第四章 栞奈獄死 -かんなごくし-

16 覚えていないけど、初体験してしまったらしい

 僕は、なぜこんなところにいるんだろう。

 なぜ、こんなところで寝ているんだろう。

 ああ、もう何でもいいや、ただただ眠い。


「耕作様。聞こえますか?」

 うるさいなあ、僕の事は放っておいてよ。


「耕作様。約束は致しましたけれど、ああっ、そんな、強くなさっては」

 なんなんだよ、でも暖かくて安心するな。


「耕作様。申し訳ありません」

 うるさいって、僕はもう眠りたいんだよ。


「耕作様。御食事の支度が整いました」

 ショクジって、オショクジって何だっけ。


「耕作様。濡れた御召し物、着替えさせて頂きますね」

 何でもいいよ、僕このまま消えたいんだ。


「耕作様。御体、御拭き致しますね」

 温かいな、それにこの柔らかい感触には、覚えが……ンゴ? ンゴじゃない、えっ!? 何この状況? 全裸の僕を後ろから支えているのは、朱雀さん。その朱雀さんも……全裸!?

「す、朱雀さンゴ!? あ、ンゴじゃない」

「耕作様。良かった……」

 朱雀さんの瞳に涙が浮かんでいる。

「良かった?」

「はい。もう3日も、耕作様は話しかけても、何の反応もなく……」

「ンゴ!? ンゴじゃない……」

「もう、御話して下さらないかと思いました……」

 僕の胸でさめざめと泣き崩れる。3日間飲まず食わずで、ただ死んだように横になっていたって? 僕、そんな状態だったン……じゃない……「もうンゴなんて言わない」って決めたんだ。全部思い出した……僕は変わろうと思う。栞奈のために。今から僕が変わったところで、どうにもならないけど。でも決めたんだ。変わろう。努力しよう。栞奈のためなら頑張れる。


「僕、もっと頑張るよ。そして、このブタみたいな体型も直すんだ」

「それは困ります」

「えっ?」

「痩せてはなりません」

「なんでンゴ……ンゴじゃない! なんで?」

「耕作様の魂を、あの時……」

 ……ああ、あの時か。

「あの瞬間、こちらに御呼びするため保護致しました。耕作様の魂は此処にありますが、体はありません。今の肉体は仮初の依代よりしろに過ぎないのです」

「えっと?」

 ちょっと何を言っているのか分からない。

「その肉体は、魂を入れる仮の器です。どれくらい魂と合致するか。定着度は肉体の状態に比例します」

「何の話ンg……何の話?」

「魂が、以前の耕作様の体を記憶しております。依代が、その以前の体に近ければ近いほど、魂も定着します。逆に依代が、以前の体から離れてしまいますと、心魂が定着出来なくなります」

「……つまり、以前の体型に近い状態をキープしろと?」

「左様です」

 そうか。それで僕を太らせようとしていたんだ。

「もし痩せてしまうと?」

「せっかく戻った記憶は薄れ、最悪の場合、魂が抜けて戻れなくなります」

 むしろ好都合! あんな記憶なら、忘れてしまいたいよ……

「忘れたい、と御考えでしょうか?」

 見透かされた!

「そのようなことは、どうか御考えになりませんように。これは世界のため、日本のためです。どうか、どうか御願い致します」

 世界のためって言われてもね。そんなの僕は知らない。今の世界が大変だってのは聞いた。第三次世界大戦とか、氷河期とか。僕に関係ある? 僕はもう死んでいるのに……

「そのため、必要とあらば、何でも致します」

「ん?」

「この身も、必要とあらば何度でも」

「何度でもって……え?」

「やはり覚えてはいらっしゃらないのですね。あんなに激しく求められましたのに……」

 えっ? ……えっ!? 僕、何かしちゃいましたンゴ!?


「激しかったです。先代の朱雀のようで、私、嬉しかったのです。でも、やはり覚えてはいらっしゃらないのですね……」

「ちょ、ちょっと待ったンゴ! 僕、何を……?」

「私の体を、何度も。激しく」

 覚えていないけど、初体験してしまったらしい。僕の初体験……何も覚えてない! 覚えてないなんて……いや、問題はそこじゃない。僕は、栞奈が好きだったんだ! ……ごめん、栞奈……


「昔を思い出すようでしたわ。私、嬉しかったですのに……覚えていらっしゃらないなんて、酷いですわ」

 ハッ。栞奈の事より、今はこっちが問題だ。ていうか僕、またンゴが出ちゃってる。この癖は直さないと、栞奈が……栞奈……もう終わった事だし、栞奈の事なんか、もう、どうでもいいのかな……

「あのー……ごめんなさい。朱雀さん、僕……」

「あら?」

 朱雀さんの目が、一瞬怪しく光ったような?

「そんなつもりじゃなくって……」

「責任は取って下さいまし」

 責任!? いやいや、ちょっと待って。確かご褒美にって……

「ま、前に、ほら、私の体なんかで良ければって……」

「あらやだ、覚えていらっしゃいましたのね」

 舌を出すか、舌打ちでも聞こえてきそうだ。朱雀さん、コワイオンナ!

「そうだ! さっきだって、何でも、何度でもって」

「あら? そんなこと申しました?」

「言った! ……ような気が……」

「では、もう一回、致します?」

 えっ! 良いの? いやダメだ、栞奈が……でも、せめて記憶に残る一回だけでも……

「耕作様が御元気になられるのであれば……」

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