第34話 御挨拶ビデオレター
バステトにスチルを治してもらうために、僕自身が強くなってバステトの手伝いをする。
この目標は僕にとってはシンプルで分かりやすく、かなり気が楽になった気分だった。
今までの先が見えない状況から大きく進捗したと言える。
僕としてはすぐにでもバステトの訓練を受けるつもりだったのだが、バステトの「ちょっと待ってろにゃのです」という一言で出鼻が挫かれてしまった。
どうやらダンジョンを用意するのに準備が必要らしい。
ダンジョン攻略で忙しくなる前に、空いた時間でいくつかの懸念事項を片付けておくことにした。
第1の課題は、女子高生を1人暮らしさせるのってどうなの?問題である。
◇◇◇
僕が住んでいるタワーマンションには、入院中のスチルを除くと現在3人の住人がいる。僕、姫香、シュクモだ。
他には何人かの可愛らしいコンシェルジェさんがいるのだが、僕は接触するなとのお達しが姫香とシュクモから出ているので、僕は話したことが無い。
「あのー、姫香ちゃん、やっぱり僕、親御さんに挨拶したほうが良いかなって思ってるんだけど」
実態はどうあれ、悪い男が住むマンションに姫香が連れ込まれてるように見えるので、親御さんが心配しないかなというのが不安だった。
この提案は何度かしているのだが、姫香はさほど気にした様子が無く、いつも軽く流されてしまう。
「挨拶しなくても大丈夫だと思います。そもそもお父さん、ハンターとして忙しいのであまり帰ってこないんです。元々1人暮らしみたいなものだったので、お父さんもあまり気にしてないと思います」
「そっかあ」
姫香からは父親の話しか出てこない。どんな事情があるのか踏み込みづらいので、とりあえず僕は姫香の父親にどう挨拶するかを考えることにした。
姫香をどう説得するか考えあぐねていると、キメ顔をした僕と目が合った。
姫香の部屋には至るところに上杉ハガネのポスターが貼ってあって落ち着かない。姫香が僕をパシャパシャ撮っていたのは知っていたが、まさかこんな用途で使っているとは思ってもみなかった。というかよく僕をこの部屋に通す気になったな。
閑話休題。
「軽く電話だけでも出来ないかな?」
「お父さん、すごく忙しいので、挨拶の電話なんてしたらすごく怒ると思います」
「そっかあ」
身に覚えのある話だった。
僕がハンターに成り立ての頃、挨拶のために偉い人を引き止めたら、くだらないことに時間を使わせるなとめちゃくちゃに怒られたことがある。機嫌を損ねるのは避けたい。
しかし僕はけっこう世間体を気にするタイプだし、特に同じ組織に属している人間には挨拶ぐらいはしておきたいのが本音だった。世間体を気にしてるのに世間の評判が芳しくないのはこの際置いておく。
僕がさらに考えあぐねていると、姫香から提案があった。
「でしたら、挨拶を動画で撮って送るのはどうでしょう? 動画ならお父さんの手が空いた時に観れると思います」
「動画ねえ」
手土産も渡せないし、失礼に当たらないだろうか?という懸念はあったが、その辺は姫香が上手いことフォローしてくれるみたいなので、そのプランを採用することにした。礼を失する行為さえしなければ、誠意は伝わるだろう。
僕はスーツを着込むと、早速姫香に挨拶の動画を撮ってもらう。
この手の挨拶は苦手で、ガチガチに緊張していた。
「えー、
「カットです! ハガネさん、固いです!」
「え? カットとかあるの?」
数秒挨拶したところで姫香のダメ出しが入った。
「お父さん、堅苦しいのが嫌いなので、こんな挨拶だと機嫌悪くなると思います! あと、私と仲良くしているところももっと映したほうが良いです!」
砕けた口調のほうが良いのだろうか?
僕は姫香の父親と会ったことがなく、目上の人への挨拶もさほど得意ではないので、唯々諾々と従うことしか出来ない。
この後も姫香によるリテイクは続き、10回以上撮り直したところで姫香が台本を書き始め、台本通りに撮ったところでようやく合格が出たのだった。
◇◇◇
最終チェックのために撮った動画を見返した。
ガラの悪そうな男が薄着の姫香の肩を抱き寄せると、姫香が頬を赤く染める。
男と姫香の身体はぴったりと密着していた。
「いえーい、お父さん、観てるー? お父さんが信じて送り出した姫香ちゃん、僕が毎日可愛がってまーす。姫香ちゃんは僕が幸せにするから安心してくださーい」
「あん、ハガネさん、近いです……」
……。
え? これ駄目なやつじゃない?
その後も姫香の台本に沿って僕の挨拶が続くが、全然大丈夫な感じではない。嫌な汗をかいてしまった。
父親のことは姫香が詳しかろうということで従ってしまったが、何かまずいことだけは分かる。
いや、やっぱりないな、これ。
「姫香ちゃん、やっぱりこれ、良くないよ。最初の挨拶の路線でいこう」
「もうお父さんに送っちゃいました」
「何してくれてるの!?」
僕は目を剥いたが、姫香は自信満々だった。
満足そうに録画を見返している。
「絶対大丈夫です! お父さんもハガネさんのこと気に入ると思います!」
「そうかなあ……」
ちなみに結論から言うと全然駄目だった。
僕は翌日に己がしたことの報いを受けることになる。
次回、戦鬼襲来。
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