第54話 羅睺星辰天と船旅

 人生というものは人それぞれによってスタート地点が違い、決して平等ではない。

 僕がハンターになってそれを強く感じたのは、カードは譲渡できるということを知った時だった。


 僕のように両親がおらず単身でハンターを始めた人間は低ランクダンジョンからちまちまカードを集める必要がある一方で、先祖代々ハンター稼業に取り組んでいる家系の人間は、莫大なカード資産を持った状態からハンターデビューするのである。


 ズルいぞ! ハンターは実家の太さが全て! と星辰天せいしんてんにかつて抗議したことがあるが、


「そんな単純な話じゃないっての」


 と、呆れられてしまった。

 星辰天に理由を聞いたところ、僕の意見は半分外れ半分正解といったところだった。


 半分外れというのにはいくつかの理由がある。


 まず、ダンジョンからドロップするカードは時代が進むたびにインフレしていく傾向にある。

 装備カードが顕著な例で、僕が所持しているランクE『短剣』は200X年代にとあるメーカーが製造したダガーに酷似した形状をしており、それ以前の時代にドロップしたランクE『短剣』よりも攻撃力が高く設定されている。


 ダンジョンが人類の文明を取り入れているのか、神が人類の進化に合わせてドロップを調整しているのか。とにかく言えることは、最先端の現代ダンジョン攻略においては旧時代のカードは通用しにくいということだ。

 つまり、先祖代々受け継いだ強大なランクAカード……みたいなのは価値がどんどん減少していくのである。


 次に、魔力の行使には訓練が必要で、しかもカードとの相性がある。

 魔力操作の素人がいきなりランクAカードを使っても、まともな効果は発揮できない。

 そのうえ全く同じカードでも、誰が使うかによって威力が変わる。相性があるのだ。カードを譲り受けても魔力との相性が悪かったら宝の持ち腐れである。


 例えばシュクモが『バインドシャドウ』『レンの蜘蛛の糸』などの拘束カテゴリを好んで使うのは、シュクモの魔力と相性が良いからだ。シュクモは拘束が上手い女子小学生なのである。


 半分正解というのは、そうした制限を考慮したうえでも、カード資産は無いよりはあったほうが良いに決まってるという身も蓋もない話だ。なんて羨ましい。


「……そんなに羨ましいならさ。簡単に、ちょっとした契約をするだけで、羅睺家の資産を手に入れる方法なら……あ、あるけど?」

「遠慮しておくよ。絶対怖い人が出てくるやつじゃん」

「…………チッ! 死ね!」

「そんなに怒ることある?」


 何を隠そう、星辰天こそ、莫大なカード資産と才能を存分に受け継いだエリート中のエリートだ。

 日本最古にして最強のカードを受け継ぎながら、相性の良い魔力を持ち、ハンター覚醒直後からランクAカードを使いこなした魔女。


 ハン連のデータには、星辰天のランクが昇格した記録は一切存在しない。最初からランクAだったからだ。


 護国九家・羅睺の秘蔵っ子、羅睺らごう星辰天せいしんてん


 僕はかつてその美しい女と心を通い合わせ、そして、たった今。


 めちゃくちゃに罵倒されていた。



   ◇◇◇



 僕、姫香、星辰天せいしんてんの3人は、横浜発インスマス行きの小型フェリーの中で揺られていた。

 海が見える窓際の四人席に座っている。窓際に僕、その向かい側に姫香、その隣に星辰天という配置だ。


 姫香も星辰天もツヤのある黒髪が目立つ美人だが、受ける印象は大きく異なる。

 朗らかな笑顔で太陽を思わせる姫香に対して、ショートヘアの前髪から覗く星辰天の目つきは鋭く尖っていて氷海のような雰囲気だ。


 棘はあるが見目が整った花のような星辰天は、はあ、とこれまた美しい所作でため息をつくと、こうのたまった。


「姫香。上杉ハガネはクズだから。気を付けたほうが良い」


 口が悪いように見えるが、これは彼女なりの親愛表現である。


「耳当たりが良い言葉ばかり言うけど、絶対本心じゃない。自分に自信が無いから愛されたくて、女を侍らすために適当に褒め言葉並べてるだけ。関わった女をダメにするダメ女製造機」

「星辰天ちゃん、言いすぎじゃない?」


 本当に親愛表現かな? 徐々に不安になってきた。


「クズ。重度のシスコン。共感能力0の朴念仁。出世払いと称してお金をせびるヒモ。そのくせお金を返しに来た後は、用済みとばかりに連絡をよこさない」


 確かに最近は神やらレゾンデートルやらで忙しく、星辰天とはあまり連絡を取っていなかった気がする。というか。


「なんだ、星辰天ちゃん、遊びに誘ってほしくて機嫌悪かったの? ちょうど良いじゃん、これから観光地に行くんだし、ダンジョン攻略の合間にデートしようよ」

「そうやって機嫌取るためにとりあえずこっちに合わせてくるところが本当にムカつく。女にちゃん付けで甘い言葉を囁きながら心の中の地の文で呼び捨てにしてそう」


 羅睺星辰天、絶好調であった。

 海が綺麗だなあ。僕が外を眺めながら黄昏れていると、「お言葉ですが」と姫香が口火を切った。おっ。


 僕と姫香は数ヶ月の間、濃密な時間を過ごしてきた。もはや相棒といっても差し支えのないパーティメンバーだ。相棒をボロクソに言われては姫香も黙ってはいられないだろう。いいぞ姫香、言ってやれ!


「ハガネさんはクズではありませ……いえ、ちょっとはクズかもしれませんけど、けっこう適当な褒め言葉を並べてくるなって思いますけど、あとちゃんと連絡してくれないこともありますけど、でも、でもですね」

「姫香ちゃん?」


 ちゃんとこれフォローする流れになるんだろうな?


「もっと悪いところがあると思います! 女癖が悪くてすぐに色んな女の子と連絡取り合うところとか!」


 ならなかった。

 姫香の言葉になにか琴線に触れるものがあったのか、星辰天はハッとした表情を浮かべる。


「姫香。アンタ、けっこうやるじゃん」

「星辰天さんこそ。ハガネさんのことを分かってるなって思います!」


 姫香と星辰天が意気投合して僕の話で盛り上がりはじめる。そのままにしておくと旗色が悪い。


「ちょっと待ってくれ! 僕は断固抗議するぞ!」

「ハガネさん。先月は何人の女の人と連絡先を交換しましたか?」


 姫香の瞳から光彩が無くなり、こちらを覗き込んでくる。僕は目を逸らした。


「……よく考えたら僕の話をしている場合では無かったな。インスマスでは僕たち3人でダンジョンに潜るわけだし、3人のデッキビルドの情報を共有しようか」

「あ、話を逸らした」

「話を逸らしましたね」


 パーティメンバーの姫香に、認定試験クランの星辰天。

 『性愛の女神の権能』を活かすために今回の遠征の同行者を決めたのだが、2人を混ぜたことによって想像もしてなかった化学反応が起こってしまいそうだった。僕は恐怖に震えた。

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