえ! あとは玄武に頼め!」

「いよいよかも知れないね。耕作様、明日から宜しく頼むよ」

「お、おう……」

 中城? 沖縄なんて来た事なかったし。中城どころか首里城がどこかも分からない。そもそも僕の時代と今の沖縄は同じなのだろうか? いよいよ? いよいよって、何だろう? 分からない事だらけだ。


「そう言えば青龍さん、さっき何か言いかけたよね? 僕の命運がどうとか」

「それは……聞かなかったことにしてくれ」

「僕の命運は尽きてるって言いたかった?」

「いや、その……」

「栞奈に突き落とされる直前だもんね。ハッキリ言ってくれて構わない。分かってるから」

 みんな気まずそうな顔をしている。僕をここに呼び寄せて、僕には世界を救えと言っておきながら、それでもあなたは助かりません、死ぬ運命です。とは言いにくいのだろう。

「僕が栞奈にどれだけ嫌われてたか……」

「耕作様! そんなことありません! 栞奈さんだって本心は……」

「慰めようとしてくれてありがとう。でも大丈夫だよ朱雀。僕は最初から、自分が助かろうなんて考えてないし、その程度で僕の決意は揺らがない。例え殺されるほど憎まれ、嫌われようとも、栞奈の事を心から愛してる。それは絶対変わらない。決めたんだ。何があっても必ず栞奈を助けるって」

 僕のやるべき事は決まった。術法を体得し、栞奈を救うんだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る